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感情


魔王と勇者の戦いが始まってから数時間程だろうか。互いに呼吸も乱れ、汗が首筋を伝い、涙は枯れ果てた。それでも互いの闘志は衰えてはいない。剣を握る手を震わせて、力強く地を蹴りつける。



ギィインッ、



金属同士のこすれ合う不愉快な音を立てて鍔迫り合いが始まった。

魔王と勇者の鍔迫り合いはただ単に力任せではなく、互いの背後で魔力が爆発し、時には逸らしきれなかった魔法が体に傷をつける。当然のように剣にも魔力をまとわせる。魔力をぶつける、剣に魔力を注ぐ、魔法を交えたフェイント、この中のどれか一つがかければ均衡は崩れ去ってどちらかが死ぬ。


魔王がさらに力を籠める。勇者がそれを感じ取って大きく一歩後ろに跳び退る。

魔王も同じように後ろへ下がり視線を交わらせた。


お互いの立つその位置は奇しくも戦いが始まった時そのままの位置。

勇者は扉の少し前に、魔王は玉座のすぐ前に。そしてお互いが理解していた。自分達の体力、魔力、どちらも底をつきかけていることを。



「・・・次が最後ね」



「あぁ、そしてどちらかの最期だろう」



不釣り合いなほどに穏やかな声だった。この先のすべてを見据えたように勇者が目を細める。その頬には飛び散った血と汗と、涙の痕。


対する魔王。人形のように顔色一つ変えずに剣を構えて佇む。陶器のごとく白い肌に走る幾筋もの傷と爛れ。瞳は明らかに充血し、先ほどまで涙を流していただろうことを容易に想像させる。



「ねえ、あなたは最初からこうするつもりで私のところへ来たの?」



やはり穏やかな声だった。



「・・・」



「ゼノ、答えて・・・」



答えを求める締め付けるような声。眉間にしわを寄せる勇者。



「・・・そんなわけがない。最初は、すぐに殺してしまうつもりだった。けれど、どうしても、殺せなかった」



その時のことを懐かしむように語られた魔王の当時の心情。赤い瞳は勇者を真っ直ぐ見つめているようでどこか多くを見ているようでもある。



「どうして・・・?どうして殺さなかったの?その時に殺していれば、こんなにつらい気持ちは知らなくて済んだのに・・・っ」



手にした剣を握りつぶさんばかりの勢いで勇者が吠えた。枯れ果てたと思った涙が次から次へあふれてくる。それを拭うこともせず魔王を睨みつける。そのきつい眼差しに宿る深い悲しみの色。



「何度も殺そうとした。・・・できなかった。一緒に過ごすうちにもっと殺せなくなるのもわかっていた。結局私は、勇者に殺意の刃を向けたことは一度もなかった。何度も思いを断ち切ろうとしたけれど、これはもう私の中からは消えないものなのだろう」



静かに剣を下ろして片手を胸の中心に当てる。この戦いが始まってから初めて魔王の表情が変化した。深い悲しみと、後悔と、喜び。



「・・・どうして、今それを言おうとするのっ・・・どうしてぇ・・・」



決壊したダムのように勇者の瞳からは涙が零れていく。勇者の剣の切っ先は下がり魔王にはもう向いていなかった。それでも泣き崩れることはなく、脚は地面にしっかりとつけている。ぎりぎりと歯を食いしばって剣をもう一度構えなおした。



す、と勇者の周りの空気が澄んだような気がした。震える両腕を型の通りに合わせる。ぼろぼろと泣きながら魔王を視界に収める。魔王も自身の剣を正眼に構えなおしていた。

魔王も泣いていた。薄く笑いながら涙を流し、相手に殺気を向ける。


今までの慟哭で満足したというように静かに自分の「敵」を見据えてそれを殺すために最後の一撃を放つ為に力を溜める。



「・・・言い残すことはない?」



「そちらこそ」



濃すぎる魔力濃度で空気が乱れ、勇者の髪が波打つ。

魔王から溢れ出す黒い瘴気が魔王を上から押さえつけ、床に大きな罅が入った。


泣き笑いで力の放出。


爆発の前の不思議な静寂の一拍後、部屋の中央で力が衝突した。



*



どうかその先は言わないで

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