5.
ある日、蜘蛛の少女のもとに魔女の召使いと名乗る飛蝗の男性が訪れました。
彼は紳士的な態度で主人の代わりに服を依頼しに来たと二人に言いました。
少女は困りました。魔女からの服の依頼でしたが、魔女本人の姿が分からないのです。どうやって服を作ればいいのか分からず、戸惑いました。けれど、飛蝗は言いました。
「大丈夫です。ご主人様は魔女なのです。あなたの作った服を着こなすくらい容易いものですよ」
その言葉を信じることにして、少女は服を作りはじめました。
イメージは飛蝗が伝えました。蜘蛛の少女はさっそく魔女の好むものは何かを一生懸命想像しながら仕事を引き受けました。一方、依頼を共に聞いていた蝶々は心配していました。その魔女とやらは蜘蛛の少女の口に合う食べ物を渡してくれるのだろうかと。けれど、そんな蝶々の心配を見抜いてか、飛蝗は立ち去る前に言い残しました。
「それもご心配なく。蜘蛛の御嬢さんが好まれそうなとっておきの食材を用意してあります。服が出来上がる頃にまた参りますので、どうぞわたくしと共にご主人様のお屋敷へいらしてください」
飛蝗が帰り、蜘蛛の少女が服を作り始めたころ、蝶々は静かに考えていました。
蜘蛛の少女が好むとっておきの食材とはなんだろう。そもそも、魔女とはいったいどんな生き物なのだろう。また、蜘蛛の少女も少々心配していました。
――魔女の御屋敷ってどんな場所だろう。
その魔女のもとに蝶々の娘を連れて行っても大丈夫だろうか。疑問は服を作り終る頃になっても、解消されないまま残り続けました。
――お屋敷にはわたし一人で行こうかしら。
魔女の使いの飛蝗は言いつけ通りの日付に再び訪れました。出来上がった服を目にして満足そうな様子を見せると、丁寧にお辞儀をして二人に言いました。
「では、ぜひともわたくしと共にお屋敷へ。ご主人様が御代を用意してお待ちです」
「ええ……」
蜘蛛の少女は頷いてから、共に聞いていた蝶々にそっと訊ねました。
「わたし一人で行ってくるから、待っていてくれるかしら」
蝶々は驚きましたが、彼女自身も得体のしれない魔女の住まいに向かうのはかなり勇気のいる事でした。魔女と名乗る者の中には、蜘蛛のように蝶々を食べてしまう者たちもいるかもしれないからです。なので、あっさりと留守を預かることに決めてしまいました。
「分かったわ。寄り道しないで帰ってくるのよ」
遊びに行く我が子を見送るかのように、蝶々は飛蝗に連れられて行く蜘蛛の少女を見送りました。その様子は離れた場所から花虻も見つめていました。
いつものようにちょっとしたことに不満を抱きながら、ケチを付けつつ、蜘蛛の少女と飛蝗の後をそっと追いかけました。
――どこに行くのかしら。
そっと追いかけ続け、たどり着いたのは魔女の御屋敷です。けれど、そこが魔女の御屋敷だということは花虻も知りませんでした。見た目は苔の生えた朽木。けれど、さり気なく存在している扉より入れば、中は人間が住む家のように豪勢な部屋がありました。そこに魔女は住んでいました。飛蝗の召使いが戻るのを察したのか、蜘蛛の少女が扉の前に立った途端、魔女は現れました。
「よく来たね。待っていたよ」
頭から頭巾をかぶっていてよく顔は見えません。何者なのか、いくつくらいの人なのか、蜘蛛の少女には全く分かりませんでしたが、とりあえず頼まれた服を渡しました。
「お好みに合えば幸いです」
魔女は服を受け取ると、静かに微笑み、蜘蛛の少女に言いました。
「ありがとう。楽しみにしていたんだよ。さあさ、中にお入り。この服の御代を渡さなければね」
魔女がそういうと、飛蝗の召使いが背後から蜘蛛の少女を促しました。言われるままに、促されるままに、少女はそっと魔女の屋敷の中へと足を踏み入れました。
その様子を何となく見ていた花虻は、やはり何となく魔女の屋敷の中へと忍び込みました。興味と冷やかしのための行動でした。ここでまた気に入らないことがあったら、一人きりでまた不満を思い浮かべるつもりだったのです。
そんなことも知らず、蜘蛛の少女は魔女のもてなしを受けていました。内心では留守番させた蝶々のことが恋しかったので、早く御代を貰って帰りたかったのですが、言われるままに椅子に座り、出されたお茶を恐る恐る飲んでいました。
魔女は少女のもってきた服を見ています。手渡すお代は飛蝗が取りに行っていました。
「それにしても見事なものだ。まだ小さいのに大したものだね。お前さんの生み出す糸は、蜘蛛全体の中でもかなり特殊なものだよ」
怪しげに笑う魔女の口元を見つめながら、少女は奇妙な感覚を味わっていました。
――なんだか頭がぼうっとするわ。
身体が火照っているのです。火を焚いているせいでしょうか。視界がぼやけてきた頃に、魔女がそっと頭巾をとりました。しかし、その顔を見る前に、蜘蛛の少女の視界は完全に真っ暗になってしまいました。
――何が起こっているの?
何もかも理解できないまま、蜘蛛の少女は椅子から転げ落ちてしまいました。床の上に倒れたまま、少しも動くことが出来ません。全身がしびれ、震えています。混乱する少女の傍で、魔女は囁きました。
「お前さんの身体があれば、いい薬が作れそうだよ」
その声が聞こえたか聞こえなかったかで、少女はとうとう気を失ってしまいました。