23.少し勇気を出してみて
ゲームではエマちゃんとレオナルド様以外のコールマン家は準モブだったし、トムに至ってはほぼ姿を見かけない。長男は……マイケル、だっけ? 一応、最初の戦争での現場指揮者のはずだけど、名前くらいしか出ていなかった気が。
というように、コールマン家の息子に関して事前情報がほとんどないから、様子を見るしかない。
普通はね、人間関係ってそういうものだよね。
初対面の相手のことを色々知っている上でのコミュニケーションなんて、不自然。芸能人を一方的に見慣れているのとは訳が違う。ある意味ストーカーみたいなものかな。ストーカーしたことないけど。
相手からしたら怖いよ。
それでも受け入れてくれたレオナルド様とかロイとか、そっちの方が凄いこと。マーカスみたいに気味悪がるのが普通だと思う。
最近、色んな人に接する内に見方が変わってきた。
多少ゲームの情報を持っていても、それは切り取られた一部分で。相手の一面でしかなくて。
ロイが飲むのはビールばかりだったとか。城表で見かけたエマちゃんが若い兵士さんにちょっかいかけられてあしらっていた姿とか。美人騎士セリアが他の騎士に打ち負かされていた事実とか。そんな情報は知らなかった。
ゲームでは一部しか描かれていなかったモブは、実際には想像以上にたくさんいて、それぞれ個性を持っていて。会議室に集まるお偉いさんが思ったより多いとか。事務のおじさんにもの凄く気難しい人がいるとか。兵士さんは老若男女入り交じっているとか。
私と仲良くなった人もいれば、どうにも気が合わない人もいる。
皆、とても、とても人間くさい。
それでもどこかゲームの意識を振り払えないのは、振り払いたくないのは。私がこの先、何人も死ぬのを見て見ぬふりをしなければならないから。ここはゲームの中なんだと思い込もうとしている。
だから、『ゲームでプログラムされたキャラクター』が私に深く関わろうとしてくると、途端に怖くなる。
私はこの人たちと、きちんと向き合ってしまっていいのか。
ここでの生活は楽しい。思いっきり楽しんでやろう、という試みは、たぶん成功している。だからこそ、時々またジワジワとシリアス気分が滲み出す。
それはたまに、自分だけじゃ拭い去れないほど頑固な染みになる。
いきなりお茶会へ引っ張っていかれた翌日。
一晩寝ても混乱した頭のままだったけれど、無心で働いた。というか、考えるのを強引に止めた。
そして終業後、私は医務室へと顔を出した。
「なんだ、アンタまたそんな顔してここに来たのかい?」
「あらミワさん。ご一緒にお茶でもいかがです?」
「サボるなココ」
「いいじゃないですかぁ、先生。ロブさんはもう処置終わりましたし、他に患者さんはいませんよ。
ミワさん、座ってくださいな。今お茶淹れますから」
「ありがとうございます、ココさん」
「だから、あたしゃ見かけほど暇じゃないんだっての」
ふんっ、と鼻を鳴らす女傑医師は、それでも机上を片付け始め、お茶を置くスペースを作ってくれた。
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最初にここへ来たのは、アロマオイルに使いたい植物エキスについて相談するためだった。
次にここへ来たのは、うっかりミスでやってしまった指先の火傷のため、塗り薬を処方してもらうためだった。
そして次に来たのは、ぐるぐる考えて浮かない顔をしていた私に遭遇した、看護師のココさんが半ば強引に引っ張り込んだためだった。
「演習とか実践で怪我した兵士さんはね、従軍医師の皆さんが担当しちゃうから。ここはたまに暇になるのよ。
ね、先生、ミワさんとお茶飲みながらお話ししましょう!」
「阿呆か、あたしゃ暇じゃないよ」
「じゃあ先生、ミワさんは心の怪我人ってことで、カウンセリングのお仕事してください」
「……ふん。しけた面して。何があったんだい」
「えぇと、何となく、悩んじゃって。普段は一晩寝たりのんびりお風呂入ったらすっきりするんですけど、今日は引き摺っちゃいましたねぇ」
