15.美女と仲良くお話
数日後。
お風呂から上がったところで、侍女さんが私を待っていた。
「奥様とお嬢様がミワさんにお会いになるそうです」
この城で単に奥様、お嬢様と言う時は、コールマン家の人々を指す。
つまり、マーカスは「レオナルド様に話をしておく」という約束を守ってくれたのだろう。
まさかここでヒロインのエマちゃんに会う機会が巡ってくるとは!
……違う、本題はそこじゃない。アロマオイルの話だ。
あと、ついでに、できれば。魔術師に関わる話も聞けたらいいな……。
侍女さんに伴われ、初めて城の奥へと足を踏み入れた。
城奥でも比較的表に近い場所にある応接室に、美女と美少女が待っていた。
「初めまして、ミワです」
うっとりとしてしまう顔を必死に引き締めながら、丁寧に礼を取る。
「初めまして、ミワちゃん。ソニアです。レオから話は聞いていたわ、しっかりしたお嬢さんだ、って!」
「初めまして、エマです。よろしくお願いします、ミワ様」
コールマン家の奥方様である、ソニア・ジェイド・コールマン様。
レオナルド様と仲が良く、ヒロインのエマちゃんにも優しい、素敵なお母様。孤児の主人公にも温かく接し、心の母になっていた人。ニコニコと人好きのする笑顔で緊張をほぐしてくれる、美人なのに取っ付きやすい雰囲気。
ソニア様の声はゲーム内では聞けなかったけれど(残念ながら準モブ扱いだった)、思っていた以上に、その、陽気な声だった。儚げな優しい声を想像していたからちょっとビックリ。
そしてその性格も、ゲーム描写の外側では、なかなかぶっ飛んだ方だったようだ。
「もうね、レオの話を聞いてから、ミワちゃんに会ってみたくて仕方なかったのよ~。もう一人娘が増えたみたいな気持ちだったの!」
単にレオナルド様が私の生活を執り成してくれたというその一点で、ラルドと私は、ソニア様の中で同じカテゴリーに入っているらしい。すなわち、心の娘。
確かにね、私はコールマン家の跡継ぎや次男坊と同じくらいの歳だし、ラルドはエマちゃんと同年代。子供だと思っても違和感はないんだろう。
でも、一度も会ったことがない私に対して、そんな気持ちになれるものなの? レオナルド様、私についてどういう説明をしたんだ!?
そんなソニア様の横で苦笑しているのが、ブルフィアシリーズのヒロイン、エマ・グレース・コールマン。ピチピチの17歳。レオナルド様譲りの栗毛を緩く纏めて、私に眩しい笑顔を見せてくれる。そして鈴を転がすような綺麗な声。もうゲームより何倍も綺麗カワイイ!
それなのにこの子、生粋のお嬢様なのに平民やラルドたちにも躊躇いなく混じって行動するお転婆娘だし、それどころか一緒にフィールド駆け回れるくらいに逞しい。さすが辺境伯家の令嬢。
「あの、ミワ様。遠い遠い国からいらしたと聞いています。今日はぜひ、ミワ様のお話も聞かせてくださいね」
そうそう、好奇心旺盛なのよエマちゃん。こうして色んな知識、物の見方を積み重ねていって、ラルドを支えるんだよねぇ。
ソファへ案内され、侍女さんにお茶を淹れてもらってから、本題へと入る。
「レオから、マッサージに関する話をミワちゃんにしてあげてくれ、って聞いたけれど。
なんでも、ミワちゃんの国では、貴族でなくてもマッサージをするんですって?」
「はい。貴族……というか、上流階級の方は、おそらく私たち一般人よりももっと高価な施術を受けていると思うのですが。私たちでも、気軽にオイルマッサージを楽しむ文化がありました」
「あぁ、それは素敵。女性が大切にされる風習が一般にも浸透しているなんて、見習わなくてはならないですよね」
感心したようにエマちゃんが相槌を打ってくれるが、えーと、一概にそうだとは言い難い……いやいや、それは今は置いておいて。
「それでですね。その風習があったために、ここでも私自身でマッサージに使うオイルが手に入るかどうか、知りたかったんです」
ていうか、アロマオイルが既にあるなら、わざわざ作らなくてもいいんですよ。値段さえ手が届くようなら、それでおしまい、ってこと。
作るとなると、やっぱり少し面倒くさいよね。
「えぇ、それも聞いていたから、あらかじめ準備しておいたわ! 持ってきてちょうだい」
ソニア様の言葉に応えて、侍女さんが小瓶を持ってきてくれる。
手に取らなくても分かる、この香りは……。
「ローズ、ですか?」
「えぇ、そうよ」
ローズオイル。詳しくない私でも知っている。確かだいぶ高いやつ!
念のため、価格を聞いてみる。
侍女さんに耳打ちされた金額を聞いて、潔く諦める。品質も高いだろうし、とてもじゃないけど日々のケアに使えるような代物ではない。
「普段使われているのは、これだけですか?」
「そうねぇ。あとは香りのないものかしら。レオからは、香りのあるオイルに興味があるようだ、と言われていたけれど?」
「あぁ、えっと。ローズ以外にも香り付きオイルがあればな、と考えていたんです。
さすがにローズのオイルは平民には手が出ないというか……」
「ローズ以外というと、例えばどんなものですか?」
エマちゃんが目を輝かせて聞いてくれる。
「えーと。例えばレモンやオレンジでしょうか。他にもミントとか色々ありました」
説明がしやすい物を列挙する。
「香りは分かるけれど、マッサージに使うものとしては聞いたことがないわねぇ」
「外国にもなさそうですか?」
「貿易品としても知らないわぁ。ミワちゃんの国から取り寄せることは難しいの?」
「まず不可能ですね」
ふむ。それならやはり自作の方向で考えるべきか。
無香のオイルについても価格を聞いたところ、またも侍女さんに「グレードごとに値段は違うのですが」と前置きの上、この家で使っているものの金額を教えてもらった。
これなら、グレードを落とせば手が出せるかもしれない。
その辺りを後ほど調べてもらえないかお願いすると、ソニア様が快諾して指示を出してくれた。
香りのない基剤オイルはあるようだし、手っ取り早くオレンジの皮を絞って作ってしまうか。あとはミントを漬け込むとか。あぁ、でも、安全性はどうなんだろうなぁ。
やっぱり医務室へ一度話を聞きに行った方がよさそう。
「こんなことしかお話しできなかったけれど、ミワちゃん、お役に立てた?」
「はい、とても。ありがとうございました」
「それじゃあ、とっても残念だけど、私はここで失礼するわ。この後に仕事の予定がなければ、夕食だって一緒に食べたかったのに。
あ、もしミワちゃんが良かったら、エマとこのままお話ししてちょうだい? この子ったら、家庭教師以外の女性と話すのが久しぶりで、凄くソワソワしていたのよ~?」
「お母様! 恥ずかしいことをミワ様にばらさないでください!」
赤くなるエマちゃんカワイイ。
そして、
「だって、ミワちゃんなら、エマのお姉ちゃんみたいになれるわ!」
その謎の確信の判断基準は、一体何ですか!?




