17.おかえりなさい、ただいま
今度は私からエマちゃんに質問することにした。
「実はね、エマちゃん。私もエマちゃんに聞きたいことがあって」
「はい、何ですか?」
「エマちゃんは都に行ったことはある? 私、将来、首都で色んな魔術師様にお目にかかりたくて、ちょっとずつ情報を集めているんだ」
この世界の魔術は、攻撃魔術が基本。それ以外の魔術は『特殊系魔術』として珍重され、これを扱える魔術師のほとんどが首都で研究に勤しんでいる。そして彼女は、ブルフィア全体のストーリーの鍵となる、貴重な回復魔術の使い手。
ゲームには出てこなかったけれど、もしかしたら今までに、首都にいる特殊系魔術師に会っているかもしれない。もしかしたら大魔術師にも。
エルフのキャスパー王子からの一言――大魔術師シャイニー様から異世界人の前例を聞いたことがある、という情報――を聞いてから、どうにかしてシャイニー様に会いたいと思っている。
でも、この戦争が終わるまでは、私が異世界人だということは明かせない。身の安全のためにも。
たとえ私がここから先に起こることを知らなくても、異世界人というだけで、何らかの危険にさらされそう。珍しい事例みたいだし。フェイファーに知られたら、交渉の材料にだってされかねない。
レオナルド様とマーカスもそれを危惧していたから、異世界について口を噤むことがここで生活する条件になった。
だから、シャイニー様にコンタクトを取るのは、戦争の後。それまでは情報収集。
エマちゃん相手であっても、いきなり魔術師トップに会いたいと言うと何か怪しまれるかもしれない。首都に行きたい、魔術師に会いたい、というだけに留めておく。
「えぇ、首都ラーナへは何度か行きました。魔術師ということは、ミワさんは、何か魔術を使えるのですか?」
「それがねー。多分使えないんだよね。というか、使い方が分からない。魔術使える人たちはどうやってるの?」
「使えるのであれば自然と発現してくるので、その後は練習したり実践で使ったりして、精度や威力を上げていくんです」
おぉ、レベルアップして新しい技を覚えていく、あれだね。
「ですから、今ミワさんが使えないということは、魔術適性がないんだと思います。
ミワさんの国では、魔術は一般的ではないんですか?」
「そうだね、この国みたいに盛んではないかな。魔術の存在は知っていたんだけど」
そもそも魔術が存在しないんだよ、とは言えない。ちょっと怪しいけど大丈夫だよね。
「わざわざ首都まで行かずとも、この領地にも魔術師はいますし、今回の戦争であちこちから集まってきてもいますよ? 何人か紹介しましょうか?」
「いやー、うん、実は。私の国はあまりに遠すぎて、ここへ来たのも偶然が重なって、自分でもどうやって辿り着いたのかあやふやなくらいなの。
それで、首都なら、転移魔術とか、そういう類いの特殊な魔術を使える人もいるかな、と思って。戦争が落ち着いたら、お話を伺いたいと思ってるんだ」
「そうだったんですね。それなら確かに、首都まで行かないと無理ですね……。
私の交友関係では特殊系魔術に関する人はいないですし、お父様お母様へ伺うのが一番かもしれません。でも、今は両親とも忙しい時期ですし。他の心当たりは……」
うーんと悩んだ後、ごめんなさいお役に立てないみたい、とエマちゃんが謝る。いやいやそんな、そうすんなり事が進むとは思ってないし!
ラルドやエマちゃんは、ブルフィアシリーズの中盤でシャイニー様に会うけれど、それに同行するわけにもいかないしなぁ……その辺はまた後々考えよう。
それからしばらく、また和気藹々とお茶を楽しんでから、お開きになった。
エマちゃんからの「またお話ししましょうね!」というありがたい申し出が、単なる社交辞令でないことを祈ろう。カワイイ子とお喋りできるのは嬉しいしね!
******
その後、アロマオイルに関する調査はなかなか順調に進んでいた。
医務室で女傑の医師に色々質問していたら、何故か気に入られたり。植物園や庭園で植生を観察していたら、庭師さんや侍女さんたちと仲良くなったり。
当初の目論見通りに知り合いも徐々に増えてきていて、気分は上々だ。
主人公ラルド、その幼馴染みケインと同行してあちこちの街を巡っていたロイが、久々に帰ってきた日も、私はあちこちで調べ物をしていた。
だから、ロイからの飲み会のお誘いを顔見知りの兵士さん経由で聞いたところで、ようやく彼らが帰城したことを知ったのだった。
エマちゃんとの女子会(……と言ってもいいのかな?)から割とすぐに戻ってきてくれてホッとしたよ。これで無事にラルドとエマちゃんが出会えそうだね!
「ロイ、おかえり。ずっと出掛けてたんだってね。お疲れ様」
「おう、……ただいま、ミワ。
っと、そうそう、今回はな、俺がスカウトしてきた奴らと外回りしてたんだ。今度ミワにも紹介するな。いやー、少年たちのパワーは眩しかったぞ」
ニコニコ笑いながらも少し赤い顔で、ビールジョッキをテーブルに置いたロイ。
ん? 日焼けしたわけでもなさそうだし、酔いが回ってるわけでもないのに、何故もう赤い?
近くに妖艶なお姉様でもいるのかとキョロキョロしたけど、いつも通りの豪快な兄さん姉さんおじさんが陽気に騒いでるだけだ。
「どうした?」
「いや、ロイが赤くなったから、何か見たのかと思って」
「あー……まぁ気にするな、単なる挨拶だもんな。それより、ミワの次の休みはいつになる? 俺はしばらく休みを貰ったから、城下町に出掛けられるぞ?」
何となくはぐらかされたのは分かったけど、城下町へのお出かけも大切だ。
これまでの働きで、前借りしなくても初任給はバッチリ受け取っている。
将来の路銀と生活費を差し引くと、自由になるお金はそこまで多くないけれど。今回はウィンドウショッピングが主な目的。
ゲームで見たアイテムが実在するのか、あの街並みはどう再現されているのか。治安や人々の様子はどうか。
……街歩きといえば。
仲の良かった男の子と街を歩いてる時に、決死の覚悟で告白してフラれた過去を思い出す。
中学生の時も、大学生の時も、似たようなことをやらかしていたなー。
就職して、気になる同期の男性と買い出しに行った時は、轍を踏まないように気をつけたんだった。その後やっぱりフラれたけどね。
今回はロイと一緒か。
大丈夫大丈夫。ちゃんと弁えているからね。
(デートじゃない、デートじゃないよ)
(あー、ようやくミワとのデートか)