侵入者
「・・・!!」
クレイヴの目に国王の間の扉が映るなり、クレイヴは己の目を疑った。
扉の前に数十名の兵士が倒れていたのだ。
出血をして苦しむ者、動く気配のない者、状態は個々によって異なるが重態である事は確かだった。
クレイヴが急いで駆け寄ると、足元から声が聞こえてきた。
「ク・・・クレイヴ殿・・・」
目を向けると、わき腹の辺りから大量に出血をしている兵士が、苦痛の表情でクレイヴを見ていた。
「どうした?何が起こったんだ?」
兵士はその言葉に対し首を横に振る。
「それが・・・分からないのです・・・くっ・・・。
ただ・・・場内に・・・何者かが侵入したとしか・・・・。
それで情報を聞き駆けつけてみれば・・・この有様・・・。
私も何時の間にか・・・倒れて・・・・・・・っ・・・」
その言葉を最後に、兵士は力尽きて再び床に伏してしまった。
(どうなってるんだ・・・・)
「クレイヴ殿!!
いったいこれは何が!?」
クレイヴが背中から聞こえてくる声に反応し振り向くと、
走ってここに向かってきたのだろうか、少々額に汗が浮かんでいる王子の姿がそこにあった。
「分からない。。。
ただ、城に何者かが侵入したのは確からしい」
「侵入者ですか!?」
「ああ。
とりあえず・・・俺は剣を部屋に置いてきたから、回復魔法を使える奴を呼んでくる」
「しかし、この騒ぎでは城内に残っている者は・・・・」
「大丈夫だ。
あんたはとりあえず国王の間へ入り、国王の安否を確かめてくれ。
俺も武器を持ってすぐに向かう」
「分かりました」
クレイヴは返事を聞くと、その場を後にした。
「さて・・・・」
と言って、王子は深呼吸をすると、警戒心を持ちつつゆっくりと扉を開けた。
「シャーネル!ネイラ!
すぐに付いて来てくれ!怪我人がいる!」
クレイヴは先ほど二人がいた部屋の扉を開けるなり、そう叫び二人を呼ぶが・・・。
部屋の中に人影が見当たらない。
それどころか人の気配すらも感じられなかった。
それが彼女たちの意思によるものか、この事態に巻き込まれたものなのかは分からないが
少なからずクレイヴにとっては痛手である事は間違いない。
「・・・・・ったく。
さっきまでいたってのに・・・・どうなってるんだ・・・」
クレイヴはため息混じりにそう吐き捨てる。
(仕方ない・・・・・)
しかし、クレイヴはすぐに冷静さを取り戻し、剣を手に取り王の間へと走り出す。
その間クレイヴはまた妙な事に気がついた。
(何故兵士は扉の前にしか倒れていない??
国王の間にたどり着くまでに発見されていてもおかしくは無いはずだが・・・)
そう、兵士が倒れていたのは扉の前だけで、それまでのルートには人一人見当たらないのである。
(・・・城内から工作をすれば兵を動かす事も出来るが、それじゃあ誰がやったかすぐにバレる。。。
なら、あの数の兵を倒した事からして・・・・侵入者が城の魔術師を欺けるほどの実力者って事か)
どの王国にも、規模は様々だが防衛隊が置かれているのは常識である。
そして城内防衛の要は魔術師であり、選びぬかれた者たちは屈指の実力者ばかり。
侵入者が入り次第すぐさまに連絡が城内へ知れ渡るようになっているのだ。
しかし今回は、国王の間の扉の前で先ほどの兵士が言っていたように、『情報を聞いて駆けつけた』のだ。
つまり扉の前で見つかったという事になる。
「・・・まったく・・・また強敵か・・・。
戦闘は避けたい所だが・・・・」
クレイヴは今日すでに戦闘をしている、それも王国でも随一の腕を持つ者とだ。
口からつい愚痴が漏れるのも頷ける。
しかし、クレイヴの『切望』とも言える思いは一瞬で消え去った。
『ドゴォォォーーーン!!』
轟音が城内で響き渡る。
それはクレイヴが国王の間を目前にしての出来事だった。
「ちっ・・・・!!
