3話 幼馴染はベタじゃない
近くのコンビニに来る。日は沈み、あたりは暗くなる。が、明るい。これが、都会の明かりというものだ。都会の雰囲気には多少は慣れたのだが、この明るさにはどうしても違和感を感じてしまう。
6時にでもなれば真っ暗だったものだが、ここでは日付が変わる瞬間でも明るい。
ウィーン。自動ドアだ。これまたすごい。ドアというのは、取っ手があって、それを手でつかみ明けるものだ。
人生においても、扉は自分の手で開ける必要がある。だが、ここ都会では、自動で扉が開くのだ。
都会での人生は、きっとちょろい。
そんなことを考えながら店内に入る。飲み物が売っているのは一番奥だ。
大人向けの雑誌を横目に奥へ向かう。
別に興味があるわけじゃない。だが、ないわけでもない。
えっと……コーラ……。あ、あった。
「いらっしゃいませぇ」
女性店員の明るい声が聞こえる。当然、本当にいらっしゃいとは思っていないのだ。オレにはわかる。
田舎のお店は、客自体が少ない。人口が少ないから。
だから、田舎のいらっしゃいませ、には魂がこもっている。
それに比べて、都会でのいらっしゃいませ、は機械的だ。マイクレオナルドバーガーの店員のスマイルは0円だ。
しかし、商品の魅力はすごい。ハンバーガーはうまい。この世の食べ物とは思えないほどに。
「あ……」
女性店員がなにやら声を出した。働くというのも大変だ。
もちろん、オレもアルバイトをしている。しなければ生活できない。ガソリンスタンドの警備員だ。空手経験者というだけで、採用されてしまった。
どうやら、都会のガソリンスタンドには、ファイターが現れるらしい。
「う……あ……」
女性店員がうるさい。
ふっ、すまないが、君たちに気を使うほどオレはお人よしじゃない。オレは今どちらのメーカーのコーラを買うか決めるのに忙しいのだ。
どうしても助けてほしければ、オレがどちらのコーラにするか、ゼロカロリーにするか否かを決めてから言ってくれ。
ふと、カルピスソーダが目に入る。これも捨てがたい。
その時だった。下からスコールが輝きを放った。
あらゆるジュースがまるで宝石のように感じる。
「あ、あの……」
女性店員は宝石のようには感じない。
「足……」
「あ、すいません」
オレは足を上げる。どうやら、店員のズボンのすそを踏んでいたようだった。
むちゃくちゃ恥ずかしい。本当に申し訳ない。
「ん? ほのか?」
そうだ、この店員は、幼馴染のほのかだ。
「え!? その声は……風馬?」
顔を見ているのに、その声は、というその言葉に違和感を感じながらも、知っている顔との再会に少し安心感を覚える。
「どうしてお前がここに!?」
そうだ、人口の少ない田舎。全校生徒10人の学校で、いつも一緒だったほのかだ。
オレが東京へ行くといったとき、ひどく反対したものだった。
オレとしてはそれがすごくうざかったのだが、こちらに来てからとても心細かった。
長年隣にいた人がいないというさみしさを心から痛感したのだった。
そのほのかが今目の前にいるのだ。
鈴木ほのか。彼女は田舎で両親の畑仕事の後を継ぐはずだった。
「い、家出しちゃった」
「家出!? なんでまた!?」
「風馬が東京でちゃったから、さみしくてほのかも東京行きたい、って言ったらすごく怒られちゃって……飛び出して東京まで来ちゃったの」
「……ふぇぇ」
なんとうか、これが彼女の性格なのである。思い立ったことはすぐに行動に移してしまうのだ。
後先など考えず、純粋な心で思ったままのことをする。それが長所でもあり、短所でもある。
別れたのはつい2か月ほど前のことなので、容姿は変わっていないが、ツインテールをほどき、黒髪をそのまま流していた。
とてもきれいなのだが、長年一緒に居すぎたせいで、女性として見ることができない。
どちらかというと、兄弟に近い関係なのだ。
「東京に来たのはいいけど、風馬がどこにいるのかわからなくて、それで、お金なくなっちゃったからここで働きながら風馬さがしてたの……」
