63.感動、不安、困惑
完成品のうちの一瓶と、ロイが纏めてくれた何枚もの書類を前にして両手を合わせる。
後ろには、多くの瓶が既に荷物に纏めてある。
拝んでいるような形になっているけれど、これは単純に感動しているだけです。
「いかがでしょうか?」
嫋やかで麗しいエルフのお兄さんが、にっこり微笑んで私の顔を覗き込む。
うんうんと満面の笑みで頷くと、エルフ集団とトニーさんがドヤ顔を決めた。え、エルフもそんな表情するんだね。意外だけど、何だかキラキラしいだけじゃないんだって、少し親近感。
それにしても、この短期間でここまでやってもらえるなんて、ホントに頭が下がる。
「私たちがここでやれることは、ここまでかな」
「俺の方で事務的なアレコレは進めておいたからな。後は奥様に任せちまえ」
肩を揉みつつ首をコキコキと鳴らして、ロイが頷く。
よし、それじゃ。
「戻りますか、戦場へ」
「あ、オレはもうしばらくここにいるんで」
力強く握り拳を作ったのに、トニーさんにニコニコ笑顔で手を振られた。
「オレの出張目的の中に、エルフとの薬の共同研究・製作があるんでね。
来た時と同じく、ミワさんとロイさんで戻ってください」
ああ、そういうこと。
私たちは顔を見合わせて、そっと溜息をついた。
******
城へ戻るのは、何人かのエルフや大量の荷物と共に、馬車の旅路となった。
ロイは重要書類を纏めて持ち、一足先に城へと単騎駆けていった。
帰り道、人の耳がないところで、私なりの結論を話す心積もりだった。当てが外れたな。
いつロイに打ち明けようか。
空はここ数日見なかったくらいどんよりと曇っていて、雨が降る前の匂いがする。
馬車に乗るのは初めて。もっと揺れるのかと思いきや、電車くらいの振動だった。
電車の振動は線路の継ぎ目で、馬車の振動はサスペンションが効いた車輪の振動、かな。どちらも、ウトウトと眠気を誘う。
焦って車を走らせて荷物を壊すわけにはいかないからか、振動は一定で心地良い。馬車周りに焚きしめている魔物除けのお香が、余計に睡魔を誘う。
ふわりと酔うような、ぼんやりと取り巻かれるような、そんな感覚に陥りながら、また夢に紫音が出てこないかな……と思ったけれど。
何の夢も見ないまま、「メーヴ城が見えてきましたよ」とエルフ薬師さんに起こされた。
ゲーム内で何度も見てきた城塞都市を、改めてフィールドから眺める。綺麗で、重厚で、様々な場面が思い浮かぶ、懐かしい景色。
フィールドからこのビジュアルを仰ぐのが大好きだった。オープニングムービーではBGMと相俟って、ゾクリと興奮が駆け巡るワンシーン。
いつも見ていた景色にアドレナリンが出そう……な、タイミングで、窓から吹き込んできた少し湿った風に、ゾクッと震える。今にも泣き出しそうな空が、丘に広がる広大な街の上に重くのし掛かる。
なんとも言い表せない不安が広がる。
好きかもしれない、と自覚した途端に、無性に会いたくなった。同時に、会うのが怖くもあった。
会談を成功させなければならないというプレッシャーが、それに乗っかる。
外城門が小さく確認できる距離まで近付いたところで、複数の馬が勢いよく走り出ていくのが見えた。
その後を追うように、更にいくつもの馬車が飛び出していく。
「何かあったようですね」
私と同じように城を眺めていたエルフのお姉さんが、困惑の表情で馬の影を見送る。
「まさか、開戦……?」
興奮とは別の意味でアドレナリンが出た。そう、これは緊張。
確かに、前線では未だ睨み合いが続いているはず。
レオナルド様やマークは、戦闘回避が失敗した時のことだって考えているはずだけど。
「マッサージオイル、間に合わなかったかな」
「それならそれで、ビエスタ国内各地からの資金調達に使えばよろしいのですよ」
薬師さんだとばかり思っていたエルフのお姉さんは、どうやら書記官さんだったらしい。
ピ、と指笛を吹いて、上空を舞っていた鳥を呼び寄せ、何やらメモを書き付けて城へと放った。
「それに、早とちりはいけません。本当に開戦したのかどうか、分かりませんよ?
今、メーヴ城へ確認をしているので、少々お待ちくださいな」
う、それもそうだ。
もしかしたら、開戦ではなく、別の何かがあったのかもしれない。
……別の何か、ねぇ……自分で言っておいてなんだけど、一体どんな可能性があるのかね。
「あら?」
鳥の行方を目で追うために城を眺めていたお姉さんが、
「ロイさんがこちらへ馬を走らせて来ていますね」
と、少し緊張した面持ちとなった。
「ミワ!」
程なく馬車の横に馬を付け、手綱を操るロイが窓から私に声をかける。
「状況が動いた。……安心しろ、悪い話じゃない」
私の顔色が悪かったのを見てか、ロイが咳払いして声のトーンを元に戻した。
「予定以上にすんなりと、和平交渉が行われることになった。というより、今から始まる」
「今からぁ!?」
開戦じゃなかった。開戦ではなかったし、戦闘回避ができて良かった。
それにしても早すぎないか!?
「荷物は後から追いつけばいい。とにかくミワ、必要な物だけ持って向かうぞ。馬に乗れ」
馬に引き上げられた私の鼻の頭に、ぽつり、と雨が当たった。
これから、何が起こるんだろう……。