国王の間からか!?」
クレイブは躊躇することなく、国王の間に駆け込む。
「おい!大丈夫か!!」
中は煙で視界はかなり悪い状況だったが、部屋の広さ故、クレイヴの声はよく響いた。
「コホッ・・・コホッ・・・ク、クレイヴ殿・・・」
それは間違いなく王子の声だったが、クレイヴは視界の狭さ故動くことが出来ない。
この部屋に敵が潜んでいるとしたら、無鉄砲な行動は即、死に繋がるからだ。
「くっ・・・仕方ない」
クレイヴは、奇襲に対応できるよう剣で防御の構えに移る。
王子が生きていると分かれば、煙が晴れてからでも遅くないと判断したのである。
しばらくして視界が晴れてくる。
国王の間の壁や床には所々焼け跡のような物があり、
先日見た華やかな雰囲気とは正反対の殺風景となっていた。
クレイヴはすぐに部屋の中心に王子を見つけた。
服は所々破れ、そこからは生々しい傷が見える。
剣を床に立てて体を抑えるのがやっとと言った感じだった。
その姿に一瞬目を奪われるも、その視線はすぐ別の方向に移った。
王子のさらに向こう側、普段は国王が座っている王座の前に二つの影があったのだ。
一人はクレイヴと同い年程の鎧と黒のマントを身にまとった、赤い長い髪が特徴の青年だ。
冷たい瞳をしており、端正な顔立ちがそれをいっそう際立たせていた。
そして彼の手には妖気が漂っているいるかの様な不思議な剣が握られていた。
もう一人は青年よりやや年上に見える大柄の男だ。
剣や鎧などの武具は一切纏っておらず、ただ普通の布の衣服を着ているだけだった。
「ほう・・・・そなたが、クレイヴ=フォード・・・か」
大柄の男は、クレイヴが目を向けるやいなや、そう言った。
「だったら・・・どうした?」
「成る程。
分からない事はない・・・・」
クレイヴを見ながら青年が言う。
クレイヴはすでに落ち着きを取り戻していたが、二人が何について話しているのか、全く理解できなかった。
思い当たる節も無く、ただただ剣を構えているしかない。
「だが・・・あくまでこれは推測」
クレイヴ・・・そなたの力でこの男を救って見せよ!」
大柄の男は、両手を上に振り翳す。
するとそこに光が集まってくる。
(あれは・・・!!)
クレイヴには分かった。
あの大柄の男が今から王子に何をするのか。
「ちっ・・・止めろっ!!!」
「ふんっ!!」
クレイヴが叫んだのも空しく、大柄の男は両手を一気に振り下ろした。
予想通り、光の線が一直線に王子へと向かう。
クレイヴは王子の下へ走り出すも、その距離は10m程。
人間が一瞬で移動するには余りにも長すぎた。
(間に合わないっ・・・!!)