「お前、どこに住んでたんだ?」
オレの家は、東京に住んでいる親戚が手配してくれたものだった。不動産屋で働いているおじさんは、ラーメンのチェーン店の社長で、非常にお金持ちだ。
オレはこのおじさんの成功を夢見て東京に来た、という理由もあった。
「カプセルホテルっていうところがあってね、そこで寝たり、お金がないときは公園で寝たり……。一回ね、おじさんたちに襲われそうになって……」
「なんだって!?」
「でも、通りすがりの女の人が助けてくれて。それからは、その人のおうちで止まらせてもらってるの。」
「そうだったのか……」
「うん、すっごく大きいおうちでね、ほのか一人くらい全然平気だっていうの! それにしても、風馬のことみつけられてよかったよぉ」
涙目になるほのか。オレだってほのかにあえてうれしいが、突然のことすぎて、また、それほど久しぶりでないからか、なんとも言えない気持ちである。
「ほのか、もう終わりの時間だから、一緒に今までのお礼言いに行こうよ!」
「今までのお礼って、お前帰るのか?」
「ううん、帰らないよ?」
ん?いったいこいつは何を言っているのだろうか。また、公園に泊るつもりなのだろうか。
「風馬のおうちに泊まるよ?」
「はぁ!?」
確かに女として見れないとは言ったが、実際は女だ。そう思うと、なんだかかわいく見えてきた……。
くりくりの瞳。童顔の丸顔。丸顔だが、非常に小顔だ。身長は158センチだったな、確か。体重は教えてくれなかった。ツインテールをやめ、髪を下したことで、大人びた雰囲気も……やめいっ!
オレは首をぶんぶん振り、邪念を消し去る。
「いいでしょ?」
「あのなぁ……」
「とりあえず、着替えてくるね!」
そういうと、ほのかはスタッフ以外立ち入り禁止と言われた扉の中に入っていく。
……あれ、なんだこの感じ。立ち入り禁止といわれると入りたくなる、この少年の本能。
絶対言っちゃダメと言われると、絶対入りたくなる、この気持ち。
オレはスタッフじゃない。だから入りたい。
もしオレがここのスタッフだったとしたら入りたいとは思わなかっただろう。
ゆっくりとオレはその扉に近寄っていく。周囲の状況をうかがう。店員はレジの対応をしている。
よし、今がチャンスだ。こちら風馬、潜入を開始する。
キキーッと、扉を開く。
ダッ。飛び込みローリングをして、華麗に立ち上がる。
勢いよく顔を上げて室内を見渡す。
「え……」
目を疑った。そこにいたのは、下着姿のほのかだったのだ!
昔は一緒にお風呂に入ったこともあった。だが、その時とはまるで違う。女性なのだ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
決して大きいとは言えないが、まだ成長過程なのだ。そう保険の授業で習った。
「ほのか! いいからだしてるぜ!」
「きゃーっ!!」
飛んでくる物。オレはそれを華麗によける。ほうき、ハンガー、ペン、名札、はさみ。
はさみ!?
死の危険を感じたオレはあわてて外へ飛び出す。
室内からはいまだ悲鳴が聞こえてくる。
「あなた! 待ちなさい!」
店員が異変に気づき、走ってくる。男性店員だ。男性の力は未知数、逃げ切れる保証はない。
田舎で暮らしていたときの間隔を思い出す。
いたずらをして追いかけられた時の対処法。それは、ねじ伏せる!
肩をつかもうと伸ばしてきた手の手首をつかみ、相手に背を向けて方にかける。
そのまま腰を入れ、相手の体を浮かし、一気に投げる。もちろん空手の技ではないが、熊やイノシシと格闘するうちに自然と身についたものだ。
ドタンッ!地面にたたきつけられた店員はあっけなくのびてしまった。
あれ、手ごたえないな。こんなものなのか……都会の人間というのは。
そんなことを思いながら、トコトコとコンビニの外へでて、ほのかを待つことにした。
待つこと数分。店内からほのかが出てきた。
「風馬! なにしたの!?」
「なにって、待ってたんだよ」
何をあわててるんだ?
