『君との出逢いをもう一度』
とある二人のお話を。
最初の出会いは最悪だった。大きく転んだところを見られてしまい、笑われた。初対面の人の前で転ぶなんて恥ずかしい以外の何物でもなかったが、その笑う顔があまりにも可愛くて、表情を赤らめた。きっと僕の一目惚れだろう。
二回目の出逢いは新鮮だった。一生懸命に様々な物事を話す僕に彼女は小さく笑った。そんな彼女にまた恋をしてしまった。どうやら僕は彼女の笑顔にめっぽう弱いらしい。
三回目の出逢いは面白かった。彼女が眉を下げ、少し困ったような顔をしたので、「日記を書こうか。」と提案すると、快く首を縦に振ってくれた。その日から僕と彼女の交換日記が始まった。
四回目の出逢いは幸せだった。二人で作り上げている日記のページが着実に埋まってゆき、一冊目が終わろうとしていた。そんな彼女との思い出を噛み締めながら、夜の闇に解け込んでいく。
五回目の出逢いは痛かった。彼女が毎日泣くようになった。僕はどうしたらいいのか、何をしてあげればいいのか分からないまま、ただ、時間が過ぎていくのを傍観することしか出来なかった。
六回目の出逢いは何も無かった。
お医者さんから「もう駄目です。全力を尽くしてもやはり駄目でした。」と言われた。薄々気付いていた。もう駄目なことくらい分かっていた。けれど、改めて他人からそんなこと言われたら、信じたくなくなる。哀しみしかない気持ちを精一杯隠して、なるべく悟られないように、彼女に嘘を告げる。
「今日の検査でもう大丈夫だって。」
「嘘なんか言わないで、きっともう長くないんでしょう?それと読んでって言っていた日記読みましたよ。素敵ですね。日記の中の私はとても幸せそうで、まるで私じゃないみたい。」
彼女には全部お見通しのようだ。僕の嘘をすぐに聞き破り、目に大粒の雨を抱えながらそう言った。
「私は、日記に書いてある幸せな日々を覚えることが出来ない私が嫌いよ。」
溢れだす大粒の雨を止ますことなく話す彼女を見ているだけで辛かった。そんな彼女は見たくなくて目を背けてしまった。僕が彼女の代わりになりたかった。
「だって私、一か月経ったら一番大切な人のことを忘れてしまうんでしょう?日記の最後のページに、書いた人しか読めないような殴り書きでそう書いてあったわ。」
少し時間を遡り。六か月前。
彼女は僕とのデート途中に大型トラックに轢かれた。僕が目を離した一瞬で。急いで救急車を呼んだ。彼女の名前をひたすらに呼び続けた。病院では直ぐに手術が行われた。嬉しいことになんとか一命は取り留めた。だが意識がちゃんと戻らない。死んだように動かない彼女のベッドの横で椅子に座って毎日起きない彼女に「おはよう」「起きてよ」って声をかけた。そんな僕の気持ちが神様に通じたのか、ある日唐突に彼女の意識が戻った。何よりも嬉しくて、思わず彼女の名前を呼んで手を握ってしまった。だが、僕の喜びとは裏腹に彼女の目は冷たかった。
「あなた誰?そんな風に手を握らないで。気持ち悪い。」
この日は彼女に「ごめん」としか伝えることが出来なかった。
彼女があの事故で、少し特別な記憶喪失になったことを知ったのは、彼女に冷たい目を向けられてから約一週間程度の日の事だった。
「ねえ、あなた知ってたの?私が1か月経ったら一番大切な人のことを忘れるってこと。」
彼女は、まだ少し疑いの目を残しつつ、ベッドの上に横たわりながら口を開いた。
「知ってたよ。」
僕は、淡々とした口調で彼女に伝えた。すると彼女は、
「なんで最初で教えてくれなかったの!?スマホを見ていたらあなたとの写真が沢山あるのよ!?なのに私はあなたのことを何一つ分からないのよ!」
っと病室に響き渡るほど大きな声で叫んだ。
赤子のように泣きじゃくる彼女を放っておくことは出来なくて、彼女の記憶がなくなる前、僕と彼女はどんな関係だったのか、どんなことをしてきたのかを全て話した。
話し終えた時には、彼女には笑顔が戻っており、一言「ありがとう」と微笑んだ。
それから時間は流れてゆき、1か月ごとに彼女に僕の事を教えた。そして日記をつけるという方法もとった。次第に彼女は僕との記憶がなくなっても僕を見ると笑ってくれるようになった。彼女が笑ってくれるだけで僕は嬉しかった。
でも現実は残酷だ。
「もう、全部知ってるの。」
彼女は、いつものように微笑みながら僕に告げる。僕も彼女に釣られる様に少し引きつった笑みを零す。
「私ね、あなたとの日々を何一つとして覚えてないわ。でもね、一つだけ覚えているというよりも残っているものがあるの。」
少し目線を落とし、また顔を上げて彼女が僕と目を合わせる。
「それはね、私があなたのことを愛しているってこと。」
そう言って彼女は消え入るように微笑んだ。
ここまで見てくださりありがとうございました。
また次回作があれば、暇なときに見てやってください。