そうクレイヴが諦めかけた、その時だ。
黒い影が王子と光線の間に入り込み『バシィィ!!』と、弾けた様な音を立てて光線は拡散し部屋の床や壁、天井に穴を開けた。
「ネイラ・・・」
クレイヴは、王子と光線の間に入り込んだ影の正体を確かめるなりそう言った。
「・・・・・・防御魔法は苦手なのだが――――
『ふぅ・・・』と一息ついてネイラが王子の方向を見る。
――――咄嗟に弾いてみたら、上手くいったな」
「あなたは―――」「ネイラッ!・・・お前どこ行ってた!?」
王子が口を開くもクレイヴの声にかき消される。
「シャーネルが城内を見学したいと言ったから、それに付き合っていた」
「シャーネルは・・・?」
「まぁ、落ち着け。
たまたま通りかかった所に兵士が倒れていたから、
シャーネルが治療に必死になってしまってな。
それで・・・私は暇になってたまたま部屋を覗いたらこの状況だ」
「・・・そうか・・・ま、王子も助かったし、治療もやってくれてるんじゃ、文句も言えない か・・・。
ありがとな、助かった」
クレイヴは若干笑みを浮かべながら、そう言って、ネイラに歩み寄る。
「ひ、暇だったから・・・・ですか・・・・暇じゃなかったら私は死んでた訳ですね・・・」
王子はぞっとする余り、表情が少し硬くなる。
しかし「助けなかった方が良かったか?」と、ネイラに聞かれると
「いいえ・・・恩にきります!!」
そう力強く答え、王子は表情を引き締め、立ち上がった。
「・・・・運命・・・か。
直接的な力ではないが、これもまたあの男・・・クレイヴ=フォードが引き寄せたものなのだな」
独り言だろうか、青年はポツリとそう囁いた。
その言葉に同意を示すように、隣の大柄の男はコクリと頭だけで頷いた。
「・・・・・あの二人は何者だ?」
ネイラがクレイヴに尋ねる。
「さぁな・・・。
俺にもわからないが・・・あの光線を撃つ直前・・・俺に言った。
『そなたの力でこの男を救って見せよ』と」
キッと鋭い目で二人を睨むクレイヴ。
「試されているのか・・・・??」
ポツリとネイラが呟く。
「どうした・・・・?
かかって来ぬのか、闇の力を司りし神よ」
「・・・ッ!!!」
大柄の男の口から出た言葉に、ネイラが珍しく驚いたような表情をした。
「神・・・どういう事です?」
王子は、内容が全く掴めないといったようにクレイヴを見る。
「・・・とりあえずその話は後だ。
タダもんじゃないとは思ったが・・・こいつ等・・・本当にヤバイ奴らかもしれない」
クレイヴもネイラ同様、驚きを隠せないでいた。
神・・・ネイラがクレイヴ以外の人物にそう呼ばれたのは初めてなのである。
世界には精霊と人間を見分ける力を持つ者は僅かながらに存在する。
現にそういう人物にクレイヴ達は街中で出会ったことがある。
だが、その力を持つ者でもネイラやシャーネルが、神という存在だと言う事には気がつかなかったのだ。
「・・・こちらから仕掛けるつもりは一切無い。
貴様らが何者かはわからないが――――――
低く小さく、だが迫力のある声でネイラは話し始めた。
―――――もし・・・・・・もう一度私達に危害を加える事があろうものなら。。。
・・・・・容赦はしない・・・!」
今のネイラの目には謎の二人の男しか映っていなかった。
これが闇を司る神の威圧とでも言うのだろうか。
その姿は普段のネイラを知っているクレイヴにとって、とても新鮮な光景だった。
何か何時もと違うネイラがそこにいるかのような錯覚すら覚える程に・・・。
「・・・・まぁ、いい。
私達は争いに来た訳ではないからな」
ネイラの姿を見たのが理由であるかは定かではないが、青年は剣を納めながらそう言った。
「どういう事だ」
ネイラはさっきと同じ調子で尋ねる。
「・・・・・『ポルト』で私達は待つ。
クレイヴ、お前は間もなく後一人の男と出会う。
契約神そして、その男と共にポルトを尋ね、私達と再び出会う時、真実を話そう・・・・さらばだ」
青年が話し終わると同時に二人の間から眩い光が溢れ出す。
その光は徐々に光度を増していき、目を開けていられない程の明るさになると光は一気に収まった。
全員が再び目を開けた時には、先程の二人は消え去ってしまっていた。
「・・・何だったんだ・・・・・一体・・・・?