「店員さん! 男に投げられたって!」
「ああ、捕まえようとしたから投げてやった。怒ってたか?」
「警察呼んでたわよ!」
「警察!? 死んだのか!?」
「自分で呼んでたの! それに、ここではね、警察は人殺しと山火事と、迷子以以外でも来るのよ!」
「わけわからん」
こいつはなんでこんなあわててんの?
大きなサイレンが聞こえる。
ほのかの不可解な行動を理解する前に、目の前に2名の男が現れた。
「君か。警察です」
「ごくろうさまです、風馬です」
初めて会う都会の警察官。
オレはこの後、3時間にわたり、警察官の方にいじめられることとなった。
「ほんとに、だめだよ風馬!」
「だって、しらねえんだもん」
ほのかと二人で道を歩きながらぼやく。
まさか、ここがここまで意味の分からないルールに縛られているところだとは思わなかった。
いうことを聞かないと、家に帰すといわれたから謝ったが、正直納得いっていない。
「で、でも、風馬さ……私のこと、いいからだだって……」
「あ、ああ、昔はポッコリお腹だったのにな」
「それ幼稚園の時のあだなじゃない!」
彼女の体質だった。ご飯をお腹いっぱい食べると、お腹がぽこっとでるのだ。
だから、あだ名はポッコリだった。
「あ、ここだよ!」
すっかり夜になってしまった。
ほのかがお世話になっている家には、客人用の部屋というやつがあるらしく、そこに泊めてもらえるから挨拶がてら、最後に泊まらせてもらおうということになった。
うちからも歩いてそんなに遠くない。泊まる必要もないのだが、彼女が家を出る準備をしてないからあと1日ほしいらしい。
1人で泊まれといっても、オレがいないとだめだというのだ。なので、その家の主にダメだといってもらってあきらめてもらうことにしようと考えたのである。
ギギーッ……。
ゆっくりと門を開く。すごいな、学校にあったような門が家にあるのか。
大きさは、むしろオレ達が通っていた学校よりも大きい。
文字通り豪邸のそれは、窓ガラスとステンドグラスが装飾されている。壁よりもガラスの方が多い。さぞ日当たりがいいのだろう。
「さ、さ!」
ほのかがオレを促す。
庭がでかい。まるで公園のようだ。
門からしばらく歩いたところで、扉があった。
ガチャ。ほのかが扉を開き、ただいま、と叫ぶ。
長く続く廊下。ホテルのロビーのような空間がそこに広がっている。
左を見るとなぜか螺旋階段。これほど大きい空間があるのだから螺旋にする必要はないと思う。
大理石の床、これは土足で入っていいタイプのおうちなのか?
外から見た要因、壁よりも窓とステンドグラスの方が多い。
外は暗いので、オレ達が部屋のあちこちにうつりこんでいる。
天井はむちゃくちゃ高い。そこで、螺旋階段にもう一度目を移す。
……螺旋階段もむちゃくちゃ高い。
タッタッタという足音が、まるで体育館のように響いている。
「おかえりなさいませ」
女性が出てくる。
「ただいま、陽子さん!」
「ん? 陽子さん?」
聞いたことある名前だ。
「はい、私のことをご存知でしょうか?」
「あ、いえ」
東京に来てあまり知り合いもいないのだ。
こんなところにオレの知っている人がいるはずがない。
「ほのか様のお知り合いでしょうか」
「はい、幼馴染でして……」
「そうですか、お食事はまだでしょうか?」
軽くオレがうなずくと、すぐにご用意させていただきます、という言葉を残して奥へ消えた。
「風馬、入って! エリスちゃんに紹介するよ!」
……エリス? やはり聞き覚えがある。
ほのかの後に続き奥へ進む。家の仲も相当広い。かくれんぼしたら楽しそうだ。
田舎も大きい家ばかりで、都会の家は小さいものばかりだと思っていたが、これは規格外だ。
「エリスちゃん! 幼馴染みつかったの!」
「そうなのですか? よかったですね!」
「うん、それでね、連れてきたんだよ!」
「あら、ぜひお目にかからせてくださいませ」
ん、なんで目の前に行かずに話してるんだ?
