49.緊張するとしどろもどろになるよね
39話最後の部分、国軍合流前の時間に戻ります。
「すみません、シェフ……たくさん良くしていただいたのに」
「レオナルド様の指示じゃあ、我が儘も言えねえからな。
しかしなあ。これからが鍛え時だったんだがな……惜しいな」
レオナルド様の勅命によりキッチンの仕事は辞することになり、エプロンの返却と共にシェフに事情を説明して頭を下げた。
シェフが残念そうにしてくれる姿に、私も少しは役に立っていたのかとホッとする一方、途中で戦線離脱する申し訳なさでいっぱいになる。
「ミワの謝ることじゃないさ。人が増えて、何とか朝の軽食も続けられそうなのが救いだ。ま、忙しくはなるがな!
お前さんもたまには朝食を食いに来て、味のアドバイスやメニュー提案くらいはして行けよ」
もちろんです、と頷いて、キッチンから出る。その足で、私は図書室へ向かった。
予想だにしていなかった「軍師補佐官」なんて役職を任命されてしまった私は、少し囓る程度だった勉強に本腰を入れる必要に迫られたのだ。
この世界の文字は、アルファベットをもじったような形をしている。
そして、言語としても英語が基のようだった。
言葉は日本語、表記は英語……まさにゲームの世界。英語なのも「見た感じ格好良くなるんじゃね?」っていう開発側の思惑が感じられるよね。外国人が漢字Tシャツを着たがるようなノリ。
英語はそこまで得意ではないけれど、読むのはまだ何とかなる。
問題は、書く方なんだよね。昔から凄く苦手だった。高校時代なんて、英語教師から「いくら理系に進むつもりでも、古文漢文と違って英語は必須だぞ」と呆れ顔で諭されたほど。
読むのは辛うじて、と言っても、あくまでメニュー表とか部屋の看板とか、そういうレベルの物。
書類読めるか、って聞かれたら、全力で首を横に振るね。
ここにいる以上、簡単な手紙くらいは書けた方が……という気持ちで図書館で勉強し始めていた、そんな間もなくのこの話。
アロマオイルに関する調べ物の息抜き代わりだった勉強が、まさかの必須科目になってしまった。
そんな訳で、私の目下の仕事は、文字の読み書きの勉強なのだ。
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とは言っても、私の知識では参考書すら選べない。
(効率よく勉強するにはどうしたらいいかなぁ。司書さんに相談して聞いてみる?)
悩みながら図書室の扉を開けると、カウンター前のホールに、さっきレオナルド様の執務室で別れたマークが立っていた。
何冊か手に持っているから、返しに来たのか、借りに来たのか。
「ミワ。来るとは思っていたが、思ったより早かったな」
つかつかと歩み寄ってきたかと思うと、手にしていた本を私の腕に積み上げていく。
「えーと、これは……?」
「俺が幼い頃、これで人に読み書きを教えた。闇雲に勉強するよりは役に立つかと思ってな」
ありがたい! これで勉強の第一歩は順調に踏み出せたも同然だ。
既に貸し出し処理も終わっているとのことで、そのままマークと一緒に図書室を出る。これだけ参考書が揃っているなら、自室で勉強しても問題なく進められそうだし。
「何だ。あのまま図書室に残るかと思ったから、全部渡してしまったのに」
ポツリと呟いて、私の腕に重なった本をヒョイッと取り上げられた。
「それくらい私でも持てるけど」
「君に全部持たせて俺が手ぶらという訳にはいかないだろう」
お互い拗ねた口調で、それが面白くて、同時にフッと吹き出す。
そんなやりとりをしつつ二人並んで廊下を曲がったところで、前方の角からも人が現れた。
「ロイ……」
彼も私たちの姿をすぐに認めたのだろう。
立ち止まった私たち三人の間に、微妙な空気が流れた。
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えーと。なんだこれ。この状況。
修羅場とまでは言わないが、少なくとも私は、何となく居心地が悪い。
しかも昨日の今日だよ。
ロイは明らかにムッとしてマークと私を見比べているし、マークはマークで私をちらりと窺っている。
「あのっ!」
最初に耐えきれなくなったのは私だ。
恋愛初心者に駆け引きなんかさせないでほしいね!
「あの、えーと。二人とも、何というか、どことなく勘違いしてるというか。
……昨日、昨夜ね、色々あって自分でも考えたんだけど」
両手を握ったり離したり揉み込んだりしながら、私は腹を括る。
駆け引きできないなら、本音を言うだけ。
何だかんだと後回しにするより、このタイミングで出会えたのは良い機会だったかもしれない。
もうすぐロイは出陣しちゃうんだし。
「私はさ、今まで、早とちりで何度も信頼関係を壊しちゃった過去があるから。だから、何というか、こう、色恋沙汰には向いてないんだよね。
だから、えーと……誰かを好きになるとか、とか、とかね、とにかく色々、そういうことは考えないようにしてて。
それで、この前、ロイやテオさんやマリクさんと飲んでた時にね。恋愛関係は、しっかり納得できるまで相手を知ってから、それから自分の気持ちをゆっくり考えようって自分で決めて。
で、で……」
ふうっと大きく息をついて、二人の顔を交互に見る。握り込んだ手のひらに、手汗が滲んでいる。
「私はね、ロイもマークも好きだよ? だけど、異性としてとか、愛してるとか、そういう意味の好きかどうか、自分でもまだよく分からない。
それから、この戦争が私に、私たちに、どんな影響を与えるのかも、分からなくて不安になる。それに、私は、元いた場所に、元の世界に、帰ることになるかもしれないし。
私には、二人のことも、世界のことも、知らないことが多すぎる」
徐々に視線が下に向いてしまう。
しっかりしろ、自分!
「えーと。えっと。
だから、私は、これから一生懸命、二人のことを知って、それから考えて、ロイにも、マークにも、私自身にも、誠実に向き合おうと思っているわけです。はい。
そのために、第一に必要なのは、時間ですよ。戦争を無事に切り抜けることですよ。三人とも! 生き残ること!」
あぁもう、自分でも何を言いたいのか、こんがらがってきた。
色々ぶっちゃけちゃえ。
「なんかさ、ロイもマークも、お互いがお互いを嫉妬してるんだって。私の行動がそうさせてるみたいだけど、さっき言った通り、私はそれをよく分かってないんだよ。
だから、えっと。私からアクションを起こさない限り、恋バナは進展しないと思っておいて欲しくて、だから、なので」
あー、まとまらない!
「とにかく! このままいざこざ続くのは不毛なんだよーーーっ」
――二人ともすまない。言い逃げさせてもらった。




