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1話 ベタが一番ベタじゃない

「あなたのハートに……ちぇけらっちょ」


 ぼそっと口にする。特に意味はない。ちぇけらっちょ。というのは、小学校の頃に同級生の間で流行った言葉だ。


 オレは髪をくしゃくしゃとする。ベッドから立ち上がり、カーテンを開ける。


「……まぶしい」ピシャアッ


 速攻でしめてやった。


 それにしても、さっきの夢はなんなのだろうか。あの笑顔は何なのだろうか。


 経験したことはないだろうか。夢の中で恋に落ちた人のことをしばらく考えてしまうといった経験は。オレは今、それだ。


 殺伐とした部屋。一人暮らしを始めて、初めての登校日。


 実家は田舎だ。どうしても都会に出たかったオレは、必死に勉強して東京の高校に合格を勝ち取った。


 自分でいうのはなんだが、空手バカで勉強はできなかったのだが、自分のしたいことのためなら、案外なんでもできるものだな、と思う。


 時計を見る。大丈夫、登校初日に遅刻して……といったベタな展開はどうやら阻止することができたようだ。


 殺伐とした部屋。田舎から単身で引っ越してきたため、荷物はあまりない。


 机が1つ。冷蔵庫が1つ。キッチンが1つ。部屋が1つ。トイレが1つ。シャワーが1つ。


 いい意味で言えば、非常に洗練された部屋である。なくても構わないものは一切置いていない。


 悪く言えば、なんにもない。不便だ。


 そんな物件だが、一応マンションだ。その中でも1番安い部屋。団地の方がマシなのではないかと思うほどだ。


 悠々と制服に手を通す。だが、登校初日にも関わらず少し着崩れている。


 それはオレが何度も着て、鏡の前でイメージトレーニングをしたからだ。


 腕時計をつけて、鏡の前でポーズをとる。


 よし、決まってる。


「……あれ?」


 腕時計の時間は……8時50分……。目覚まし時計は、7時。


「とまってるじゃねえか!」


 もうダッシュで家を飛び出す。足元に違和感があるが、おそらく靴が左右反対だ!だが、そんなことはどうだっていい。


「結局ベタかよ!」


 舌打ちをしながらそんなことをつぶやく。体力には自信がある。入学式は9時から。大丈夫、全力で飛ばせばギリギリ間に合う。


 都会とはいっても、ここは閑静な住宅街。都会へのアクセスはいいのだが、期待していたのとはずいぶんと違う。


 どの道も同じに見える。あらかじめ学校への道を予習していなかったら、確実に迷っていたことだろう。


 個性のない、一軒家が並ぶコンクリートの上を、オレの足が踏みつける。


 タッタッタッタッタッタ。足音が響く。くそっ、しんどい。だが、ここであきらめるわけにはいかない。


「はっ、はっ、はっ」


 息が荒れる。道行く人はオレを奇怪なものをみるような目で見つめる。


 オレだって好きで走っているわけではない。時計が悪いのだ。


 曲がり角だ。ここで美少女とぶつかれば、オレの青春はベタづくし……。


 キュッ。ボスッ! バタン!


 擬音語だらけで申し訳ないが、カーブしてぶつかって倒れたのだ。


「いったぁい」


「あ、わ、悪い、大丈夫か?」


 そう言いつつオレは顔を上げる。もうこうなればベタに生きるしかない。


「だ、大丈夫ですぅ……こちらこそ申し訳ありませんでしたですぅ……」


 そこに倒れていたのは、文字通り美少女。優しそうなたれ目に、パーマを当てたクリーム色の髪。服装は……ドレス?コスプレ?よくわからないが、都会というのはこういうところなのだろう。


 きっとこの子は同じクラスで、隣の席になり、結果付き合って結婚することになるのだ。


 というわけで、オレは予期せずして運命の人と巡り合うことになったのである!


 ……カチャ。機械音。同時に背中に冷たいものがあたる。


「動くな」


「へ?」


 振り向くと、そこに立っていたのは黒ずくめの男性であった。タキシードを着て、サングラスをかけた文字通りのボディーガードといった感じだ。


 向けられた銃口。なに。オレ撃たれるの!?


