19.初めまして、名付け親です
結局押し切られ、一式買ってもらっちゃいました。
黒のレザーパンツに淡いブルーのノースリーブシャツ、アクセントの赤いロングネックレス。……悔しいけど、お姉さんの見立ては私の好みドンピシャだった。ただし、インドア派の私は一度も着たことがないような服なんだけど。
帰り道はしばらくぶーたれていたけど、いつまでも拗ねていないできちんとお礼は言っておいた。次はコレを着てくるから、もうこんなことはしないように、と釘を刺すのも忘れずに。
帰城してロイと共に城表の廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が微かに聞こえてきた。
ロイも気付いたらしく、
「お、ちょうどいい、ミワに紹介するか」
と歩みを進める。
そう、聞き覚えのある声とは、主人公ラルドの声だった。
ブルフィアの主人公はRPGとしては比較的口数の多い部類。自己投影型ではなく、観客型のRPGと言える。
声優も充てられていて、プレイヤーにとっては、ヒロインや幼馴染みの次に馴染み深い声なのだ。
曲がり角まで来た時に、ラルドの他に二人いることが分かった。
ん? まさかこれは!
慌ててロイの腕を引っ張って口を塞ぐと、そーっと陰から覗き見る。鮮やかなストロベリーピンクの髪が見えた。
(やっぱり!)
ラルドと美人騎士セリアの――いや、敢えて言おう、ラルドの幼馴染みケインとそのお相手セリアの、出会いのシーンだ!
ケインとセリア、最終的には夫婦になるんだよ! そんな彼らの記念すべきファーストコンタクトを、私なんかで台無しにするわけにはいかない!!
目で問いかけてくるロイの口は塞いだまま、一緒にしゃがみ込んで廊下の先を窺う。
ぽやぽやしている現時点のラルドはともかく、セリアは魔術も剣術も達者な現役騎士なのだ。若かろうと油断はできない。
話が済んだのだろう、セリアが廊下の向こうへ歩み去って行く。踵を返す直前、こちらをチラリと見たから、どうやらバレているらしい。
ごめんね、怪しい者じゃないんです。いや、怪しい者ではあるんだけど、害意はないよ。
ようやくロイから手を離し、誤魔化すように笑っておく。
少し赤くなった(窒息させる気はなかったけど苦しかったみたい)ロイは、眉を下げて溜息をついただけで深く追求しなかった。やっぱり大人だ。
私の手を引きながら角を曲がり、
「さて、それじゃ、紹介するか」
ロイの声に、セリアの後ろ姿を見送っていた二人が弾かれたように振り向いた。
「よぉ、お前ら、休みは満喫しているか?」
「ロイさん! ロイさんも休みなんですよね?」
ニカッと笑うのがラルド。何故か私が名付けた名前になってしまっていた主人公。
主人公らしい巻き込まれ体質、かつ幸運の持ち主。金髪碧眼のそこそこイケメン。キャラクター造形は親しみやすさを優先したらしい。
ラルドの戦闘スタイルはオールラウンダーで――と、この人について語ると長くなるから、ここでは割愛。だって、ブルフィア三部作に渡って話が続くんだよ。
横でぺこりと頭を下げたのが、主人公の幼馴染みでRPG上のナビゲートキャラ、ケイン・ジルベルト。ゲームのセーブ記録は、この人が旅の記録をつけるという形を取っている。パーティーでは魔術担当のワンコ系イケメン。ぶっちゃけこの人がシリーズのキーパーソンなんだけど――と、こちらも長くなるから割愛。だって、ブルフィア三部作に(以下略)
ロイは「少年たち」と言っていたし、私自身も少年だと認識していた。
だけど、その実、主人公ラルドは18歳、幼馴染みのケインは20歳。少年というよりも青年だ。もっとも、ケインは童顔のせいで16歳くらいに見えるんだけどね。
あぁ、いつの間にやら私は君たちの歳を追い越してしまったのだよ……出会った時は同世代だったのに……!
暇だったら食堂で夕食を食べながら話そう、ということで、皆でテーブルを囲む。
ロイと私はお酒。ラルドたちも飲酒可能のはずだけど、普通にお茶を頼んでいた。
「――で、俺がお前らを軍に紹介した直後に、ミワに出会ったんだよ」
「へぇ、ミワさんもレオナルド様にお会いしたんですね」
「うん。でも、聞いたこともないくらい遠い国から来たせいで、マーカスさんにメチャクチャ怪しまれちゃって大変だったよ」
「あー。僕らも文句言われたね」
「ミワの場合、お前らの比じゃないくらい厳しかったぞ? 結局はレオ様が取り成したらしい」
「オレたちと一緒っすね」
「そうそう、仲間仲間」
あぁ、この雰囲気。エマちゃんの時にも思ったけれど、なんとなく、この子たちが同世代でありながら弟分でもあるような気持ちになる。
確かに同じような歳だったのに、私だけが大人になってしまった。物語の中と外だからそれは必然なんだけれど。私からすると出会いから10年も経っているのに、ラルドにとっては出会って数刻。その差がとても大きい。
置いて行かれたような変な気分。いや、置いて行かれたのは私なのか、ラルドなのか。
少し物思いに耽りすぎたのか。
つんっと頬を突かれた。
横を見ると、優しいロイの顔。
「今日はあちこち歩いて疲れたか?」
ううん、大丈夫。そうじゃないんだ。
笑って首を振る。人に心配をかけるような話ではない。自分が少し混乱しているだけなんだ。
「あれ、もしかして、ロイさんとミワさん、一緒に出かけてたんですか?」
「おーそうだ、デートだぞデート」
「うっそ!? めっちゃ意外!!」
「ロイさん、僕たちの前では彼女がいるなんて一言も言ってなかったじゃないですか。こっちを散々からかっておきながら……」
「いや、デートじゃないし彼女でもないからね!?」
「えー、ロイさん、話違ってますよ?」
「うるせぇ、出かけてたのはホントだぞ」
「本当の話に嘘を少し混ぜるとバレにくいって言いますよね」
「あ、それだな。さすがケイン、物知り」
わいわい騒ぐ少年たちを前に、はははっと笑ってビールを空けて。
私にだけ聞こえるように、
「ちょっとは気分上向いたか?」
なんて囁くから。
この人は、出会ってから10年経っても、ずっとずっと頼れる大人なんだなぁ、と泣きそうになった。
そういえばさ、今更だけど。
ラルドたちセリアとの出会いイベントはそこで場面が終わりだったんだけど……その後、ロイと出会ってしまって良かったんだろうかね?
私と出会うことに関してはノーコメント。それこそもう今更だし。