その前日は、ラルドにばったり会って「ケインが図書室に籠もっちゃったんだ。……そういえばミワさん、ちょっと女心に関して教えて欲しいんだけど」って、周囲を窺いつつ小声で相談を持ちかけてきて。それはきっと、エマちゃんを思って出た相談で。
二人でお茶をしながら、私のあまり参考にならない拙い経験談をちらほらして。
そうしながら、私はラルドとこうして話していることが怖くなってきて。
私の一言が、ラルドの行動を変えて、結果、ストーリーが変わるかもしれない。
そろそろケインを迎えに行く、とラルドが去ってから、日付が変わっても、私は考え込んでいたのだ。
「端的に言うと、他人の人生をメチャクチャにしそうで怖い、ってとこですかね。色々考えちゃってますが、一言で表すならそんな感じです」
「ふぅん。アンタ、今、一番の望みはなんだい?」
「望み……ですか。えっと、生き残ること、かな」
第一目標、生き残ること。第二目標、元の世界に戻ること。
「いよいよ戦争が激しくなりそうな雰囲気が増してきたこのご時世、それをしっかり意識しているのはいいことだ。
じゃあね、酷なことかもしれないが、アンタは他人の人生なんか考えずに、生き残ることだけを考えな。どんな局面になろうと、生き残るための方法を考えるこった」
スパッと言い切られたその時は、何だか考えるのが馬鹿らしくなって、つい笑ってしまったのだった。
そして私は、直感で彼女を信頼した。
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ココさんに淹れてもらったお茶を一口飲んで唇を湿らせてから、不安を口に出す。
「あのね、先生。私は、ここの人たちと真摯に向き合ってしまっていいのか、悩んじゃったんです。
心から向き合って、自分が間接的に人を殺すことが怖いというか」
相手と向き合ってしまうと、単に『ゲームのキャラクターが消える』ことから『ここにいる人を殺す』ことに変わってしまうから。
一度はゲームの世界だと開き直って考えないようにしたのに、またこうして惑う。自分勝手な自分が嫌になる。
一気に紅茶を呷って空になったカップを弄びながら、先生は呆れた顔をした。
「なんじゃそりゃ。ここで相談するのは、あたしらに真摯に向き合ってるからじゃなかったのか?」
目から鱗が落ちた。
そういえばそうだな。そんな風に考えていなかった。
この人も、私の元の世界では0と1で作り上げられた賑やかし要員だったはずだ。それなのに、私は先生とココさんに頼っていた。
「よく分からんが、アンタ、自分が神にでもなったつもりかい?」
「え? いや、そんなことはないんですけど」
「間接的に人殺しになることなんて考え出したら、何も動けないだろうよ。
世界中の人間を救おうなんて、砂を一粒残らず両手で掬い上げるようなモンじゃないか。神でもなきゃそんな芸当無理だろう。誰がどうやったってこぼれ落ちるものは出てくる」
救うと掬い上げるをかけてるぞ、と妙な補足をしてくる先生。
「でも、人殺しになるのは、やっぱり嫌です」
「誰でも嫌だよ、んなもん。実際に人を殺すこともあるあたしだって、死ぬのを見るのは嫌なもんだ、慣れやしないよ」
「……どうしたら、その恐怖を吹っ切れるんでしょう」
「それくらい、自分で考えな。と言いたいところだが。あたしが吹っ切った時の話をしてやろうかね。あたしも今はこんなだが、青い時もあったのさ。
あたしゃね、目の前の人間は、全力で助けることを決めたんだ。自分の手の届く範囲だけ、全力を尽くす。それでも助けられなかった時は、自分の力不足。悲しいし悔しいが、それを認めるのがあたしの勇気だった。
そして、それが相手と真摯に向き合うことでもあると思ってる。
心から向き合うことで、結果殺しちまっても泣きながら次へ進むんだ。より多くの人を助けるんだ、と」
そっか。
たぶん私は、思い切ってゲームであることを忘れるべきなんだ。
ここで生きている人と、元の場所で生きている人と、違いはない。そして私は神様じゃない。元の世界と同じように、目の前にいる人と接するだけ。
それが、今、私の出すべき勇気。




