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RPGの世界で生き残れ! アラサー女の恋愛戦線  作者: 甘人カナメ
第三章 ゲームのストーリーよ、さようなら
65/136

65.聖女に出てきてもらいますよ



 自分でも分かるくらい、血の気が引いた。歯の根が合わない。

 貧血のように、クラリとする。目の前が白くチカチカする。でもここで倒れないのが、繊細さの欠片もない私なのだ。


 紫音がこの世界にいる。

 嬉しさよりも何よりも、真っ先に感じたのが絶望だった。



 ここは、デフォルトネームじゃない、私が名付けた名前が元となっている世界。

 

 私が異世界トリップした理由は未だ謎だけれど、自分がプレイしていたブルフィアシリーズ――お馴染みの世界に来たことで、楽しみ半分の気持ちでいられた。

 ラルドにしても、ラヴィソフィにしても、クルストにしても、自分が名付けた名前でこの世界が成り立っているのには最初こそ驚いたものの、いつの間にか自然と受け止めていた。


 だけど、紫音は、ブルフィアのことなんて知らないはず。私がゲームについてちょっと語ったこともあるけれど、覚えているとは思えない。

 いきなり知らない世界に来させられた。

 そしてそれは、私が元の世界で関わりのあった世界。


 紫音には私と違って家族がいる。

 友人だって多い。

 それなのに、私が。私が、あの子を引っ張り込んだ。私が巻き込んだ。私のせいだ。私があの夜、紫音と一緒にいたから。だから紫音は――



「息をしろ」


 ぴし、とデコピンが飛んできた。

 弾みで呼吸が深くなった。白い靄が晴れると、目の前にマークの顔があった。

 冷たくなっていた手を、マークにギュッと握られる。

 背中を撫でてくれているのは、ロイだろうか。


「しっかりしろ。何故君は今声を上げた。()()()()()()()


 目的を見失わないで。

 それは、紫音に相談に乗ってもらった時によく言われたセリフ。

 落ち着け。落ち着くんだ。

 目的は何だった。何のために声を上げた。


 そう、どうしてシヴァのピアスが赤ではなく、紫音のピアスなのかが疑問だったんだ。

 

 どこかで拾ったのか、ピアスだけが落ちていたのか? それなら、お守りのようにいつも付けていた赤ピアスを外す程ではないだろう。

 じゃあ、どうしてか紫音と知り合って、ピアスをあげた・貰った? であれば、皇子であるシヴァとも交友が持てる立場ということになる。


 紫音は現代にいて、何らかの方法で双方でやり取りをしているのか。

 あるいは、紫音もこちらに来ていて……?


 

 聖女の正体について言及したのは、鎌をかけただけだった。

 否定して欲しかった。それなら、私の世界とこの世界でやりとりができている、という期待が持てるから。

 それなのに、予想は的中した。

 紫音はここにいる。しかも聖女として。


 じゃあ、次は? 次はどうすればいい?

 

 

「貴様、何者だ」


 シヴァだけじゃなく、ハーミッドも、その他フェイファー側の人々も、私を見る目が変わった。

 レオナルド様は少しだけ心配そうな顔でこちらを見ている。


 今大事なのは、聖女の正体のその先。

 今は和平交渉の最中。フェイファーを警戒させるだけで終わるわけにはいかない。

 紫音が聖女。それなら……もしかして、こちらの有利に進めることができる?


 グッとマークの手を握り返す。


「紫音は私の親友です」


 会談を有利に進めるためには。

 ここにいない聖女を、紫音を、引っ張り出すしかないでしょう!




 ******




 ひとしきり、紫音について話す。

 彼女の趣味、彼女の好きな物、彼女の苦手な物、彼女の口癖。

 だけど、まだシヴァの表情は硬い。


 思いついて、ボディバッグからアロマオイルの小瓶を取り出す。

 ミントと、ラベンダー。ラベンダーは、紫音の嫌いな香り。

 レオナルド様に香りを嗅いでもらってから、シヴァへと瓶が渡される。


「紫のラベルは、紫音の苦手な匂いです。それを渡すと同時に、聞いてみてください。『紫音が好きなのは、イランイランの香りだよね』って」


 あちらの文官らしき人がもう一度嗅いでから、瓶が運び出される。


 未だに胡乱げな顔でこちらを見るシヴァ。出会った当初のマークを思い出すね。


 

 押すのがダメなら引いてみろ。

 私が紫音について語るのが効かないなら、紫音に私について語ってもらえばいい。


「私の名は、渡辺美和……ミワ・ワタナベです。紫音に聞いてみてください。私のことを知っているかどうか」


 また誰かがサッと出て行く。国会中継で見る秘書さんのようだ。


「今確認をやっている」



 少しの間が開いた。


「で? 貴様の話が真実でないとしたら?」

「私の名前を出して、それでも紫音が知らないというのであれば、この場を混乱させた責任を取ります」

「どうやって?」

「私が人質になりましょう」

「阿呆か、飛躍しすぎだ」「馬鹿、ミワ、お前、何を」


 沈黙したままのレオナルド様の目が細まり、マークとロイが同時に悪態をつく。


「確かに、聖女様に関しての情報が多すぎます。野放しにはできないでしょう。

 しかし、人質とまで言うのならば、貴女の存在がどれだけ重いのかを先に言ってもらわねば。ただの女一人がこちらに来たとて、何の意味もない」


 ハーミッドが腕を組む。

 それもそうか、人質っていうのは、相手が裏切らないようにするためのものなんだから。


「私の役職は軍師補佐官。これでも軍の中枢にいます。

 それから、ラヴィソフィにだけ存在する製品、今お渡ししたアレです。あのアロマオイルの製造責任者です。

 それから、聖女の存在について詳しく知っている女。邪神について知っている人間。

 それから……」


 それから? ラルドの正体と、邪神の封印場所を知っていること?

 いや、味方にも公になっていないことは、ここでは言えない。

 それなら、何を言えば効果的?


「それから、ラヴィソフィ領主夫妻と令嬢のお気に入りで、軍師の彼女です!」

 

 咄嗟に出てきた言葉だった。

 周囲の目が点になる。


 固まった空気を壊したのは、背後から聞こえたロイの大きな溜息だった。


「付け加えると、元傭兵隊長のお気に入りでもありますよ。

 もしクルスト軍が人質となった彼女を切り捨てるようなら、私は職を辞して、そちらへ下りましょう。軍内部の情報を持ってね」


 不機嫌そうな声で宣言した。今度は周囲の口が開く。

 レオナルド様がクツクツと笑い出す。


「お聞きの通り、彼女は我が軍にとっての大きな弱点です。我々は彼女を見捨てるわけにはいかない」


 顎髭を擦りながら、ニヤニヤ笑いのレオナルド様がこちらへ視線を寄越す。


「しかし、聖女殿がミワを知らないからといって、すぐに彼女を差し出すわけにもいかない。まずはこちらで軍議にかけ」

「コールマン殿」


 言葉と手で制して、シヴァが口を開く。


「今、確認が取れた。聖女は確かに、彼女のことを知ってい」

「美和ちゃん!!」


 今度はシヴァの言葉を遮って、議場の扉が勢いよく開いた。




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