後悔論
どうも鬼無里です。
今回の作品はどこかで出てきたキャラクターが主人公です。
それ以外は説明不要。
後悔論
ほんの一秒にも満たない一瞬のことが、とても永く――それこそ一時間も十時間も或いは、一日丸ごと過ごしたかのように感じることがあるだろう。永遠とも思えてしまいそうな長い一瞬。
僕は今、正にその状態だった。
そして、その永遠のような一瞬の中で昔の会話を思い出していた。アイツとの会話である。
「――どんな選択をしたところで結局人は後悔をしてしまうじゃないだろうか」
「……うん?何だそりゃ、お前の持論か?」
「まあ確かに持論ではあるけど。全然理路はないけどね。ただの思い付きみたいなもの。……いや、経験論の方が近いのかな」
「経験論ね……。お前の経験があまりにも特殊すぎるという点について目を瞑れば、あながち間違ってもいないかもしれないな。実際、後悔しない選択肢なんて、オレだって選んだことがない」
「そう、僕はいつだって後悔をしてきたからね。だから、ついつい思ってしまうんだ」よ」
「――全ての選択は後悔へと至るってか。確かにと肯けるだけの説得力は、まあ、無くはないな。……だがよぉ、その持論を一般人にまで押し付けるのは流石に無理があると思うぜ。この世界に生きている住人の全員が全員、必ずしも後悔をしているわけじゃあない。オレやお前のような経験を積んでいる奴なんてそうそういない」
「……それは重々承知している。幸運な奴はたくさんいる。結果を残して成功した人も、満足できるような人生を送っている人だっているだろう。――でも、そこで終わることはできないんだよ」
「そりゃそうさ。ゲームじゃあないんだ。ゲームオーバーなんて、この現実世界には存在しない」
「だからさ。何かを選択するとき。その選択肢の先を考えなければならない。結果を残して成功したその先を。満足できるだけの人生を歩んだその先を」
「考えていない人間なんていないだろ。いや、違うな。むしろ考えて行動している奴の方が少ないのか。無意識ではいつの間にか将来のことまで考えてはいるんだろうが、それを意識的に自覚して選択肢を選ぼうとする奴は少数派。やっぱり、お前みたいな奴は少数なんじゃねえの?未来日記が後悔だけで埋まっている人間なんて――それこそお前だけだ」
「……別に毎日毎日後悔しているわけではないんだけど。とにかく、この際僕みたいなことを考えている人が少数だということは置いておいて。――自覚はしているし。でも、逆にさ、逆にだよ。本当に何も考えずに、無意識的にも未来のことを考えずに、選択肢を選ぶことができる人っているのかな?」
「……………………………………………。」
「――もし、仮にそんな人間がいたとしても。一片たりとも頭の中に未来について思考が浮かばずに選択をすることができる人がいたとしても。それはもう、選択肢を『選んでいる』とは言えないんじゃないかな。その行為は動植物が呼吸をしているのと一緒で、僕等の心臓が鼓動しているのと同義で、物が其処にただ漠然と存在していることと何ら変わりのないことで、無意味で無為で無価値で無感情で無自覚で無作為で非常にどうでもいい代替可能なことだと思う。――だから、いないと僕は断言する。そんなことができる人間はあり得ないと」
「…………………………………………成程ね」
確か、そこでアイツは笑っていた気がする。
今までの会話の中に大した興味も見せずに(有態に言えばくだらなさそうに)聞いていたアイツはそこで笑ったのであった。その笑いは決して嘲りや侮蔑、はたまた失望が含まれたものではなかった。
納得。正に言葉通り成程。と、いった顔で興味関心を示し、そして僕の持論について面白いと評価を付けたうえで笑ったのだ。僕はアイツが嘘の笑いや苦笑をしないということを良く知っている。アイツは良くも悪くも平等な人間だ。それこそ極端なくらいに。アイツは人と物を同列視している。人を尊敬するのと同じように物を尊敬し、物を侮蔑するのと同じように人を侮蔑する。だから、アイツは苦笑や嘘の笑いを見せてその場を和ますことや、誰かを気遣うようなことを絶対にしない。どれだけ偉かろうと、どれだけ貧しかろうと、たとえ神や悪魔であっても。アイツにしてみれば道端に転がる石ころと何ら変わりがないのだ。アイツが笑うときは純粋に興味を持ち、面白いと思った時だけ。
