これが僕らの日常
チャイムが鳴り、クラスの皆がぞろぞろと帰り支度を始める。
「あー、やっと終わったー」
「おいおい、おおげさだな」
うーんと背伸びをして勉学からの解放を喜ぶ友人に声をかける。
「いやー、やっぱり自由ってのはいいものだなぁ」
そんなことを言うのは本当に学校にいる気になっているのか。それとも自分に言い聞かせているのか。
「ははは..もう“帰る”か?」
「ああ、先に“帰る”よ」
途中まで一緒に帰れないのは残念だな、と思いながら。
「それじゃ、また明日」
「また明日..ああ、まったく本当にそう願うよ」
そういって友人は教室の外にでて、その瞬間ふっと消えた。数年前なら、神隠し!?と驚いていただろう。
だがもう見慣れた光景になってしまった。
「俺も“帰る”か」
そう呟きながら教室の扉に手をかけ、いつもの浮遊感とともに意識が遠のいていった。
「..ふう、お腹がすいたな」
政府から配布されたヘッドギアを外して、ベッドから起き上がった。机の上に置いておいたいつもの味気ない流動食を食べる。
ふと家族三人で温かい、おいしい料理を食べていたときのことを思い出す。
どうしてこうなってしまったのだったか。
事の始まりは、数年前にイタリアで奇病が発見されたことからだ。
街中を歩いている咳一つしていない人が急にコロリと転び、そのまままったく起きようとしないので、周りの人が声をかけにいくと...返事は無く、すでに息を引き取っていた。
不審に思った警察が遺体を解剖しても、ただ心臓が止まっているだけ。それ以外には何の異常もない、死亡する直前まで健康そのものの体であったことから急性心不全、の一言で終わらせてしまっていた。
だがコロリ、コロリ...死者は増え続け、ようやくこれが病気によるものだと気づいたときは、イタリア全土で死者がちらほら出始めていた。
どこぞの偉い人が長ったらしい名前をつけていたが、世の中では“コロリ病”と呼ばれていた。
だが正式な死者の数はまだ十数人、いつ発病するかわからないということから交通網はストップしているが、イタリア以外で発症例は報告されていないため人々は封じ込めに成功したと思い込み、すぐに沈静化するだろうと楽観視していた。
しかし、そう甘くは無かった。
アメリカにある病気を調べる専門の研究所、CDCが最初に病原体の特定に成功し、
イタリアに派遣されたアメリカの医師団が感染者を隔離するために、まずは遺体が運び込まれた病院の関係者を検査した結果...全員が感染していた。
まさかと思いマスクをしながら街行く人を検査すると..感染者、感染者、感染者..あわてて本国と連絡すると、一番聞きたくない報告を聞くこととなった。
向こう側でも感染者を確認、それも検査した人が“全て”。
そして、ここから人類最大の悲劇が起こることとなった。
『ボーイング787太平洋上に墜落、搭乗者237名の生存はほぼ絶望的』『機長、副機長がコロリ病発病か』
『すでに世界的な流行も』
病原体特定を皮切りにしたかのように全世界でコロリ病による死者が爆発的に増え、コロリ病の封じ込めは失敗。治療法完成を祈るしかなくなってしまった。
ただちに世界保健機関であるWHOは“コロリ病”の世界的に流行している、パンデミック状態にあることを宣言、パンデミック警戒フェーズを最大まで上げた。
治療法、予防法無し。そして極めつけは...“全人類が感染している”という事実。正確に全人口を調べたわけではないが、いままで検査した人全員が感染していたので、おそらくそうだろう、という結論に至った。
そんな適当でいいのか、という声もあるが、そんなことにもはや労力を割いている余裕はどの国にも無かった。
世界中の誰もが体に解除不可能な時限爆弾を抱えることとなった。
致死率は日に日に増し、ひどい時は一日に推定十数万人が死亡した日もあった。
かつての超大国はその力を失い、物流は止まり、完全に世界経済は破綻、大量の人口を抱える国は食料不足に悩まされ、農業生産国でさえ労働人口が減るため同様に食糧不足に陥った。
この国、日本も例外ではなく、今の総人口はたったの十数万人、近くに水資源があり、
発電所もあるということから政府から滋賀県に移住するように指示された。
だれも口には出さないが、遺体の掃除、治安維持の面で都合がいいのだろう。
ほとんどの人はその指示に従った。ごく少数の人は自分の生まれ故郷に残ったそうだが、今現在その人たちと連絡が取れたという話は聞かない。
警察と自衛隊は統合され、治安隊が結成された。たまにゴツい銃を持った人が街中を歩いているのを見かける。
幸いか、食料はギリギリだがなんとか皆食べていける量になっている。
そして何故俺がまだ学校に通うことができ、急に自宅まで帰ったりしているか。
コロリ病の話題で持ちきりになっていたが、仮想現実を実際に作りだせるVR機...名前は忘れたが、これで友達とRPGや、FPSやっていた時が一番楽しかった。
電力もいつ止まるか...いや、いつ動かしている人が亡くなるかわからないので、極力使用はしないように控えなければならないため、ゲームはできていない。
..話がそれた、このヘッドギアによって仮想現実で学校に通っているからだ。
なんで教育など、という声もある子供のメンタルケアでかなりの効果が見られるらしい。日本人の気質といったところだろうか。
最初は現実世界で普通に学校に通わせようという案もでたが、急に隣で友人が死んでは元も子もない、
VRなら急に止まったように見えるだけでまだマシだ、という声からVRで学校に通うことになった。
確かに何人か急に止まったのを見たことがあるが、目の前でお隣さんが倒れるのを見るよりはまだショックは少なかった。
政府はごく少数の生き残った政治家たちによって運営されている、ほとんど批判はできていない。まあ、批判がでるようなことをできる状況ではないというのが理由だが。
風の噂でどこかで国が軍閥に分かれて内乱が起こったり、いまこそ統一だと隣国に攻め込んだりした国があったそうだ。幸いにもまだ日本は巻き込まれていない。
「人は、こんなときでも戦争するんやなぁ...ある意味強いんやろか」
そう言った関西弁が似合う茶髪の女の先生は、次の日に亡くなったことが新しく来た先生から聞かされた。
「父さん、母さん..」
父さんは会社で死に、母さんは滋賀に移動中に乗っていた治安隊のトラックの中で、俺の目の前で死んだ。
コロリ病はなぜか今は致死率が減少している、それでも一日に数十人が死んで..人類の破滅が急速なものから、ゆるやかなものに変わっただけだった。
でも、俺は生きている。このまま致死率が減少し、0になるかもしれない。治療法が見つかるかもしれない。
ある日体の中から病原体が消えるかもしれない。
そんな淡い希望を持って。
「さて..悲観的になりすぎたな、本でも読む--」
ベッドから立ち上がろうとすると、急に目の前が暗くなり--
コロリ、そんな音が聞こえ----「ああ、明日学校なのに」、そんな考えを最後に目を閉じた。