6.
少女を騙したのはトカゲの魔女でした。
トカゲの魔女は早くから蜘蛛の少女の噂を聞いていて、彼女が作った服を見て、その糸に価値を見出していたのです。ただし、服を欲しがる多くの者たちとは違う価値です。少女の生み出した糸には魔女から見て好ましいほど魔力が含まれていたのです。そんな糸を生み出せる少女の肉体もまた、魔女にとっては好ましい秘薬です。魔女はどうにか蜘蛛の少女を捕まえられないかとずっと考えていたのです。
そしてまんまと捕らえてしまったのです。
さて、たまたま居合わせてしまった花虻は、すっかり怯えていました。物陰にうまく潜んでいた彼女は、魔女にも気づかれずに済んでいましたが、目の前で突如起こった恐ろしい出来事に凍り付いてしまっていたのです。けれど、魔女が召使いの飛蝗に命令して蜘蛛の少女を檻に閉じ込めるのを見て、やっと我に返りました。
――大変、あの子に教えなきゃ……!
慌てて花虻は魔女の屋敷を抜け出し、蜘蛛の少女の住まいで何も知らないで待ち続けているだろう蝶々の元へと向かいました。
一方、蝶々は一人きりで住まいに残って寂しさと薄らとした不安を感じていました。もう長く蜘蛛の少女と共に行動していたので、共にいないということが妙に不安だったのです。しかし、そんな彼女もまさか蜘蛛の少女が囚われているなんて想像もしていませんでした。
そこへ、花虻はやってきたのです。
蜘蛛の少女が戻ってきたかと思った蝶々は、花虻の姿を見てがっかりしました。それだけでなく、警戒もしました。なぜなら、蝶々もまたその花虻の事をよく知っていたからです。蜘蛛の巣にかかってしまうより前から、蝶々と花虻は衝突することが多かったのです。服の依頼とも思えませんでした。また皮肉の一つでも言いにきたのだろうかと思いました。けれど、そんな疑いも、花虻の様子に気づいてからはすっかり消えました。
「大変よ、大変なの……!」
花虻は慌てながら、言いました。そのただ事ではなさそうな様子に、蝶々もさすがに異変を感じ取りました。
「一体どうしたの? 何があったの?」
泣き出しそうな花虻のその姿を見て、すぐに蝶々の頭にはあらゆる不安がよぎりました。そして、残念なことに、その不安は悪い方に的中してしまったのです。
「初めから全部罠だったのよ。蜘蛛の子が捕まったの。相手はトカゲよ。蜘蛛なんて簡単に支配できる。このままじゃあの子、薬の材料にされちゃうわよ!」
花虻の報告に、蝶々の頭の中は真っ白になってしまいました。
魔女というものがどういう存在なのか、全く分かっていなかったのです。それも、トカゲです。蜘蛛よりも強いその存在には、蝶々にも花虻にも勝ち目はありません。そんな存在に、蜘蛛の少女が捕まってしまったのです。
――そんな……。
うろたえる彼女に、花虻は言いました。
「どうするの? このまま逃げる? 逃げるなら今よ。蜘蛛のあの子に守られてないって気づかれたら、あなたなんてすぐに別の蜘蛛か蟷螂あたりにつかまっちゃうもの」
花虻は自分でも不思議なくらい、蝶々を急かしていました。
蜘蛛の巣に引っかかっていた時のような思いはもうありませんでした。今はただ蜘蛛の少女の絶望的な状況を伝えることで、蝶々に助かる道を示そうとしていたのです。
しかし、そんな花虻の思いとは裏腹に、蝶々は言いました。
「あの子を助けなきゃ……」
花虻は驚きました。
「何を言っているの! 相手はトカゲなのよ? 綺麗なだけの蝶々のあなたなんかよりずっとずっと強いの。それも、魔女よ。不思議な力を使えるかもしれないのよ?」
「それでも助けに行かなきゃ。じゃないと、あの子が……あの子が殺されちゃう!」
蝶々のかたくなな態度に花虻は絶句しました。
本来天敵であることを忘れてしまうくらい、蝶々の娘は蜘蛛の少女の無事を願っていたのです。助けに行くといっても、どうするというのでしょう。それでも、花虻が黙っている間に、蝶々は歩み始めていました。行先も分からないのに。
「待って!」
花虻は慌てて蝶々を呼び止めました。
「あたしが案内してあげるから!」