57.恋愛相談? 脳内会議?
途中からウトウトしてしまった私は、現世でも通勤電車で常に居眠りしていたタイプの人間です、ハイ。
ロイが守ってくれる安心感もあったんだけどね。
そんな微睡の中、懐かしい、嬉しい、声が聞こえた。
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紫音とカフェで向かい合っていた。
カフェなのに、紫音の前には凍ったジョッキのビールが置いてあって、私の前にはブラックコーヒーが湯気を立てていた。
紫音は、高校時代からとてもとてもモテるけれど、絶対に浮気なんてしないし、誰かと付き合っている時に粉をかけてくる男には、割と手厳しいしっぺ返しをするような子だった。
そんな紫音に、私は、怒られていた。
「誠実に向き合う、なんてことを口実にして、結局二人をキープしてるってことでしょ」
「そういう訳じゃ」
「あたしにはねー、自分をチヤホヤしてくれる男の人が出てきて、調子乗ってるだけに見えるもん。誠実とは程遠いな、って」
「そりゃ、だって。どうしたらいいのか、私、分からないんだよ。モテる紫音と私じゃ、違うんだよ」
「まーね、美和ちゃんとあたしじゃ、恋愛に対する姿勢は違って当然なんだけど。
あ、もしかして美和ちゃんさー、あたしと違って、二股も三股も平気で、好意をくれる人には誰にでもいい顔をするタイプだった?」
「どう……なんだろう。でも、二股したいわけじゃない」
「じゃ、モテようが何だろうが、どこかで『付き合いましょ』か『ごめんね』か、そう相手に伝えて、誰か一人を選ぶのは一緒じゃない」
「待ってて、って言ったのが、私の行動だったんだけど」
「相手からしたら宙ぶらりんの生殺しよね」
「う、ん」
「ねぇねぇ。美和ちゃんは、この先、どうしたいの?」
「どうって、相手を知って、それから」
「ちがーう。そもそもね、美和ちゃん、誰かと付き合ったら、どうしたい? イチャイチャしたい?」
「いちゃ……っ!? えっと、うーんと。どこかへ遊びに行ったり、一緒にご飯食べたり、愚痴を聞いてあげたり聞いてもらったり、えーと」
「エッチしたり?」
「ええ? えー、あー、まあ、うん、私も大人ですし。結婚するまで絶対純潔、っていう思想も持ってないし」
「それで、その後、いつかは結婚したいと思ってる? それとも、恋愛だけで終わって、独り身を楽しむタイプ?」
「うーん。結婚したいとは思ってる、かな」
「じゃ、二人のどちらかと、もしかしたら結婚するつもりで付き合うの? それか、結婚相手はまたそのうち見つける?」
「う、うーん。分か、らない」
「うんうん、そっかー。お見合いじゃないんだから、付き合ってみないと分からないかもね。婚活してるんじゃないもんね。
じゃ、付き合ってみて、結婚しても良いと思ったら。美和ちゃん、現代には戻ってこないつもり?」
「っ!」
「現代に戻るまでの期間限定で付き合う?」
「……それは」
「あたしだったらね、ずっと一緒にいたい、って思える人と出会えたら、きっと色々捨てて、その人に付いていくよ。それは、あたしにとっての優先順位が、その人だった、ってことなのよね。
さ、美和ちゃんは、この先、どうしたいの?」
いつの間にか、明るかったカフェ店内は、最後に紫音と会ったカジュアルバーに変わっていた。
紫音の前にはやっぱりビールジョッキがあって、私の前にはギブソンが置いてある。
「これはね、純粋に疑問なんだけど。好きかどうか分からない、って、どういう状態なの?」
「いや、それはもう、言葉の通りで」
「んーと。ドキドキしたりしないの?」
「する」
「一緒にいたいなー、って、思ったりは?」
「するね」
「自分にできることはやってあげたい、とか」
「思う」
「ねーねー。もうそれ、好きになってるんじゃないのー?」
「だって、二人ともにそう思うんだもの」
「二股したくないから、ぐずぐず先延ばしにしてるの?」
「それもあるのかもしれないけど。でも、相手のことはもっとよく知っておきたいし」
「キリがないよ? 違う人間なんだもん、どれだけだって知らないことは出てくるし、付き合ってみることで分かることもあるよ?」
「それは。
それは、誠実に向き合いたいからで……あれ? でも、そもそもその結論に至ったのは、トムの得体が知れなかったから、私が二の足を踏んだのがきっかけで。あれ?」
「相手の好意が自分の勘違いだったら恥ずかしいし、それからの人間関係もギクシャクしちゃうのは、何となく想像つくよ?
相手に遊ばれて傷つくのも、あたしも経験があるから分かるし。
だけどそれって、告白して、されて、相手のことを知った結果。の、一部じゃない?
っていうか、そっちの方が、よっぽど誠実に思えるな」
「ん。紫音の言いたいこと、何となく分かってきたかも」
「美和ちゃんが、どちらかに決める踏ん切りが付かないのを、何だか色んな言葉で誤魔化しているだけに思えちゃって」
「そう、なのかもね」
「何か嬉しいことがあったら片方に天秤が傾くかもしれないし、何か幻滅するところがあったら、やっぱり片方に天秤が傾くだろうし。
それはもう、ずーっと続くよ? それをずーーーっと、比べ続けるワケにもいかないんじゃない?」
「うん、分かる。でも、どうしよう」
「もう一回聞くよ? 美和ちゃんは、どうしたいの? この先、どうしたい?」
「結論は、まだ出せないよ。
こうして夢の中で紫音と話せても、本当の紫音に会いたいから、ここに残る踏ん切りはつかないし。
でも、マークやロイを蔑ろにしたいわけじゃない。好き……だから、何か選ぶ決め手ができたら、お付き合いをお願いしたいし、一緒にいたいなって思う」
(うん、そうだ、ここは夢。夢の中……)
「ふふ。案外、一度ずつ、それぞれと付き合ってみるのもアリかもよー?」
「そんなこと」
「宙ぶらりんでいるよりはマシじゃない?」
「そう、なのかな」
「本人に聞いてみたらどう?」
「本人に、聞ける、かな。いや、うん。聞いてみようかな」
「ふふふ。じゃ、そろそろ起きよっか。またね、美和ちゃん」
「紫音。紫音、会いたい、私は二人も好きだけど、紫音も大好きなんだよ。
皆、選びたい、選べない、優柔不断な人間なんだ」