そうだ、国王は・・・!」
クレイヴは剣を収めつつ言葉を漏らした後に、国王の姿が無い事に気が付き辺りを見回した。
「・・・私が部屋に入ったときにはもう姿はありませんでした。
彼らにも問い質してみましたが返事は得られず・・・」
下を向きながら、小さな声で王子は言った。
そしてすぐさま顔を上げて話し出した。
「・・・お二人とも聞いてください。
兵士への攻撃、国王の失踪・・・これらは、ほぼ先程の彼らによって成されたものと言って間違いないでしょう。
・・・危険なのを承知でお願いしますが、このような事をお願いできるのはあなた達だけです・・・。
彼らの元へ・・・ポルトへ向かってはくれないでしょうか・・・・」
暫くの沈黙。
「頼まなくても、俺たちは向かうつもりだったけど・・・」
クレイヴは王子の方向を向いてそう言った。
「王子の命令なら・・・・なおさらだな。
「・・・本当ですか・・・!!
感謝の言葉もありません!!!!」
王子はクレイヴに深々と頭を下げた。
「おいおい・・・一国を背負って行こうって男なんだから、もっと堂々としろよ」
「はい・・・!!」
「ったく・・・・・・ネイラも良いよな?」
王子の力強い返事を聞いた後、ネイラの方を向きポルトへ向かう事への同意を求める。
「・・・そのポルトとやらに向かわなければ真実は掴めないのならな。
暇つぶし程度にはなりそうだ」
ネイラは先程とは全く違う、普段の調子でクレイヴに続いた。
「暇つぶしって・・・まぁ、いいか。
あ、そうだ・・・シャーネルは・・・っと」
クレイヴはシャーネルが治療活動を行っている入り口の扉を見る。
そこからは、何秒か毎に光が漏れており、回復活動が順調だと言う事が伺えた。
「・・・聞いたとしても速攻オーケーだろうけど、後で一応聞いとくか」
「・・・・先程のネイラさんの魔法に、シャーネルさんの回復能力・・・・それに神と は・・・。
お二人は一体何者なんです?」
クレイヴは聞かれなければ、そのまま部屋に戻りさっさと旅の支度をする気だった。
しかし、先ほど約束してしまった事を思い出し、クレイヴは話し出した。
「黙ってて悪かったけどな、二人は人間じゃない。
二人は正真正銘『神』と呼ばれる存在だ」
「『神』・・・・ですか?
精霊ではなく?」
「あぁ、そうだ。
因みにネイラが闇、シャーネルが光を司っている」
「何だか凄い事になってますね・・・・。
!!!・・・と言う事は・・・私は神様に求婚してしまったという事ですか!?
私とした事が、なんと無礼な事を・・・すぐにでも罪を――――」
「おい!!ちょっと待て、その事に関しては全く本人は気にしてないから落ち着け」
部屋の外のシャーネルの所へ向かう王子の手を掴み、慌てて止めるクレイヴ。
「・・・バチとか当たりません?」
涙目でクレイヴを見てそう尋ねる王子。
その表情に思わずクレイヴとネイラは笑ってしまった。
「ははっ・・・アイツはそんな偉い身分じゃないさ。
それに、もし出来たとしてもアイツならすぐに許すだろうな、俺なら分かる」
「そうですか・・・・・。
ならば、せめてお礼くらいは・・・・」
「いや、いいよ。
それは、俺たちがポルトから戻ってきて、国王をもう一度この城に連れ帰った時に頼むよ」
「はい・・・!分かりました!
それでは旅の支度に必要な物は何なりと言って下さい、全てこちらで用意します」
「あぁ、感謝する」
「それと・・・そうだ。
少々お待ちください・・・」
王子はそう言って部屋の奥へ走っていくと、何かを手に持って戻ってきた。
「こちらを・・・・」
クレイヴが差し出された手を見ると、ディラモート王国の紋章が書かれた紙が握られていた。
「これは、ディラモート王国直属騎士団 団長の証です。
せめて表面上だけでも身分が無いと、旅の上で何かと不便かと思いますので」
「・・・感謝する」
「いえいえ、お気になさらず。
頼みを聞いてもらったのは私の方です。
国王を・・・父上をよろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
そう言ってクレイヴとネイラは部屋を後にした。
いよいよ、ストーリーが動き始めました。
ネイラが珍しく感情的になっていましたが、そこの所にも後々触れていこうと思います。
さて、ここからどのような展開となるのか。
乞うご期待!!




