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Rosary ~ロザリー~  作者: 方丈 治
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第二話-2

 

 大通りを抜けて裏通りに入った女は、薄暗い倉庫の中に逃げ込んだ。ここが女泥棒のアジトらしい。

 女は用心深く辺りを窺った。誰もいないことを確かめると、ふっと肩の力を抜いた。

 女は呼吸を整えてから、掻っ払ってきた黒の鞄をゆっくりと開ける。ぎっしりと札束が入っている中身を見て、興奮して思わず叫んだ。

「ぃやったああ~~!! 遂にやったわ! あのオッサンには前から目を付けていたのよね~! これだけあれば借金が一気に返せるし、手術を受けるお金もありそうね!」

 女は鞄の中から札束を取り出して、嬉しそうに枚数を数え始めた。


「そこまでだ」


 女はギクッとして、その場に固まった。そして、恐る恐る後ろを振り返る。

 ──後ろに、一人の人間が立っていた。ほつれた群青色のマントで全身を隠しているが、低い声と体格からして男だと女は分かった。

「立て」

 ランスは女に向かって真っ直ぐ腕を突き出していた──その手にはカービン銃が握られている。それを見た女はゴクリと唾を飲み込んだ。

「……わーお、もしかして、東部派軍警察の方……?」

 女は札束を両手に握ったまま、素直に立ち上がる。そして、両手を開いた──札束がひらひらと舞う。抵抗する気がないことを示さなくては、今にも撃たれそうだからだ。

 銃を構えたまま、ランスは答えた。

「安心しろ、俺はただの賞金稼ぎだ」

「……全然安心できないんですけど」 

 女はぼそっと呟いた。犯罪者にとって、軍警察に捕まるのも、荒くれ者の賞金稼ぎに捕まるのも、その結果は同じだからだ。

「まあ、そう言うな。軍警察まで大人しく一緒に来てくれるか?」

 ランスはニヤリと笑った。

(SA級の指名手配犯がまさか賞金首で飯にありついているとはな……。何とも皮肉なものだ)

 東部派軍警察とは、東西戦争後に勝利した東部派貴族が社会の安全や治安を維持するために設立した組織である。

 そして、いろいろな罪を犯した指名手配犯の追跡・処分も軍警察の重要な役割のひとつだ。指名手配犯の首には賞金がかけられており、それを目当てに生計を立てているならず者も出てきた。ランスもその一人だ。

 ランスが旅を続けるために必要な路銀は全て賞金稼ぎで得ていた。同じ指名手配犯であるランスが賞金稼ぎとしてやっていけるのは、軍警察に首を突き出すのに顔や身分を確認されないためなのだが。最重要クラスの政治犯が同じ賞金首を狩っているとは何とも皮肉な話だ。

 銃を構えたランスがじりじりと近付いてくるのを見て、女は慌てて叫んだ。

「ちょ……ちょっと、待ってよ! 少しだけ私の話を聞いてってば!」

「何だ? 時間稼ぎなら、引きずってでも連れて行くぞ」

「私は──今は、捕まる訳にはいかないのよ!」

 女の言葉に、ランスは少し興味をそそられたようだ。女に聞き返した。

「ほう……『今は』、か」

 目の前の男が自分の話を聞いてくれそうだと分かって、女はホッと溜息をついた。そして、話し始めた。

「私はね、こう見えても、この前まで隣町の劇場団員だったの。でも、生まれも育ちも、田舎の中でもど田舎で……。劇場で働きたいなんて言ったら、親にものすごく激怒された。身の程知らずだ、田舎の娘はそれらしく畑で生きろ、ってね。でも、私はどうしても夢を叶えたかった……もちろん、劇場の主役の座よ! だから、私は家を飛び出した。親に勘当されたけど、劇団員になれたからそんなことどうでも良かった……」

「…………」

 ランスは相変わらず銃身を女に向けたままだ。しかし、女の話にじっと耳を傾けている。

「でも、現実は甘くなかった。田舎から着の身着のままで劇場の世界に飛び込んだ私に向かって、劇団長はこう言ったわ──『その顔じゃ、主役は無理だ』って。そう言われても、私は夢を諦めることはできなかった。だから、私は自然に思った。『この顔がダメなら、顔を変えればいい』ってね。

 気付いたら劇場を飛び出していて、私はスリや詐欺の常習犯になってた。軍警察の指名手配書にも、しっかり私の顔が載ってて……。でも、私は後悔しなかったわ。犯罪だけど命懸けで得たこのお金を貯めて、顔の整形手術を受ける資金ができたんだから。それで、私は闇医者のもとに駆けつけて、顔を変えてもらった」

 ランスはそこで女の顔をじっと見た。パッチリとした大きな目に、鼻筋の通った高い鼻。顎はすっきりと細く整っている。言われてみれば、確かに目の前の女の顔は派手な美しさがあり、劇場でよく映えそうだ。

「ふふ、綺麗な顔でしょ? この顔になった途端、劇場で優遇されたし、いい役も貰えた。このまま行けば、主役の座だって狙えたわ」

 ランスの視線に気付いた女は得意顔でそう言ったが、すぐに真顔に戻った。

「でもちょうどその時、父親が病で倒れたって知らせが届いたの。一応勘当された身でも、私は実家に飛んで帰ったわ。でも、せった父は私の顔を見て、家から追い出した──指名手配書に顔が載っていたっていう理由じゃなくてね。『そんな顔の娘なんて俺にはいない』だって」

 女は悲しそうに笑って、続けた。

「まあ、私も勝手に顔を変えたのは悪いと思ってるし……何より、最期にもう一度父に会いたいの。まだ持っているみたいだけど、早くしなきゃ、父の最期に間に合わない。そう思って、また整形手術を受けることにしたの。元の自分の顔に戻るためにね。

 ──だからこうやって、再び犯罪に手を染めてるってわけ。莫大なお金をすぐに手に入れるには、私にはこれしかないの。だから……」

 女は懇願の目で、ランスを見た。

「お願い! 今回だけは見逃して!!」

 女の話を静かに聞いていたランスは口を開き、きっぱりとこう言った。

「その話が真実だという証拠はどこにもない」

「そ、そんな! 本当だってば! 嘘なんかついてる場合なんかじゃないのよ……医者も父はもう数ヵ月は持たないだろうって……。それまでには、何とかして手術を終わらせないと……。父の最期は“娘”の顔でいたいのよ……」

 終いには、女は悔しそうな顔でむせび泣き始めた。

 ランスはそれを表情ひとつ変えずに見ていたが、その時、女の胸元に何かの首飾りが掛かっているのに気が付いた。

 それは木彫りのペンダントだった。その丸い木彫り細工は荒く削られており、野暮な柄で、洗練された品物ではなかった。派手な顔と恰好をしたこの女が好んで身につけているようには、まるで見えない。

(…………)

 しばらくの間、ランスはそれを見ながら何かを考えていたが、女に向けていた銃を突然下ろした。そして、何も言わずにそこから去っていった。

 女は涙で濡れた顔を上げて、既にいなくなった姿に向かって呟いた。

「……ありがとう……」



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