13.甘いコーヒーと苦いコーヒー
主人公は理屈っぽい、軍師マーカスは頭が良い、という設定ですが、いかんせん描写は筆者の頭脳以上にはならず……なんかもっとこう、……頭がいいんです。うん。
ロイと城下町に出掛ける約束をしたものの、なかなか休みが重ならない。
顔見知りになった人たちや食堂に来る兵士さんたちの噂話では、ロイがラルドとケインを連れて近くの街を訪ねて回っているらしい。
なるほど、イベントが発生しているのね。ゲーム上の時間経過と実際の時間にどれくらい差があるのか分からないけれど、そうそう早く帰ってくることはないんじゃないかな。
そういえば、私は周辺マップでレベル上げしたけど、実際のラルドたちはどうしてるのかな。戦闘はしてもわざわざ遠回りはしないよね。
でもそれじゃレベルが足らなくなるんじゃ……。
レベルが足らない=所々で起こる中ボス戦がきつくなる。ラルドが死んだらゲームオーバー。私のお先も真っ暗だよ!
ここは、頼れる兄貴、ロイに頑張ってもらうしかない。頑張れアニキ!
心の中でエールを送り、日課に戻る。すなわち、城内探索。
日数をかけたおかげでだいぶ見て回れたとは思うけれど、実際に交流した人はそんなに多くない。徐々に知り合いを増やしていけたらいいんだけどな。
何かきっかけがあれば……。
(あ、そうだ。バニラエッセンス)
前に牛乳寒天を作った時に使用した、バニラエッセンス。そこから思いついたことがあったんだ。
うん、こういう時こそ、あちこち回って聞けばいいんだよ。
まずは誰に聞きに行けばいいかな。医務室かな。女性比率の高い事務室かな、それならあそことあそこ。侍女さんもいいかも、でも奥務めの侍女さんと知り合うにはハードルが高いし、まずは城表の人からかな。図書室で文献に当たるのもありかもな、勉強がてら司書さんに相談してみようか。エルフ隊はまだ正式合流していないはずだし、他には……。
うん、目的ができるとウキウキするよね!
******
「で、お前はこそこそと何を企んでいるんだ」
相変わらずどこか棘のある声で、多少の呆れを含んだ表情で。
マーカスが腕組みをしながら、廊下に凭れて立っていた。
侍女さんの休憩室や事務室では、多少収穫あり。次は医務室かな、と考えながら退室したら、目の前にマーカスがいたのだ。
「企んでるなんて、人聞きの悪い。生活の質を向上させるための案を思いついたから、裏付けに回ってるだけですよ」
ふふんと胸を張ってやる。実際に全く疚しいことはないんだから、何を聞かれたって問題ないんだもんね。
「場合によっては、新たな商売になる可能性もありますよ。大丈夫、その時にはちゃんと軍に還元しますから」
こめかみを揉みながら溜息をつかれたけれど、それでも否定はされなかった。
「で? 概要だけでも聞いてやる」
おぉ、否定されなかったどころか、対話してくれると? 驚き。
うーん、と考えて。
「マーカスさん、今から少し時間取れます? 食堂でお茶しながら話しませんか?
これも仕事の一環だと思ってくださいよ」
ゲーム通りならこの人、かなりのワーカホリックだ。もちろんそれだけ大変な仕事なんだろうけど、休憩は積極的に取ってほしい。
であれば、ここは強引にでもリフレッシュしてもらおう! 仕事場以外で飲み物飲むだけでも気分は変わるよ?
しばし目を眇めて考えていたマーカスだったが、ふぅ、と深い溜息をついて。
「長々と拘束はしないでもらう」
とだけ言って、歩き出した。そちらは、食堂へ向かう道。
上等!
******
お酒や晩ご飯の時間にはまだ早いし、そもそもマーカスは仕事中。
彼の好みを思い出しながら、おやつと飲み物を注文して、落ち着ける席で既に座って待っている彼の元へ向かった。
「私の分は必要な……かったんだが、そうか。お前はこういう情報も知っているのか」
渋い顔でマーカスはテーブルを見る。
そこには、ミルクたっぷり砂糖たっぷりの温めカフェオレ、バニラエッセンス入り。そして、甘いミルクチョコレート数粒。
この人、熱く香り高いブラックコーヒーを優雅に啜っていそうな外見に反して、猫舌で、結構な甘いもの好き。でも、周りには内緒にしてるんだよね。ただでさえ若輩者なのに更に舐められるから、って。
「頭脳労働には甘味が必要だって、開き直ってしまえばいいんじゃないですか?」
「それができるなら苦労はしない」
ふーん。ま、お偉いさんたちにはパワーゲームが付きまとうものなんだろうね。平社員だった私でも、片鱗は垣間見たことがある。
苦笑して、一緒に頼んだブラックコーヒーとナッツを置く。気は遣ったよ、本人が隠してるんだからね。これで、甘いものは私の分、苦いものはマーカスの分だと周囲は思うでしょう。食べている所を見られなければ問題ないない。
私もブラックコーヒーはそこまで得意じゃないんだけど、これくらい我慢して、少し恩を売っておくよ。
「まぁま、それじゃあ糖分補給ついでに本題聞いてくださいね」
コーヒーをふぅふぅ冷ましながら、プレゼンテーションに入った。




