21.乙女ゲー? 私、経験値低いよ!?
メーヴ城。
裏は政治の中枢、表が巨大な軍事要塞都市。
当然、私も生活のメインは表。最近はここでの生活にも慣れてきて、知り合いも増えてきている。たまにロイと飲む以外はゲームキャラを遠くから見かけるくらいで、ストーリーの進行具合も周囲の話やロイの動きで推測する日々。
最近の出来事といえば、エルフ隊が正式に軍に合流したことかな。
ゲーム内の描写にはなかったけれど、私がキャスパー王子に連れられて来た日が、いわゆる実務者協議ってやつだったんだろう。そしてラルドも無事にエルフ隊参入イベントをこなしたらしい。
そんなこんなの平和な日々、今日も食堂での仕事を終え……たんだけども。
どうして急に奥へと引っ張っていかれてるんですかね!?
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「あ、あの、奥様! 私に何か御用でしたかっ!? 何かあればこの前のように侍女さんに……」
「やぁねぇ、ミワちゃん! 奥様なんて呼ばずに、ソニアって呼んでちょうだいね。今日はね、緊急事態なの。だから自分から来ちゃったわ」
相変わらずぶっ飛んだ方だ。何故に奥方様直々に私を拉致するのか。
こっちはお金持ちやら上流階級やらとは無縁の生活を送っていたのだ。巻き込まれ体質で柔軟なラルドとは違って、正直どういう対応をすればいいのか分からんのだよ!
「あのっ、それでソニア様、いったい何が……」
「うん、ちょっとミワちゃんに助けてもらいたくて!」
ちゃんとした説明を求む!!
私の心の叫びは当然伝わることもなく、ソニア様によってある一室に放り込まれた。
そのまま侍女さんたちに風呂であちこち洗われ(超恥ずかしかった。一人で入らせて欲しかった)、高速でエステを受け(これは久々で気持ちよかった。そして当然のようにローズオイルだった)、コルセットを絞められ(not締める。これは一歩間違うと絞殺だ)、この辺で何をさせられるかはだいたい見当がついた。
あれだね、ドレス着させられるとかそういうのだよね。
予想通り、エメラルドグリーンのドレスを着せられ、ウイッグを付けて化粧を施された。化粧の際にメガネを取り上げられたせいで、自分の姿が分からない。とりあえず結婚式のお色直しみたいになっているんだろう。
「完っ璧、です!」
と侍女さんが終了宣言したと同時に、ソニア様が部屋に戻ってきた。
「うん、思った通り素晴らしいわ」
「あの、ソニア様、そろそろ説明を……」
「そうそう、ごめんなさいね、時間がなかったものだから。
ミワちゃんにはね、今日のお茶会で、トムの相手役を務めてもらいたいのよ」
……全力でお断りしたいのですが。
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ソニア様が言うトムとは、コールマン家の次男坊だ。現在27歳で私と同い年、独身。領都を専属で守る騎士の筆頭。当然ながらお貴族様。
だからさ、私は一般人なのですよ。そんな半公式な場所でご一緒できるような身分でもなければ、素養もないのですよ。
私が断ることを見越して、ソニア様自身が問答無用で私を連れ去ったのか?
それにしても何故わざわざ私に白羽の矢が立ったのさ?
「トムに群がる女性たちを牽制して欲しいのよね」
悩ましげにため息をつくソニア様。
「こんな時期でしょ? トムにも申し訳ないけど、慶事をしている余裕はちょっとないのよ。
でもね、お嬢様方はそんなの関係ないらしくて。釣書は送ってくるわ、お茶会には招待してくるわ、晩餐会やら舞踏会やらの招待状まで送りつけてくる始末よ。
相手するのも馬鹿らしくなってくるくらい必死なのよね。こんなに急に、無理やり権威でねじ込んでくるんですもの、やってられないわぁ」
「えぇと、あの、トム様には婚約者様は……」
「いないのよ。あの子、見た目と違ってカタブツで。女性の好みも一筋縄ではいかないのよねぇ。だけどお買い得物件ではあるから、まーぁ寄ってくるわ寄ってくるわ」
「は、はぁ」
自分の息子に対してなんたる表現だ。
「だから、この際、トムはもう売約済みよ! って知らしめたいの」
「あの、それでは、落ち着いた後のトム様の婚約者様選びにも支障が出るのでは?」
「大丈夫よ。こんな時期に申し込んでくるような令嬢はお断りだけど、ちゃんとこちらの事情を慮ってくれる家もありますからね。そういう家ならこんな茶番はすぐ気付くし、むしろそういう家でないと、今後も付き合えないわ」
まぁ、それは確かにそうだろう。
事情はだいたい把握した。
それにしたって、私を連れてきた理由は分からないままだ。それに。
「私、マナーをほとんど知らないんですが」
「あら、このあと簡単に教えるから何とかなるわよ!
大丈夫、トムを隣に座らせるから、フォローさせるわ。何か言われても黙って微笑んでいればいいのよ。たまにトムを見て、にっこり笑っておけば充分だわ」
ねぇ、これRPGゲームが舞台になってる世界だよね? いつの間にか乙女ゲームの世界に更に転移したとかじゃないよね??
いやいや……不安だなぁ……。
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結論から言うと。
何とかなってしまったんだなぁ、これが……。
お嬢様方の怨念のこもった視線は、裸眼の視力であろうとよーーーっく分かりました。
ただ、トムの演技が良かったのか、私自身が大きな粗相をしなかったからか、あるいはご令嬢のお話を正論でぶったぎってしまったのが恐れられたのか、最後まで役目を全うできたのが救い。
ただ、誤算がありましてね。
「ロイを呼び捨てているのに、僕は敬称で呼ぶの?」
「片や平民育ちの傭兵、片や領主様のご子息で筆頭騎士様じゃないですか。同列にしないでくださいよ」
「気にしないのに。確か同い年でしょ?
それに、エマとも仲良くしてるって聞いてるよ? 僕も仲良くしてほしいな。できれば特別に仲良くしてもらえると、舞い上がっちゃうくらい嬉しいんだけど。
あ、そうそう。次にドレス着る時は、バーガンディのドレスにしよう。ターコイズブルーでも良さそうだねぇ。こういう色なら、絶対君に似合うよ。僕が仕立てさせよう」
ねぇねぇ、堅物じゃなかったの? めっちゃグイグイくるんですけど?
こんなにあからさまに迫られることなんて今までなかったから、どうやって振る舞えばいいのか分からないんですよ。
まずは、チャラ男の社交辞令と本気の好意の見分け方を、誰か教えてください。




