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RPGの世界で生き残れ! アラサー女の恋愛戦線  作者: 甘人カナメ
第一章 ゲームの世界へ、こんにちは
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32.嵐の前の一時



 ラルドたち、次いで傭兵隊第三部隊が出発した前後は、首脳陣こそ忙しそうにしているものの、城内はだいぶ落ち着いていた。

 主なゴタゴタが首都近くで起きていることも要因の一つだろうし、クルスト軍としては小規模な出陣――しかも、軍師の従軍しない、牽制目的の行動というのも一つだろう。

 アイテムショップや鍛冶屋は多少バタついたようだけれど、大きな混乱もなく、私たち下っ端は日々を過ごしている。



 さて、そんな訳で。特にこなすべきイベントもない私は、平穏な毎日。

 仕事、お風呂、図書館あるいはマークの執務室、たまに部屋でイラスト描きや城内散歩、その後に晩ご飯、就寝――というのがここ最近の日課だ。


 仕事は、他のコックさんとの共同作業でメニューが増えてきた。

 今日は、ご飯に味噌汁、焼き魚に浅漬けという和風定食な朝食を提供。

 明日はアジアン風にフォーとタピオカココナツミルク。ベトナムと台湾でかけ離れてるけど、まぁいっか、というお気楽さ。

 毎日なかなか好評のようで、数量限定ということもあり、朝一で来る固定ファンもできたみたい。嬉しい限り。

 ただし、シェフからの技術指導はどんどん熱を増しているのがちょっと大変。


 大衆浴場の番台のお婆ちゃんとは、お風呂で使うようになったヘッドスパ用のマッサージオイルの話をして盛り上がったり。

 アイテムショップで紙と鉛筆を買い込む時に、イラストを描くんですよと話したら、色鉛筆セットをオマケしてもらえたり。

 ロイとの飲み会が入らないからたまに晩ご飯の時に自分だけで晩酌をするようになったら、何人か飲み友達もできたり。

 

 充実していると、自分でも思う。ストーリーにヤキモキすることもなく、心の平穏も保たれている。

 私の生活だけなら、未だ戦からは程遠い。



 一方、レオナルド様やマークは忙しそうにしている。

 傭兵隊に現場の指揮は任せたとはいえ、軍師の仕事は大量にあるようで、相変わらずマークはお疲れのようだ。

 たまに城内を歩いて一般人と交流している様子があるレオナルド様に比べ、マークはほとんど執務室に籠もりきりの様子。全く、ワーカホリックめ……。

 

 マークの執務室はいつ行っても山盛りの書類だけど、最近はそれを隠すこともせず、そのままソファセットへ移ってくる。

 侍女さんもお茶を淹れた後はすぐに部屋を退出するし、秘書さんもマークが休憩になると同時に休憩時間になるらしい。図らずも、マークだけでなく周辺の職場環境の改善に一役買っていたようだ。


 しかし、私のちょっとした素人マッサージでは、疲労が溜まっていくスピードに対して回復が追いつかない。マークの顔色も徐々に冴えなくなっている。

 もっと上手な人に頼もうかと申し出たけれど、安心して執務室に入れることのできるプロ施術師はいないし、わざわざ別室へ移動するのも時間が勿体ないとか。

 それでもやらないよりはマシかと思うから、私の手で続けている。せめてもう少しまとまった睡眠時間が取れればいいんだけど。たとえ一日でも!




 ******



 

 内乱一歩手前イベントをこなしてラルドたちが帰城したらしい。もう少しすれば、傭兵隊の皆さんも戻ってくるとか。

 

 昨日のこと。

 マークの執務室へ行った時に、一区切りつくんだから、一度ゆっくりお風呂に入って、しっかり寝るようにと釘を刺した。

 少し不服そうなマークだったけれど、それなら明日は昼間に少し根を詰めて仕事をするから、昼のマッサージはパスして夜に来てくれ、と注文を受けた。

 いやいや、昼の休憩も取って欲しいんですけどね? 確かに軍師っていうのは代わりのいない仕事だろうけど、何とか他にも仕事を割り振れられればいいのになあ……。

 


 指定を受けた時間に、執務室へと向かった。

 軽く触らせてもらうと、だいぶ筋肉が張っている。これはマッサージオイルを使わずに、しっかり揉みほぐした方がよさそう。


「今日はマッサージにはオイルを使わず、そのままでやろっか。その代わり、リラックス効果のあるオイルをお湯に垂らして、部屋全体に香るようにしよう」

 

 どう見てもお疲れだし、座ってもらった状態で揉むよりも、横になったまま、気持ちよく寝落ちてもらった方がいいかな。

 ただ、ソファだとかえって身体が疲れそうだし、しっかり眠れないだろう。どうしたものか……。


「ね、マーク。こないだみたいに椅子でやってもいいんだけど、今日はそのまま寝ちゃえるように、ベッドでやろうか? やっぱり私室に人を入れたくないかな?」


 プライベートな部屋にお邪魔するのもちょっとどうなんだろう、とは思ったから、マーク自身に決めてもらうことにした。

 ちょっと目を泳がせていたけど、「では、寝室で」とすぐに案内してくれる。

 そうだよね、思春期の男子じゃあるまいし、疚しい物を出しっぱなしにしてるわけじゃないよね。中学生の頃に同級生の家に遊びに行って、うっかりベッドの近くでアレなものを見てしまった記憶が蘇ったけど、マークの寝室は何の変哲もない、シンプルな部屋だった。

 何ならマッサージの最中にでも眠れるようにと、早速部屋の隅に湯桶を置かせてもらってラベンダーオイルを垂らした。

 

 さて、それじゃあ、始めますか。

 

 

「じゃ、失礼して。上に乗らせてね、動きにくいから」

「なっ……!?」


 焦った声が聞こえたけど、横から手を伸ばしてマッサージなんてやりにくいし。

 大丈夫、がっつり乗っかるわけじゃないから重くはないよ。

 

「うわー、こりっこりのカッチカチ。めっちゃ硬い」

「……あのな」

「優しく(さす)った方がいい? それとも、もうちょっと強く?」

「あ、あぁ……あー、そのままで、いい」

「はーい。あ、声上げていいからね」

「……っ」

「じゃ、下から上に触ってくね」


 流れる髪の隙間から見えるマークの耳が、少し赤い。


「マーク、我慢してる? 大丈夫? 痛くない?」

「……心構えしていなかったから色々我慢しているが、とりあえず大丈夫だ」

「ん? 分かった。耐えきれなくなったら言ってね」


 はぁっ、と大きな溜息が、マークの口から漏れた。

 うーん、本当に大丈夫かな。無理してないといいんだけど。

 緊張するとかえって筋肉が固くなっちゃうからね。



(君の言い方が、いちいち紛らわしいんだ! ……俯せで良かった……)

 マークはむっつりすけべ。


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