「少々お待ちくださいね」
聞き覚えのある声だなあ……。
「すいません、お風呂に入ってまして……」
裸にタオルを巻いたまま、おそらく浴室がある扉の中から女性がでてきた。
うっ!! 鼻血がでるぅっ!
先ほど見たほのかとは比べ物にならないナイスボディ。しかし、オレの鼻血を促進させたのは興奮ではなく、驚きだ。
上条エリス。オレが今日激突した人だ。
「はじめまして、上条エリスと申します」
あれ、はじめまして? オレのこと知らないのか……?
「え、えっと、はじめまして? 早川風馬です」
人違い……なのだろうか。そっくりなのだが。
「ふーくん!?」
きらきらと目を輝かせ、彼女が興奮気味に目を輝かせる。その反動で、彼女のタオルが滑り落ちた。
「きゃあーっ!!」
広い部屋に響く悲鳴。
カチャ。背中に金属音。
「姫に何をした。返答次第ではお前にはその鼻血だけでなく、その心臓からも地を流すことになるぞ」
さきほど、陽子さんといっていた女性だ。この声、この行動、だとすると……。
「陽子さん! ふーくんですよ!」
「はい? 朝あった、早川風馬……ですか?」
「うぃっす」
「え!? 風馬、知り合いなの!?」
状況を読めず黙っていたほのかが、我慢しきれずに声をあげる。
「ま、まあ。話せば長いんだけど……」
オレは、一通り昼間の出来事を説明する。
「そんなことがあったんだ、すっごい偶然だね……」
「それにしても、わたくしも、陽子もふーくんの顔を忘れていたようで、もうしわけありません……別れた後も、ずっとふーくんのことを思っていたのですが、どうしてもお顔を思い出すことができなくて」
「私もです。なぜか風馬様のお顔を思い出すことができませんでした。なので、さきほど伺っても思い出すことができなかったのです」
サングラスを取った陽子さんは、ショートカットの女性だった。鋭い目と、整った顔立ちをもつ。
「はは、大丈夫ですよ」
顔を忘れていた……昼間なのにな。しかも、忘れてからずっとだなんて、オレの顔ってそんなに薄かったっけ?
と、衝撃的なことに気づいてしまった。
オレは、オレの顔を思い出せない? どうしてだ?
毎日鏡で見ているはずのオレの顔が思い出せない。
少し背筋が凍る感覚がくる。大丈夫、ド忘れだ。
後で、鏡で見てみよう。
オレはほのかの方を見やる。
「どうした? そんなしかめっ面をして」
「ごめん、風馬。実は、私も実家を出てから、風馬の顔を思い出せなかったの……。」
「そうなのですか? これほどまでにハンサムでいらっしゃいますのに、どうして幼馴染のほのか様まで……」
「お、オレも」
え?と、三人が声を合わせる。
「オレも、実は自分の顔を今思い出せないんだ」
何とも言えない雰囲気が、その場を包んだ。
「なんで?」
素朴な疑問を口にする。誰一人としてその疑問に答えることはできない。
不穏な空気を察したのか、何も考えていないのか、ほのかが元気な声をあげた。
「ま、たまたまだよ! そんなこともあるって! お腹すいたし、ご飯にしよ!」
「ええ、そうですわね」
「すぐに準備してまいります」
その場にいたオレ以外の人は、思考をやめる。
だが、オレだけは忘れることはできない。朝オレは鏡の前でポーズをとった。
ポーズも、腕時計も、制服も覚えている。なぜか、顔だけが思い出せそうで思い出せない。
ふと、ガラスに自分が写っていることに気が付いた。
顔を見る。うん、なかなかイケメン。
だが、こんな顔だった、とぴんとくることはない。自分の顔だ、と腑に落ちない。
どうしてだ?
