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2話 こんな姉妹はベタじゃない

 エリスを病院へ連れて行き、オレは帰宅した。まったく、初日からなんて日なんだ、くそっ。


 結局病院へ行ったが、足に異常は認められなかった。帰り道普通に歩いていたところを見て、仮病だったのだろう。


 もちろん、銃殺されたくないので言わなかったが。


 床にごろんと寝ころぶ。


 あーあ、入学式行けなかったな。みんなは友達、というやつができているのだろう。オレはここに来たばかり、知り合いなど1人もいない。


 絶対はみられる。都会ではみられると、IJIMEと呼ばれる現象があると聞いた。それをされた人は、楽しい学校生活を送ることがかなわなくなるという。


 田舎の人たちは、都会に住む魔物、IJIMEに気をつけろと何度もオレに行ってきた。


 でも、得体の知れない敵にどう対処すればいいのだろうか。


 せっかく東京まできたってのに……。



ピンポーン。チャイムが鳴る。


 ん? 知り合いなんていないはずだが、誰が訪ねてくるっていうんだ?


 もしかして、エリスじゃないだろうな……。


 面倒を避けたかったオレは、居留守を決め込む。


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


 チャイムは鳴りやまない。


 実家にチャイムなどなかったオレにはこれが鬱陶しくてしかながない。


 ピンポーンピンポーン。ピンピンピンポーン。


 もう我慢の限界だ。タッタッタッタッタ。オレは玄関に走っていき、扉を激しく開ける。


「ぴんぴんぴんぽぉぉおぉん!」


 叫ぶと同時に、鈍い音がした。


「う、うぅ……」


 女性のうめき声。


 どうやら、激しいドアのオープンに巻き込まれた哀れな子猫ちゃんがいるようだ。


「あんた……バカじゃないの……」


 目に涙を浮かべた女性がそこで倒れこんでいた。


「あ、あのぉ……」


 オレは恐る恐る声をかける。


「みらくるこーぽれーしょん、の社長令嬢じゃないですよね?」


「何言ってんの!? 脳みそ腐ってるの? ていうか、まず謝りなさいよ!」


「まことに申し訳ございませんでしたぁ!」


 深々と頭を下げる。だが、オレの誠意は相手に伝わらなかったようだ。


「靴をなめなさい!」


「ん?」


「靴をなめろって言ってるのよ!」


「え?」


「靴を……」


「あ、あのさ、ここじゃ近所迷惑だし、中に入ろうぜ」


「お邪魔します!」


 激怒の勢いのままお邪魔しますを言った彼女を家に招き入れ、扉を閉める。


 近所の人の目が痛かった。都会には、KINJOZUKIAI、というものもあるらしい。近所の人と仲良くしなければならない、という絶対的な法則だ。


 うちには椅子がないので、彼女は床に正座でちょこんと座っていた。


 茶髪のポニーテール。少し釣り目だが、特別怖い顔というわけではなく、むしろむちゃくちゃかわいい。


 身長は平均的だが、強気な態度はむしろ幼さを感じさせる。


「えっと、どちら様?」


 オレは恐る恐る尋ねる。星座した彼女は、鋭い目をオレに向ける。


 なんで睨まれてるんだ!?


「名乗るときは自分から名乗るもんじゃないの?バカなの?」


「へぇ、へぇ、バカですよ……」


 オレはため息をつく。その態度が気に入らなかったようだ。


「あんた、その態度はなんなのよ!せっかく入学式に来なかったから、今日もらった書類とか届けに来てあげたのよ!?感謝しなさいよ!崇めなさいよ!」


「おお、神よ……」


 言われた通り崇めてみる。


 お、オレは何をしているんだ、完全に彼女のペースにながされてるじゃないか。


 さきほどのオレの崇め方で満足したのか、とても得意げな顔をしている。


 あんなのでいいんだな。


「オレは早川風馬。そっちは?」


「あたしは高坂奈津美。あんたと同じクラスになったのよ」


「高坂さんね。なんだって、あんたがオレにプリントを?」


 そう聞くと、ちょっと顔を赤らめ、うつむいた。


「そ、そんなことどうだっていいじゃない!」


 どうだっていいといえばいいが……。



 ふと外を見る。もう夕方だ。赤い風日が差し込む。火照った彼女の顔を夕日が照らす。


 丹精な顔立ちに陰影ができ、より表情に深みが生まれる。


 性格はともあれ、とてもきれいだ。


 つい、見とれていると。


「あんた、今あたしのこと見てエッチなこと考えてたでしょ」


「あんだって!?」


 両手で胸を隠すような姿勢を取る。


 どうやら、大きな誤解を生んだようだ。


 誤解を生んだのはオレではない。彼女が勝手に自分で誤解を生んだのだ。


 オレには関係ない。


「バカ! 変態! エッチ!」


 オレはそんな罵声を無視して、夕日を眺める。実にきれいだ。こうやって夕日を眺めていると、夕日にもエッチ! といわれるのか?


