2.
蝶々を捕まえてから更に三日経ちました。
人間たちから貰った食糧はまだ残っています。少女はそちらをまずは食べていました。蝶々は生きたまま食糧庫に閉じ込めてあります。食品を取りに少女が訪れる度に、恨めしそうな目を向けてきました。その視線を受けながら、少女の方は迷いが生じていました。
いつかは食べなくてはならない蝶々。けれど、その未来を迎えるのが何故だか怖かったのです。しばらく狩りをしていない間に、蜘蛛の少女は蜘蛛らしさを失ってしまっていたのかもしれません。
その戸惑いを、蝶々の方も見逃してはいませんでした。
「ねえ、どうしてもわたしを食べるつもりなの?」
少女が蝶々を生かす為に物言わぬ蜜花を摘んできた時、蝶々は訊ねてきました。ぎこちなく少女が肯くと、蝶々は諭すように彼女に言いました。
「でも、此処にあるのは虫の死骸なんかじゃないわ。ねえ、あなた、虫を食べなくても生きていけるのでしょう? なのにどうしてわたしを食べるの?」
「……食べ物をくれた人間たちが来なくなってしまったから」
「人間たちに食べ物を貰っていたの?」
不思議そうに尋ねる蝶々に、少女はこくりと頷いてから答えました。
「機織りでつくった布帛の代わりに、わたしが食べられるものを持ってきてもらっていたの」
「人間相手に商売をしていたのね。ああ、だったら、わたしがまたお客さんを探してあげるわ。布を欲しがるのは人間だけとは限らないでしょう。あなたの口に合う食べ物と引き換えに、布を欲しがるような人たちをきっと見つけてくるわ。だからお願い、此処から出して」
必死に訴える蝶々に、蜘蛛の少女は疑いの眼差しを向けました。
きっと逃げたい一心でそう言っているのだろうとしか思えなかったからです。けれど、その一方で、少女の心の中に、ほんのささやかな滴が垂れました。
もしもそれが本当だったら。
機織りをするのは少女の楽しみでもありました。頑張って作った布が気に入られて貰われていくだけでも、少女は楽しかったのです。またあの楽しみが戻ってきたら、どんなに幸せだろう。そう思いつつも、蝶々の願いをすぐに聞いてあげられるはずもなく、少女はそっと食糧庫を立ち去りました。
それでも、一度見た夢はなかなか覚めてはくれません。
少女はふと人間たちの為に保管してあった布帛を見に行きました。どれも、蜘蛛である彼女にしかつくれない特別なものです。その作品を一つ一つ見つめ、そして思いました。
――服を、作ってみようかしら。
それは単なる思い付きでした。黙々と作業を進め、制作に没頭する事しばらく。飲むことも食べることも忘れた先に出来たのは、少女の身体には少し大きめの可愛らしい服でした。出来上がった服を何度も見直すと、彼女はさっそく食糧庫へと向かいました。食べる目的で捕まえたはずの蝶々に、その服を見せに行ったのです。
「ねえ、起きてる?」
少女の突然の訪問に蝶々は怯えました。いつ、自分が殺されてしまうか分からないからです。けれど、そんな恐怖も蜘蛛の少女の持つ衣服を見てからは薄れていきました。何をしに来たのだろうと戸惑う蝶々に向かって、少女は言いました。
「服を作ったの。着てみてくれない?」
その日から、蜘蛛の少女と蝶々の関係は段々と変化していきました。