7.
蜘蛛の少女は混乱し続けていました。
目が覚めてみれば、冷たい檻の中。思いだすのは気を失う直前に聞こえた魔女の残酷な言葉です。どうしても出ることのできない絶望の中で、蜘蛛の少女は恐怖にかられていました。
魔女は近くにいません。飛蝗もいません。
一人きりで閉じ込められながら、蜘蛛の少女は何度も叫びました。
「お願い、ここから出して」
そして、返事一つ生まれない沈黙を感じると、泣きながら蝶々を恋しがりました。
ただ頼まれた服を作って持ってきただけなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。それまで、服を作って渡すことは楽しみでしかなかった彼女にとって、あまりにも残酷なことでした。
このままでは本当に薬の材料にされてしまうかもしれません。けれど、どうすることも出来ませんでした。そのくらい、檻は頑丈だったのです。
「いやだ、そんなのいやだよう」
蜘蛛の少女は泣きながら懇願しました。それでも、魔女は現れてはくれません。飛蝗も同じです。ここが屋敷のどこなのかすら分からないまま、蜘蛛の少女はただただ途方に暮れていました。
同じ頃、蝶々と花虻は魔女の屋敷を目指しながら行き交う人々に話しかけていました。蝶々の提案です。この辺りには蜘蛛の少女の作り上げる服を気に入ってくれる者も多かったので、それを利用することにしたのです。
蜘蛛の少女がトカゲの魔女に捕まってしまった。このままでは薬の材料にされてしまう。そんな話を聞かされた者たちは、誰もが思いました。もしも彼女に何かあれば、もう二度と服を作って貰えなくなってしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。
けれど、相手はトカゲです。花虻や蝶々よりもずっと強者である虫たちでさえも、魔女の正体がトカゲと聞くと怖気づいてしまいました。
それでも、幸いにも蜘蛛の少女の服のファンの中にはトカゲよりも強い鳥やケモノが含まれていました。イタチに、カラス、キツネなど。偶然にもそんな頼もしい客人にも出会い、蝶々の思惑通り、蜘蛛の少女の身を案じて力を貸してくれました。
こうして、蝶々たちは少しずつ勢力を増しながら魔女の屋敷を目指しました。花虻が案内したその先に魔女が住んでいるなんてほとんどの者が知りませんでしたが、花虻のおかげで無事にたどり着けました。あとは、踏み込むだけです。
ひっそりとたたずむその屋敷を前に、蝶々の娘は蜘蛛の少女の無事を願っていました。蜘蛛の巣に引っかかり、食糧庫まで連れ込まれた時には想像もできないくらい、蜘蛛の少女のことを心配していたのです。悪い想像が頭をよぎる度に、胸が苦しくなりました。いつの間にかそんなにも、蝶々の中で蜘蛛の少女の存在は大きくなっていたのです。
――神様、どうか、あの子を守ってください。
切実な思いのこめられた願いを蝶々が捧げている中で、共に立ち上がってくれた者たちが魔女の屋敷の扉を打ち破りました。勢いよく踏み込む彼らに続くと、中はしんとしていました。外見からは想像できないくらい豪華な内装をしています。そのあちらこちらに炎が灯され、いたるところに誰かがいた形跡だけが残っています。
間違いなく、何処かに潜んでいるのです。
蝶々は警戒を強めながら、屋敷を探り始めました。花虻の話ではこの何処かに蜘蛛の少女が囚われているはずです。迷いながら、慎重に進みながら、蝶々は常に信じていました。この何処かに蜘蛛の少女は無事でいるのだと。
その信じる心があったからこそでしょう。ある部屋に足を踏み入れた時、微かにですが蝶々の耳に声が届いたのです。何を言っているかはわかりません。けれど、その声は確かに蜘蛛の少女の声に似ていました。
――絶対あの子だわ。
そう思った蝶々は居ても立ってもいられず、すぐに声のする方向を目指し始めました。何処に魔女が潜んでいるのか分からない中、共に来てくれた者たちと同行することも忘れ、ただ蜘蛛の少女の無事を確かめたい一心で、進み続けました。
そうして、蝶々は地下への階段を見つけたのです。怪物の口のようにぽっかりと開いた地下への入り口を前に、蝶々は一瞬だけ迷いを感じました。けれど、そんな彼女を引っ張るように声は聞こえたのです。
「ここから出してぇ……」
それは確かに蜘蛛の少女の声でした。
恐怖は吹き飛び、蝶々はまっすぐ声のする場所を目指しました。そして、やっと、蜘蛛の少女が閉じ込められている檻を見つけたのです。錆びついてはいるけれど頑丈そうなその中に、蜘蛛の少女は薄着で震えていました。檻の近くの机には、彼女が持って行った服が広げてあります。それが視界に入ると、蝶々の中でも怒りが生じました。
けれど、蜘蛛の少女がすすり泣く声が耳に届いた途端、怒りは引っ込みました。
「大丈夫? 怪我はない?」
蝶々が話しかけてやっと、蜘蛛の少女は蝶々の存在に気づきました。呆然とその顔を見つめ、何度も目を手でこすり、そうしてようやく状況を把握してさらに泣き出しました。安心しての事です。けれど、蝶々はそっと蜘蛛の少女を慰めながら諭しました。
「しー。魔女に気づかれてしまうわ。今どうにか出してあげるから、待っていて」
檻越しに蜘蛛の少女の頭を撫でて、蝶々はさっそく檻の錠を確かめました。錆びついてはいますが、頑丈なのは確かなようです。見渡してみても、鍵のようなものは見当たりません。
――どうしよう。どうしたらいいのかしら……。
そこへ、意地の悪そうな笑い声は聞こえてきたのです。
心臓が飛び出そうなくらい驚いて振り返ってみれば、いつの間にか蝶々の娘と蜘蛛の少女を面白そうに見つめている者がいました。それは、魔女の召使いの飛蝗でした。