54.進む覚悟
次回は元に戻って、金曜日に更新予定です。
私が遠い異国から来たこと。
そこでは聖女に関する寓話が広く知られていること。
聖女が使うティアラに関しても細かい点まで伝わっており、現在この国には、私の他にその実態を知る者がいないだろうこと。
相手の聖女が本物かどうかを見極めるため、ティアラを着けた聖女と私を引き合わせる必要があること。
――やっぱりレオナルド様は上手いこと誤魔化しつつ、私の経緯を説明した。一応、嘘は言っていない。
厳密に言うと、首都にいる大魔術師シャイニー様は、ティアラを判別できる可能性がある。
が、彼には、ラルドの『青い鳥』を守っていてもらわねばならない。
結局、動けるのは私のみ。
そこまでの事情は話さないまま、レオナルド様の説明は終わった。
ケインとマリクさんが上手く合いの手を入れてくれたお陰で、私に関しては予想以上にすんなり受け入れられた。一安心。
こうして会議が終わり、クルスト軍の新たな目標に向かって、作戦が動き出した。
******
家へ向かうために馬を用意する人や、レオナルド様と共に話し合いながら退室する人、それぞれを見送る。
最後まで部屋に残っていたのは、私と、マークと、ロイ。
「さて、話を聞こうか」
ロイが、マークとは反対側の私の隣へと腰を下ろす。
「説明ならさっき、レオナルド様がしただろう」
「馬鹿、作戦の話じゃない。
というかミワ、お前本当に、この戦争に首を突っ込む気か?」
「まぁ……成り行き上、そうしないと私の安全も保証されないわけでね」
「今までミワは、常にこの城の中、精々が城下町しか行動していない。
王子が連れてきた時、雑魚にやられてボロボロだっただろ。
それなのに、生き残ることを絶対の目標にしていたお前が、わざわざ危険を冒す必要はないんじゃないか?」
ロイが、私の目を覗き込む。オリーブ色の瞳の中に、私が映る。
うん、正直に告白するとね、あの時のことは「痛かった」という記憶だけが残ってて、既に痛み自体は記憶の彼方なんだけどね。
それはさておき。
確かに私は、未だに戦う術を持たない。停戦状態に持ち込むとはいえ、国境までの移動が絶対安全とは言えない。
でもね。
「マークの策があるし、それに、ロイが護衛役に任命されたから。心配してないよ」
一体いつ、レオナルド様とマークの間でやりとりがあったのか知らないけれど。傭兵隊長から、交渉時の護衛隊長へ、ロイの人事異動が行われていた。
新しい傭兵隊の隊長には、レオナルド様の旧友が間もなく到着するから、引き継ぎを……というところまで話が進んでいて。
ロイの仕事は、前線から私のお守りに変わってしまった。
「そりゃ俺は全力で守ってやるが、いや、そういうことじゃなくてな……。
て、そうだ、まずそれだ。マーク、この軍事再編はどういうこった」
ジトッとした視線が、私の頭上を通り越す。
「言っただろう。戦闘回避に全力を尽くすと」
「俺が前線に出てても問題ないだろ」
「実際のところ、お前を下げるかマリクを下げるか、私も悩んだんだがな。ライバルをわざわざミワの元に寄越すこともないかと」
「私情! それすっごい私情挟んでる!!」
私のツッコミは正しいはず。
「半分冗談だ。
実際、新しい傭兵隊長を据えるよりも、今まで大きな問題もなく上手く纏めているロイに続投させる方がいいんじゃないか、という話は出た」
「で?」
「レオナルド様の意向だ。……お前の父を呼んでいる」
「は?」
「へ?」
え? ロイって孤児だよね?
お父さん……生きていたの? 生き別れてたとか、またそういう設定資料集に載ってなかった情報?
「仕事で師匠を呼ばれるとか、俺の中で最大の恥なんだが?
つーか、マジか、師匠とレオナルド様、知り合いだったのかよ……道理であっさりと引き立てられた訳だ」
「拗ねるな。レオナルド様が使えない人間を要職に就かせるはずがないだろう。そこはお前の実力だ」
「へいへい、お前が軍師になったように、な」
うーん。さっきからの会話でも思ってたけど、この二人、思っていた以上に仲良しだね。そういえば、小さい頃からの知り合いって、ロイが言ってたっけ?
そして、ロイの師匠? お父さん? ……マジで誰。
「話を戻すぞ。
レオナルド様がお前の父親に連絡を取ったところ、彼からの返答が『ロイを戻せ。オレが出る』だったと」
「何考えてやがる、あの親父!」
「レオナルド様に説明はあったそうだが、私も詳細までは聞いていない。引き継ぎの時にでも直接聞くんだな」
「そうするよ。……ちょうどいい、師匠にミワを紹介するか」
「えっ?」
ちょっと待って、さらっと、親御さん? との顔合わせをセッティングされそうなんですけど?
色々すっ飛ばしてない? 何て紹介するの? 付き合ってないよ?
「父親に余計な期待を持たせるのはどうかと思うぞ」
「安心しろ、将来の嫁さん候補だとしか言わないから」
「待ってそれも言わないで」
油断も隙もないよ、この人たち!
外堀から埋められてる感が半端ない!
「俺の異動は分かった。本題は、ミワに負わせる負担だ」
ロイがグッと身を乗り出して、私とマークに詰め寄る。
「ミワ。もう一度聞かせてくれ。
覚悟はできているのか?」
危険を圧してでも敵と相対する覚悟。
「できてる」
安全第一、生き残ること。
それだけなら、フェイファーとの駆け引きは、誰かに任せてしまってもいいかもしれない。
だけど、今こうして私の知らないストーリーに変わったことで、私の知らない事実がポロポロ出てきたことで、大事な人たちが無事でいる保証がなくなった。
そう、大事な人たち。
レオナルド様、ソニア様、エマちゃん、シェフ、先生、ココさん。
コックさんに傭兵さん、事務員さん、侍女さん、お風呂の番台のお婆ちゃん。
それから、マークとロイ。
ゲームの登場人物じゃない、私と現実で交流して、仲良くなった人たち。
家族を亡くした私に、新しい家族ができたような、そんな温かい気持ちにしてくれた、この城の人たち。
もうね、亡くしたくなくなっちゃった。
だから、何も手を出さずにいて、誰かがいなくなっちゃったら、私はきっと打ちのめされる。
大丈夫、やっぱり私の第一目標は、生き残ることだよ?
怖い気持ちはあるけれど、心強い味方がいる。この人たちに任せておけばきっと大丈夫だと思える存在。
「マークとロイに守ってもらえるなら、安心だから。私は私にできることをやるよ。
口を出さずにいる選択肢は、もう消したんだ」
******
あ、あとね、実は、ちょっぴりミーハーな気持ちがあるのも否定できないんだな。
敵将のシヴァ・ル・フェイファー皇子はね、敵でも人気の高いキャラクターだったから。
実際の彼がどういう人なのか、どうせなら直に見てみたくなったんだよね!
……そんな軽い気持ちは、誰にも内緒。




