16.美少女と仲良くお話
嵐のように奥様が退出すると、エマちゃんが相変わらずの苦笑を浮かべて、こちらに向き直った。
「ごめんなさい、ミワ様。母がご無礼を」
「いやいや、いえいえ、気にしてませんよ! 明るいお母様じゃないですか。
あと、エマち……エマ様。私の方が身分が下ですし、そんなに畏まらないでください」
私は知っているんだぞ、エマちゃんが平民相手にはもっと崩した口調で接するのを。
相手を萎縮させないためとはいえ、幼い頃から淑女教育されてきた口調を、わざと親しみやすく崩せるってことを!
「えぇ、と、では、お言葉に甘えさせてくださいね、ミワさん。
あの、良ければ、私に対しても普通に接してください。ミワさんの方がお姉さんですもの」
それじゃ、こちらもお言葉に甘えまして。
「それじゃあエマちゃん、よろしくね」
「はい! ……そういえば、あの……女性に年齢を尋ねるのは失礼だと分かっているんですが。ミワさんはおいくつになるんですか?」
「大丈夫、気にしないよ。私は27歳。エマちゃんは?」
知ってるけど、一応尋ねておかなきゃ。
「17になりました。そうですか、それならミワさんは、下兄様と同い年なんですね。
確かに、お母様の言う通り、お姉さんみたい!」
おぉう、こんなカワイイ妹ができるなんて私も嬉しいよ! いいのかな! いいよね本人が言ってるんだし! あぁ天使!!
ニヤニヤしちゃうのを何とかニコニコ笑いに変化させて、外面を取り繕う。
それから私たちは、他愛ない話をあれこれした。
私のしていた仕事のことだとか。エマちゃんの今刺している刺繍の柄だとか。紙とペンを借りて、ササッとエマちゃんの似顔絵を描いてみたりとか。エマちゃんが普段お忍びで城下町に出掛けている話だとか。
私のことを話す時には、もちろん異世界だという事実を伏せたまま。どうにかこの世界の雰囲気に馴染ませ置き換えつつ。エマちゃんの表情を見るに、何か疑われたりはしてなさそう。この子、基本的に純粋だしね。
ただ、どれだけ穏やかに話を続けても、何となく双方、本題を切り出せない雰囲気を醸し出していた。
うん、そろそろ私から切り込むか――
「あの、実は、年長者のミワさんに、少し相談というか、私の悩みを聞いて欲しくて。お父様にもお母様にも、お兄様たちにも家庭教師の先生にも相談できなくて、でも、私と年齢が近くて女性のミワさんなら、って……。
まだ会って間もないんですが、本当に、お兄様のような安心感がミワさんにはあって、えぇと」
もじもじと手を組み合わせながら、眉を下げたエマちゃんがこちらを窺う。
あれ、先手を取られた?
っていうか、周囲の誰にも相談できない悩みって。もしかして、もうすぐ起こるラルドとのイベントの話じゃない!?
ここで私が聞いてしまったら、イベントが起きなくなっちゃうじゃん!? それはいかん。とってもまずい。
どうやって切り抜けよう……。
「え、えぇっと! あのね、エマちゃん。私でも、エマちゃんとは10コ離れてるし。きっと、同年代で、何だかホッとする、頼りになりそうな人と出会えると思うよ?
ほらほら、最近軍が拡張を始めて、若い兵士さんたちも若いお手伝いさんも増えてきているでしょう? 城表に出掛けてみたら、いい出会いがあるかもよ?」
うーん、自分でも思うけど、これじゃあまだ弱いな。
「私さ、こないだ中庭で、自分の弱みを吐き出せる人と出会えたんだよ。私の同年代の人で、境遇も近い人で、でも今までの自分を知らない人。だからこそ、弱みも見せられたし、新たな信頼も築けたんだなって。知らない土地に来て、不安な気分だったけど、そのお陰で今も頑張れる。
ね、あそこは不思議な場所だよ。エマちゃんも夜にこっそり訪ねてみるといいんじゃない? 誰にも出会えなくても、綺麗な花もあったし、心がゆったりすると思う」
ロイとの遭遇を誇張して伝える。そこまで弱みを見せていなかったし、そもそもロイと私は8コ離れているから、エマちゃんと私の年の差とさほど変わりない。
ただ、エマちゃんは少し心動かされたみたいだ。秘密の花園、存在だけはエマちゃんも知ってるもんね。夜の景色、一度見たいと思ってたんだもんね。私の経験を聞いて、ちょっと気になってくれた?
「素敵なお話ですね。……ふふ、私も少し、ミワさんにあやかりたくなってきました。
でもね、ミワさん。もししばらくしても誰とも出会えなかった時には、やっぱりミワさんに頼ってしまってもいいですか?」
「うん。適切なアドバイスができるかは分からないけど、愚痴を聞くくらいなら親友にもやってあげていたことだしね。それに――」
******
エマちゃんと話しながら、私はあることを思っていた。
何てことはない、ただの幻想。
小学生の頃は高校生のお兄さんお姉さんが信じられないほど大人に見えたし、ティーンの頃は20歳を過ぎた人たちが凄く大人に見えたし、20歳の頃は社会人がとても大人に見えたし、今は40歳を過ぎた人が大人に見える。
でも、少なくともアラサーの今、私自身はそこまで大人になった気がしない。
いくらか経験を積んで、多少は成長した部分もある。はず。考え方が昔と変わったりもしている。
運命とか、自分で言っておいてなんだけど、もうほとんど信じていないし。
異性に対する期待だって、持たないようにしている。
弱みを見せる、信頼を築く、って簡単に口にしたけれど、そんなにホイホイ心の内を見せたつもりもない。
そして、こうして方便だって使う。
そんなスレた考え方になっているのに、それでもね、自分のある部分は未だに17歳のままなんだ。
ほとんど信じていない運命に、未だに少し憧れて。
紫音の他にも心の内を見せられる、大切な人に出会えることを夢見て。
自分を慕ってくれる年下の女の子の役に立ちたいと、強く思う。
大人じゃないけれど、我ながら頼りないけれど、エマちゃんのことが好きなのは事実。
しっかりした大人はエマちゃんの周りに任せて。本当の支えはラルドたち同年代に任せて。
そう。愚痴を聞くくらいなら、こんな私でもできるよ。
「それに、私は、エマちゃんの心のお姉ちゃんだからね!」