「オウ! ソーリーソリー! アイムソーリー! アンドユー?」


 日本は拳銃の持ち込みは禁止だ。だとすれば、こいつは海外のマフィア。英語で謝らなければ……。


 混乱した頭でそこまで考えた時、たれ目女が声を上げた。


「待ってください! わたくしの不注意でぶつかってしまったのです!」


 泣きそうな声。


「しかし……」


「その銃を下してください!」


「かしこまりました」


 そういうと、タキシードサングラスバカは、銃を下した。


「ちょ、ちょ、え?なんで?え?」


「大変申し訳ありませんでした。わたくしのご注意で危ない目に合わせてしまいまして」


「あ、いえ、こちらこそ」


 ポンポンと服を払うと、彼女は手を差し伸べた。握手をする。


 カチャ。機械音。同時に背中に冷たいものが当たる。


「動くな」


「へ?」


「エリス様に触れるな」


「やめてください!」


 エリス様とやらのおかげで、再び銃口が下される。


「いったい……」


 垂れる汗を拭きながらオレは尋ねる。


「わたくしは、上条エリス。フランスと日本とハーフなのです」


「エリス様は、世界中で活躍しておられる、ミラクルコーポレーションの社長令嬢でおられます」


「み、みらくるこーぽれーしょん……」


 田舎者のオレにはよくわからないが、それって非常にナンセンスなネーミングセンスなのではないだろうか。


 口に出すと銃口を突きつけられるのはわかっていたので、オレはのどでしっかりとブロックした。


「えっと、エリス様……?」


「エリスで結構ですわよ?」


「じゃあ、エリス、君みたいな人が、どうしてこんなところで……」


 カチャ。機械音。同時に背中に冷たいものが……


―――――――――――――――――――――



 どうやら、令嬢は普通に日本に住んでいるらしい。ハーフで社長令嬢といったら、海外に住んでいて、日本に帰ってきたばかりの時にオレと出会って恋に落ちるパターンかと思っていたのだが、現実はそれほどベタではない。


 とはいったものの、同じ学校のようだった。しかも、先輩。1つ年上だったのだ。一見そんな風には見えないのだが。


「へぇ、そうなんですか。今年から後輩になるのですね!」


「ええ、まあ……」


 何か忘れているような気がするのだが……。


「あ! 入学式!」


「ふえ!? わたくしはエリスですよ!?」


「そうじゃなくて、今日入学式なんです! ああ……もう始まってる」


「わ、わたしのせいですよね……すいません……ごめんなさい……ううっ、ぐすんっ」


「あ!いえ! すいません! 泣かないで!」


 必死にあやすものの、彼女は一向に泣き止まない。このままでは入学式は終わってしまうのではないだろうか。


 案の定背中に銃口が突きつけられる。だが、オレはもう動じない。どうせ撃たない。


「ええっと……いないいないばぁ!」


 とんでもないことをしてしまった。


 が、しかし。


「きゃははっ」


 機嫌は直ってしまったのだ。


「よかったぁ……」


 ほっと胸をなでおろす。さて、入学式に向かわなければならない。


「では、これで! 入学式に行ってまいります!」


「はい、いってらっしゃ……ううっ」


 エリスが立ち上がろうとして崩れ落ちた。どうやら、オレとの接触で怪我をしてしまったようだ。


「ま、まじっすか……」


 冷や汗が流れる。


「エリス様を傷つけた者への発砲は社長により許可されている。死んでもらう」


「日本の法律が許可してねぇよ!!」


 バァン! 銃声と同時に飛び退く。


「あぶねえ! 本当に狙ったな! オラ!!」


「当たり前だ。死んでもらう」


「大変申し訳ありませんでした! 責任をとって彼女を病院まで連れて行きますから!」


「ふむ……エリス様のお体のことを考えればその方がいいのかもしれん。いいだろう、だが、失敗すればその脳天に穴が開くと思え」


「思えるか!」


 オレはそっとエリスに近寄り、目線を合わせる。


「エリス……先輩? 病院までオレが連れて行くから、安心して」


「でも、入学式……」


「入学式より、先輩の体の方が大事だしさ」


 ヘタな発言は命取りだ。脳天に穴をあけられる。オレは慎重に言葉を選びながら、好青年にならなければならない。


「え、そ、それは……」


 エリスの顔がぽっと赤くなる。て、照れているのか……?


「そこの方、手伝ってもらえますか?」


「車を手配してくる。エリス様を死守せよ」


 死守ってなんだよ。案外、エリスのことほったらかすの平気なんだな。


「あ、あの、お名前を……」


「風馬、早川風馬だよ」


「ふーくん!」


「ふ、ふーくん!?」


 ふーくんって何!?


「卒業式より、わたくしのことを選んでくださって、ありがとうございます」


「いや、卒業式よりわたくしのこと選んだっていうか……ね?」


「初めて見たときから、わたくしもふーくんのこと素敵だなって思ってました。衝突してしまったことも、もしかしたら運命なのかな……って」


「違うと思いますよ!?」


「だから、もう覚悟はできているんです。入学式の代わりに、結婚式をしましょう!」


「ふぇっ?」


この人はどうやら頭がお花畑のようだ。天然などというレベルの話ではない。お花畑なのだ。


「あの、ね、そういうのは、もっとね、好きな人とだね、経験を重ねてだね」


 オレが偉そうなこと言える口ではないが、エリスのいうことは確実におかしい。


「ということは、ダメ……なのですね……わたくしふられたのですね……」


 エリスの目が充血していく。泣く。これ、絶対泣く。


「ふええええん」


バァン! 足元に火花が散る。


「あっぶねぇ! やめろよ!」


「やめろよ? 誰に口をきいているのだ」


 車を連れてタキシードが返ってきた。ん?車を連れて?


 そうだ、運転手に銃口をつきつけ、車を連れてきたのだ。


 ……と、あるものがオレの目に飛び込んだ。タキシードの胸が膨らんでいるのだ。まさか……とは思うが。


「え、エリス?」


「ぐすん……ふえ?」


「あのタキシードの方って、女性?」


「ええ!? どうして陽子さんが女性だと気づいたんですかーっ!?!?」


「ええ!? 声でか!」


 タキシードを見ると、なぜかもじもじしている。いったいなんなんだ!


 都会ってこんなにディズ〇ーラン〇みたいな場所だとは思わなかった!


 というか、この急展開はベタだよな!

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