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短編

黒い影

作者: 秋口峻砂

原稿用紙五枚、社会問題。

 目の前に黒い男の影がある。その影は私の前に立ち、じっと見詰めている。いや、その影の目の輪郭すら分からない私には、その影は全く不可解だ。

 私は前に立つ漆黒に向かい、用件を尋ねた。陰は何も言わずに、ただ妙な笑い声を立てた。それは全く持って不愉快な音色で、私を苛立たせる。

 無論、その影はどう考えても非常識だ。こんな夜更けに私の自宅をに侵入し、一体何をしているのか。強盗等のディンゴの類にしては、こんなあっさりと私に発見されるのは余りにも間抜けすぎる。だが、私の前に立ち、逃げる素振りすら見せないのだから、むしろディンゴとは言えないのではないか。

 だが、一つだけはっきりしているのは、この影は何か目的があって私の前に立っているのだということだ。

 私は心を落ち着けて、影に目的を問い質した。だが、影はただ只管に気味の悪い笑い声を上げ続けている。

 この影は一体何者なのだろうか。もしもこの影が私に危害を与えるつもりだったとしたならば、私が気付く前にやっているはずだ。つまり、この影の目的は、そういった類のものではないのだ。

 だがだとすれば、この影の目的は一体なんだというのか。大体にして不可解だ。光の加減なのかどうかも分からないが、どうしてこの男は真っ黒なのだろうか。表情すら分からないほどに漆黒なのだ。いや、そんな姿形をしている時点で、不可解なんて生易しい存在ではないだろう。

 私は一歩後ずさり、影から離れた。するとその影は一段と大きく笑う。なんて醜悪な男なのだろうか。私を脅かし、私を嘲笑い、私を苦しめようとしている。

 哄笑を上げる影に対して、私は止めるように怒鳴りつけた。私とて人間だ。いつまでもいつまでも笑われていれば腹も立つ。こういう不愉快な人間は、一体何を考えて生きているのだろうか。自分が良識のある人間とは言わないが、こういう奴の考えることは本当に理解できない。

 私は影に向かい、不愉快であることを告げ、哄笑を止めないのならば、対抗手段を執ることを警告した。こういう時の為に、私は常に銃を携帯している。それを使うことはできれば避けたいが、この影の無礼さ不愉快さにはそれくらいの脅しは許されるだろう。

 それでも哄笑を止めない影に対して、私はとうとう銃を構えた。影はその銃を見ると、さらに激しく哄笑を上げる。どうやら、私が構えている銃は脅しにもなっていないようだ。

 何と憎らしい奴であろうか。どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのか。私は部屋で毎夜の悦楽を愉しんでいたに過ぎないというのに、そんな小さな幸せすらこの影がふぢ壊してしまった。

 ああ腹立たしい。何と腹立たしく、そして憎らしい奴であろうか。私は別に誰に怨まれる覚えもない。こんな漆黒の男など知りもしない。第一、この男の目的が分からない。私を嘲笑う為だけに、ここに侵入したというのか。

 私の中でふつふつと怒りが湧き上がる。それはあっという間に私の心を焔の色に染め、この男を打ちのめしたい衝動に駆り起たせるのだ。

 そして一瞬、私の目に影の口元が映った。それは明らかに私を見下し、そして何よりも蔑んでいた。

 どうして私の怒りをそこまで煽るのか。この行為に一体何の意味があるというのか。私はただ、部屋で至福のひとときを愉しんでいただけなのだ。

 私の怒りは、正に頂点に達しようとしていた。他人を蔑み嘲笑することは間違いなく人間として最低の行為であるはずだ。その最低の行為に愉悦を感じているような奴を、赦していいのだろうか。

 その瞬間、私の中で何かが切れ、そしてその銃の引き金を引かせた。小さな発砲音と共に、その銃弾が漆黒の影を打ち抜く。

 その瞬間、硝子が割れるような音が響き、幾つかの破片となり影が四散した。

 私は呆然と影のいた場所を見詰める。そこには、砕け散った立ち鏡があり、私はその前で呆然と銃を構えていた。

 そうか、そうなのか、私が間違っていたのだ。あの影は私を嘲笑っていたのではなく、愉悦のそれによって壊れていく私の姿を映し出していたのだ。

 私は注射痕のある左腕を押さえ、その場に座り込む。何と言うこともない。私の都合のいい良識よりも、影の哄笑の方が正しかったのだ。私は部屋に戻ると、注射器と薬を灰皿に入れ、火を点けた。

 私はあの影に、救われたのだと悟った。

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