4.
数日後、黄色い花の少女が約束した通り、虫やケモノ、鳥や花たちといった様々な者たちが蜘蛛の少女の服の噂を耳にし、実際に服を着ている少女を目にしていました。
黄色い花の少女があまりに嬉しそうにその服を着こなすので、多くの者は同じように蜘蛛の少女が作った服に興味を持っていました。そして、少しずつではありましたが、蜘蛛の少女のもとに服を依頼するお客が訪れるようになっていたのです。
蜘蛛の少女は忙しくなりました。蝶々に手伝われながら、訪れる客人の一人一人のイメージにあった服を急いで作り上げ、出来るだけ早く渡せるように努めました。
少女の作る服の評判は軒並みよくて、更に多くの人が自分だけの服を欲しがっていきました。そして、蜘蛛の少女が喜びそうな食べ物を選んで持ってくるようになったのです。釣りが出来るものは釣りをして、狩りが出来るものは狩りをして、獲物の一部を蜘蛛に持ってきました。一方、花や蝶々といった者たちは蜘蛛の口に合うかもしれないと様々な食べ物を試しに持ってきたりもしました。中には蜘蛛の少女には食べられないものもありましたが、それでも蜘蛛の少女は依頼を断りきれず、出来る限り仕事は引き受けました。
そんな蜘蛛の少女が疲れて倒れないように、蝶々が時折、少女の代わりに仕事を制限しましたが、どうしても蜘蛛の少女の服が欲しい者たちは、その蝶々が不在の時を見計らって蜘蛛の少女を訪れるようになっていました。
気づけば仕事を増やしている蜘蛛の少女を、蝶々はついに咎めました。
「駄目よ、何でもかんでも引き受けちゃ。あなたが食べられる物を持ってくる人の依頼だけ引き受けなさい」
けれど、蜘蛛の少女は困ったように答えました。
「でも、皆、わたしの服を欲しがっているのだもの」
蜘蛛の少女は純粋に嬉しかったのです。自分の作ったもので誰かが喜ぶなんて幸せなことだったのです。けれど、蝶々は心配していました。このままでは蜘蛛の少女が倒れてしまうかもしれません。商売をするというのも、元々は蝶々が先に言いだしたことでした。助かりたいあまりに言ったことではありましたが、そのために蜘蛛の少女が病気にでもなったらと思うと、罪悪感が生まれてしまいます。
――どうしたらいいのかしら……。
蝶々は悩みました。
楽しんで服を作っている蜘蛛の少女を無理やり休ませるのも一苦労です。それに、蝶々の思いとは裏腹に服の依頼はひっきりなしに来てしまいます。
――じゃあ、常に一緒にいるしかないじゃない。
蝶々は蜘蛛の少女の傍を出来る限り離れないようになりました。蜜花を摘みに行くのも不安です。依頼は三日に一件のみ引き受けるようにと少女に言い聞かせ、引き受ける際は蝶々にも相談するようにと約束させました。また、蜜を取りに行くときは蜘蛛の少女にも付き添ってもらいました。
「あなたが一緒だったら、危ない虫たちにも襲われないの」
そう言って、本当の理由は誤魔化したので、蜘蛛の少女は疑うこともなく蝶々に付き添いました。蜘蛛と蝶々という奇妙な組み合わせは相変わらず注目を引きましたが、もうすでに二人の噂は広まっていたので、誰も疑問に思わなくなっていました。
こうして蜘蛛の少女と蝶々の娘は、気づけば一年近く共に暮らしていました。
蝶々の提案で始まったこの暮らしは実にうまくいき、蜘蛛の少女の食糧庫も人間たちが訪れていた時のように食べ物であふれていました。
これで何の心配もいらない。もう、誰も罠にかけなくていい。
蜘蛛の少女は安心しました。
けれど、そんな彼女の成功を面白く思っていない者がいました。それは、蝶々を捕らえた時にその場にいたあの花虻でした。
いなくなった蝶々の代わりに花たちの相手をして回っていた花虻は、ある時、顔馴染みの花から蜘蛛と蝶々の噂を聞かされて驚きました。もうとっくに蝶々は食べられてしまっていると思っていたからです。そして、興味本位で二人の様子を見に行った花虻は、二人の仲睦まじい姿を目にして不満を抱きました。
「変なの。蜘蛛と蝶々が一緒に暮らすだなんて」
それから花虻は度々二人の様子を観察するようになっていました。話しかけるようなことはせず、そっと見つめ、その時々で否定的な感想を一人きりで抱いてため息と共に消化していました。
「どうせ長続きしないわ。所詮、蜘蛛と蝶々だもの」
花虻は自分でもどうしてこんなに面白くないのか分かっていませんでした。二人が困れば満足するのでしょうか。それとも、蝶々が食べられてしまえばいいと思っているのでしょうか。よく分からないまま、花虻は蜘蛛と蝶々の日々の生活を見つめていました。そして、不満はさらに二人の元を訪れる客人たちに向いていきました。
「変なの。あんな服なんかにみんな興味持っちゃって」
けれど、ふと花虻も自分の姿に合う服を想像してしまう瞬間がありました。その度に、たまらないほど苛々してしまいました。
そんな花虻に見られているとも知らずに、蜘蛛と蝶々は穏やかに過ごし続けました。