「ふーくん? ごはんですわよ?」
「あ、ああ」
「まってよ! ふーくんってなに!」
ほのかがなぜか怒り気味に声をあげる。
「今日、ふーくんはわたくしに愛の気持ちをつたえてくださったのです。入学式より、わたくしを選んでくださいました! わたくしはもう、一生をふーくんにささげる覚悟なんですよ」
ご機嫌層に言うエリスに、ほのかが食って掛かる。
「なっ! ほ、ほのかなんて、小学校の時に将来結婚する約束したんだもん!」
と、ほのかがその時のことを話し出した。
『おいしゃさんごっこしよーよ!』
両手を広げ、元気よく言う。
『ええ、やだよ、もう4年生だし、僕もう大人のおことなんだぜ?』
4年生になりたての風馬は、恥ずかしいのか、そんなことを言って断る。
『お願い……』
うるんだ目で言うほのか。
このままでは泣いてしまうと思った風馬は、しぶしぶお医者さんごっこをすることを承諾する。
『やったあ!』
うれしそうに飛び回るほのか。
医者を風馬、患者をほのかがすることに決まった。
ちょこんと椅子に座るほのか。
風馬はほのかが持ってきたおもちゃの聴診器で、心音を図るふりをする。
ふりをしたはずだったのだが、おもちゃであるにも関わらず、風馬はほのかの胸がドキドキなっているのが聞こえた。
『心臓がバクバクいってる。これは、しんぞうびょうだ。なおすことにぜんりょくでがんばります』
医療ドラマで見たことのあるセリフを真似てみる。
最近初めて買ったテレビだ。この村にも電波が届くようになったのだ。
『なおすためになんでもしてくれますか?』
顔をあからめて、ほのかが言う。
『顔が赤い。ねつもあるみたいですね。かんじゃさまをなおすためなら、なんでもしましょう』
『でしたら、おおきくなったらほのかとけっこんしてください、せんせい』
意を決したように言うほのか。非常に興奮している状態であるのに、このように言えたのは、あらかじめ準備していたからだ。
このお医者さんごっこは、風馬に告白するために、ほのかが考えた計画だった。
『はい、もちろんです、けっこんしましょう』
はやくお医者さんごっこを終わらせたかった風馬は、何も考えずそう答える。
ごっこなのだから。
『ほんとうですか!? やったあ! ありがとうございます、先生!』
そういって元気そうにはしゃぐほのか。
元気ではないか、とつっこむ風馬の声も聞こえないくらい、ほのかははしゃいでいた。
そんなほのかの様子が心地よかった風馬は、のってあげることにした。
『ほのかさん、私はあなたのためにここにいる。あなたの病気をなおすため、一生あなたのために働こう』
ごっこのつもりのこのセリフは、ほのかにとってはプロポーズにしか聞こえなかった。
「やめろ!!」
大声をあげる。なんて恥ずかしいことを!
確かに覚えている、が、ほのかは完全に勘違いをしている。
「そ、そんなあ……ふーくん、わたくしとのことは遊びだったのですね……」
目に涙を浮かべるエリス。
「いえ、遊んでませんから、先輩!」
あわてて否定する。
カチャ。エリスの涙を目にして突きつけられる銃口。
ああ! なんだってんだ!
やけくそになりながらも、この場の雰囲気を楽しんでいるオレがいた。
こんなににぎやかなのは初めてだった。
全校生徒10人といっても、同じ学年なのはほのかだけだったからだ。
遊ぶのはいつもほのかとばかり。
にぎやか、ということを知らなかった。
こうして、このどんちゃん騒ぎは、一晩中続くこととなった。
しかし、このとき、オレは自分の顔をまた忘れてしまっていた。
そのことの意味することに、オレはまだ何も気づいていなかったのだ。