第三話:二人の男に愛された一人の女
丘の上から見渡すと、南の方向にひとつの大きな町があった。
町の中を見てみると、屋敷が立ち並ぶ中に、とりわけ大きな屋敷があるのが見えた。
「この町には東部派貴族が住んでいると聞いたが……」
ロザリーの行方を追うため、ランスは今日も放浪する。フードの中から十字架の首飾りを取り出し、しばらく何かを想い、そしてそれを握った。
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“リプルの町にようこそ”────。町の入口に、こう書かれた大きな看板が掲げられていた。
ランスが町の中に入ると、メインストリートが町の中心に向かって真っ直ぐ伸びていた。通りは町を行き交う人々で賑わっている。
その時、ランスの傍を一人の女が通りかかった。ランスはその女に道を教えてもらおうと尋ねた。
「すみませんが、東部派貴族シルベリア卿のお屋敷はどこにありますか」
ランスに声を掛けられて、通りかかった女は立ち止まった。そして、ランスの方に振り返った。
手には草の入ったカゴを持った、長い金髪の美しい女だった。高価そうな髪飾りと、首飾りのエメラルド色の石が太陽の日を浴びて光っている。歳は二十ほどに見えた。
(ロザリーも今はこのくらいの年になっているのか……)
あれからどんな女性に成長したのだろうか。あの時はまだ幼さが少し残る、可愛らしい少女だった。しかし、今はさぞ美しい大人の女になっているに違いない。
ランスがふとそう思った時、女が優しい声で答えた。
「シルベリア様の御宅なら、このメインストリートを真っ直ぐ歩いて、突き当りを左に曲がった所にありますよ。実は私、今からそちらに伺うところなんですけど……よろしかったらご案内しましょうか?」
女は笑顔で旅人にそう申し出ると、ランスは頷いた。
「それは助かる。是非お願いします」
ランスが女と一緒に歩き始めた時、女がこう訊いた。
「旅のお方ですよね。もしかして、東部派軍警察の方ですか?」
突然そう訊かれて、ランスは驚いた──ふたつの意味で。
まず、ボロボロのマントを身にまとったこんな恰好の男がどうして軍警察の人間に間違えられるのかということだ。東部派貴族が運営する軍警察で働く者達は、東部派貴族はもちろんのこと、それに準ずる身分の高い者ばかりだ。普通に暮らしていれば、そんなことは当然知っているはずだ。どうして、ランスのような身なりをした男が軍警察の関係者に見えたのだろうか。
そしてもうひとつは、どうして突然、軍警察の名が出てきたのかということだった。もしかすると、シルベリアはただの貴族ではなかったのか?
ランスは胸にわずかな動揺を抱きながらも、平然を装って答えた。
「いや、違うが……。どうしてそんなことを?」
女は慌てたように、説明し始めた。
「あっ、すみません……早とちりしてしまって。シルベリア様は東部派軍警察の高官であられますから……お屋敷に軍警察関係の方がよくお見えになるんです。だから、つい……」
「……そうだったんですか」
ランスはそう呟きながら、重要な情報を教えてくれたことに感謝していた。元西部派貴族で指名手配中のランスが何も知らずにシルベリアの前に行ったならば、その場で逮捕されていただろう。軍警察の人間ならば、ランスの正体を見破るに違いないからだ。
ランスは女に気付かれないように舌打ちをした。
(ただの東部派貴族を訪問するくらいなら、何とかいけるかとは思っていたんだが……。参ったな、軍警察の人間だったとは)
このまま女に案内されるまま、シルベリアの屋敷に近付かない方がいいのではなのか。そう考えたランスだったが、いや、と考え直した。
(軍警察の関係者であるからこそ、ロザリーの行方を知っている可能性が高いのではないか? 戦争を境に一家丸ごと行方不明になった貴族なんだからな……その消息を知りたがる者も俺以外にもいるはずだ。
それに、気になることがひとつできた。俺みたいなならず者をした『軍警察関係者』が頻繁にシルベリアの屋敷に出入りしている……この娘が言うことが本当かどうか、確かめないとな)
ランスがニヤリと笑ったところで、女が不思議そうに声を掛けた。
「旅人さん?」
「おっと、失礼。どうかされましたか」
「着きましたよ。ここがシルベリア様のお屋敷です」
女にそう言われて、ランスは初めて気が付いた。顔を上げると、まるで宮殿のような屋敷が目の前にあった。
「私の用もありますし、一緒に召使の者に取り次ぎましょうか?」
女は善意でそう言ったのだが、ランスは考えなしにそのまま屋敷に入る訳にはいかなかった。慌てて女に断った。
「いや、そこまでご迷惑はかけられまい。道案内、どうもありがとう」
ランスは一礼すると、女のもとから足早に去っていった。屋敷から少し離れた場所にある森の中に入っていく。それをキョトンとした顔で見ていた女はポツンと呟いた。
「おかしな人……」