残酷なまでに平等である。
――さてと、長い一瞬もそろそろ終わりが見えてきたようで僕の体も行動を始めそうだ。
だからもう少しだけ。昔話を――思い出を。
「……つまりどうして人が後悔をするのかというと、考えるからなんだ。選択肢を前にして、無意識かもしれないけど選ぶことによって起こりうる未来――将来を、想い描いてしまうんだ。誰にだって理想はある。選択肢を選ぶときにはその理想にできるだけ近づけようと考える。でも、その理想が完璧であればあるほど、無理なことだと気付いてしまうんだ。だから、たとえ結果が出たとしても『もっと上手にやれたのでは』と、後悔する。もし、無理なことだと気づかずに、不可能だと諦めずに、そうして選んだとする。だけどそいつは、結果が出て気付くんだ。自分が望んだ『完璧』な結果じゃないってことを。ほら、僕等ってどうしようもなく人間だからね。完璧に物事を行うことなんてできない んだよ。」
「へぇ、成程。確かにそれは間違ってはいない。完璧なんてことは夢のまた夢の話だ。しかし、別に世界の人間の全員が完璧な理想を抱えているわけじゃないだろう?完璧ではなくても、納得できる理想はあるはずだ」
「納得、という言葉が浮かんだ時点でその人はもう諦めているよ。それと同時に後悔している。無意識に。――まあ、これも経験論だけどさ」
「……経験論ねぇ」
「経験論だよ。」
「ふっ、ふはははははは!それはもう『経験』じゃなくて『後悔』だろ!後悔論だ!いやあ、全く……。お前はほんとどうでもいい持論を考えているな。ネガティヴ思考にも程があるだろ。そこまで下へ突き抜けた考えを一般人がするわけないだろ。オレだってしない。思いつきもしないし、考えてみようとも思わない。この際、お前の持論が正しいかどうかは別としよう。――まず判断ができねぇし。だけどさあ、例え正しいからって、どんな選択肢も後悔へと至るからって、それがどうした?一体その持論の結論が何になるっていうんだ?それこそ無意味で無為で無価値で無感情で無自覚で無作為で非常にどうでもいい代替可能なことだろ!……つーか、お前自身もそれを解っているんだろ。理解して 、納得して――そして後悔しているんだろ」
「………………………………。」
「沈黙は是と受け取る。とにかく、それで――『それで』だ。その持論を考えてお前はどうしたいの?もっと分かり易く言えば、お前何がしたいの?お前は今、その持論の結論をまとめて、オレに語って、どうでもいいと捨て置かれて、後悔して。そこで、どう思っているんだ。お前は、お前の選択肢をどう考えている?
――お前の理想って、どんなものだ?」
――時が動いた。
それに伴い、僕の体が動き出した。
頭の中は常に動いていた。
何度も何度も考えて、想像して、思考して、理想を想い描いて、諦めて、納得して、そして後悔した。
だけど僕は躊躇わなかった。
思い切りよく白線の上からカタパルトのように一歩を踏み切って、目の前に降りている危険を示す黒と黄色の縞模様で塗られている遮断機のバーをハードル跳びの要領で飛び越え、着地したその足で再び固いアスファルトの地面を蹴り飛ばすように踏みつけ、飛び込んだ。
――そして、彼女を突き飛ばした。
名前も知らないその彼女は僕のタックルを存分に受け止めて、当然、その反動で僕が跳び越えた遮断機のバーと反対側にあるバーにその華奢な体を打ち付ける。
近くで聞くとより騒がしいサイレン。しかし、今の僕にはとても静かに聞こえる。
僕の体は彼女を突き飛ばしたせいで体勢を崩しており、此処からすぐに動き出すことは不可能であった。
電車の急ブレーキの音が迫ってくる。
だけど、今の僕にはどうでもいいことだった。
僕が考えていることは唯一つ。
アイツとの会話。
その答え。
僕は――
「――生まれて幸福だった。そう、思いたいよ」
――――そして、僕は意識も体も吹き飛ばされた。
×月○日午後5時40分ごろ、▲▲市■■町○丁目の踏切で、高校三年生の男子が線路で立ち往生していた女子高生を助けようと突き飛ばし、それによって電車に轢かれ、全身を強く打ち、搬送先の病院でその日の夕方に死亡した。
詳細は不明。
オレはその人身事故の記事をパソコンに保存する。花でも買ってきてやろうかな、と呟いて、笑ってその場を後にした。