「聞いてるの!? スケベ! この、PEEEEEEE!」(奈津子さんがふさわしくないと判断される発言をしたため、PEEEEEEEE、でごまかさせていただきました。)


「お前それはだめだろ!!」


 ついつっこんでしまった。


 実にベタな、ツンデレ美少女だ。1日に2名の典型的な属性を持つ女性と出会うとは。


 やはり、都会とは侮れないものである。本や漫画でよく見た展開とまったく同じなのだ。


 まるで自分が登場人物になったような気分で、心地が良い。


「とにかく、プリント届けてあげたんだからね! 感謝しないなさい!」


「あんたのために届けたんじゃないんだからね! とか言わないのか?」


「……何言ってんの?」


 しまった、完全にひかれた。


「あのね、おねえちゃん、立候補してそれ届けにきたんだよお?」


 ん? 高坂さんの声にしては幼すぎる。どこからだ。どこからこの声が!


 オレは周囲をきょろきょろと見渡す。


 見渡したかいなく、玄関の方から中学生くらいであろう女の子が入ってきた。


「こら!! ななななな、なにいってんのよ咲!」


「おねえちゃんがね、学校で『わわわ、わたしがとどけまぁーっす!』って言ったの! で、恥ずかしいっていうから、私がついてきたんだよぉ」


 うれしそうに手を挙げながら話す咲と呼ばれた女の子は、姉に似て端麗な顔をくしゃくしゃにして笑った。


「おにいちゃん、おねえちゃんね、朝遅刻しそうになってね、走ってたら道端で倒れてるおにいちゃん見つけたんだって!それでそれで、その人がかっこ……モゴモゴ」


 顔を真っ赤にした高坂さんに口を押さえられる咲。


「えっと、二人は姉妹?」


「え、ええ、そうよ?」


 高坂さんがタジタジと答える。


「それでねー! 今日入学式に欠席した人がいて、もしかしたらあの人なんじゃないかって思ってきたんだって! おねえちゃんが言ってたー!!」


 オレの質問に姉が回答してる隙に、最後まで話し切る妹。


 高坂さんの顔がまっかっかだ。


「で、お目当ての人でしたかね……」


 苦笑いを浮かべながら高坂さんの方を見やる。


「ううう……」


 どんどん顔が赤くなる。


 これはおもしろいな、もう少しいじめてみるか。


「おーい、高坂さん?」


「なによ!」

「はーい!」


 二人同時に答える。そうか、二人とも高坂さんなんだな。


「はあ、ややこしいから、特別に奈津子と呼ぶことを許可するわ」


「そりゃどうも」


 少し冷静さを取り戻したようだ。せっかくおもしろそうだったのに、もったいなかったな。


「姉妹できてくれるなんて、うれしいな。しかもどっちも美人ときた」


「おねえちゃんがついてきてっていったの! ねえ、咲美人なの!? ねえ! ねえ!」


「あ、ああ、とってもな」


 精神年齢はむちゃくちゃ低いように見える。だが、きれいなのは事実だ。


 奈津子の方を見ると、顔を真っ赤にしてうつむいている。強気なわりには非常に繊細な性格の持ち主であるようだ。


 そう、ベタである! ツンデレとロリ!(オレはロリコンではない)


 今日の2つの出来事を通して、わかったことがある。ベタは都会に存在する。


 よく考えれば当然のことだ。人口の多い都会で起こる出来事がベタになるはずである。


 ベタというのは、よくあること、という意味だ。なら、よくあることは都会で起こらなければならない。


 田舎で起こることはベタにならないのだ。


「じゃあ、あたしたちはこれで帰るから」


 赤くなった顔を隠すようにして奈津子が立ち上がる。


 奈津子に寄り添うようにして、咲も立った。両手を振り上げながら。


 非常に咲は挙動が大げさな癖があるようだ。


「咲ちゃんは、おねえちゃんの面倒見てあげえらいなぁ」


「まーねえ!」


 自慢げに威張る咲。


「何言ってんのよ! 逆よ逆!」


「……へいへい」


 子供相手にむきになって、むしろこころが子供なのは奈津子だ。


「ほら、暗くなる前に帰れよ?」


「うん!」


 玄関まで見送り、外へ追い出す。


「またねえー、ばいばい!」


「はいよ、ばいばい」


 オレはへらへらと笑ってしまう。こういう純粋さは田舎も都会も変わらない。


「あんた、咲に騙されんじゃないわよ。この子本当はすっごい悪魔……」


「おねえちゃんウルサイヨ」


 姉をにらむ妹の姿は、奈津子の言うとおり悪魔そのものであった。


 前言撤回。都会の純粋さは、血塗られたかりそめの楽園のようだ。


「うっ……」


 うろたえる奈津子。それでも仲が良いのだから、心はつながっているのだろう。


「じゃ、じゃあね!」


 奈津子はわざとらしく笑顔を作り、咲の手を引いて家を飛び出して帰ってきた。


 ……嵐のような二人組だったな。


「……疲れる」


 とはいっても、学校に行ってから友達ができそうで安心した。


 IJIMEという現象に遭遇することはなさそうだな。


「ちょっとぶらっと散歩でもしに行くか」


 鍵を閉め、オレは家をでた。

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