始まりの国へ
大きい影。
そんな風に形容しても良い程の、黒いマントを羽織った大きい体格の男が村にやってきた。
荒地の真ん中にあるこの小さな村は、訪れる者も出て行く者も決して拒まない。
何せ他の町との交流も少ない小さな村だ。
他の国の町から人が来る事はむしろ良い事なのだ。
男は村にやってくると、村の所々にある木の一本に寄りかかる様に座り込んだ。
人がやってくると、村の人々は興味津々になって話しかけるものだが、
その男の近寄りがたい雰囲気に、誰も話しかけられずにいた。
その男もまた、その様な事は一切気にしてないようで、村を眺めるように時々首を動かすのみだった。
そのままの状態で一時間が経つころ、大柄の男の元に一人の青年が歩いてきた。
剣の稽古でもしていたのだろうか、この青年は木刀を手に持っており、額には大粒の汗が浮かんでいる。
そして手に持っている木刀を地面に置いて、青年は大柄な男の横に座り込む。
猛暑とも言える暑さから逃れられるのなら、何処でも良かったのだが、青年はあえてこの男の隣を選んだ。
「アンタ、何処から?」
この青年は一息ついて、額の汗を手で拭いながら視線を男に向ける事無く話しかけた。
どの様な意思でこの男に話し掛けているのかは理解しがたい。
興味ゆえか、果てまた警戒心ゆえか。
「・・・どこか遠くからだ。
何故そんな事を聞く」
大柄の男は話しかけられた事に驚く事もせずに、これまた無愛想に聞き返す。
「いや、何となくさ。
じゃあ、アンタ名前は?」
「・・・リグレス・・・と言う名前だった」
「名前だった?」
実に意味深な言葉である。
生まれて、名付けられ、それから後に名が変わったのではなく、まるで『無くなった』様な言い方だ。
青年の首が男の方向へ釣られる様に動き、青年はそこで始めてまともに男の姿を目に入れた。
「いいや・・・・今も尚そういう名前だ。
確かに私の名前はリグレス。
だが過去に存在していたモノと、現在に存在しているモノが同名であっても、それが必ずしも同じであると言う事は無い」
「何を言って―――――おいっ・・・」
青年が男の言った事の意味を問いただそうとするも、男はそれを遮るように立ち上がり、青年に言った。
「青年よ。
この村に宿はあるか」
先程の意味不明の言葉とは真逆の現実的な言葉。
これまた唐突な質問である。
しかし青年は、この男がこれ以上先程の言葉について説明する気が無い事を悟ると、宿屋の場所を説明する。
男はそのまま木陰を後にし、宿屋へと向かっていった。
青年は男の言葉の意味を考えながら、しばらくその場に座り込んだが、結局結論が出る前にその場を去って行った。
数日後。
すでに、あの大柄の男は少し不思議な人間だったのだと結論を下し、その事すらも忘れかけていた頃だった。
青年はまたもや大柄の男が木陰で木にもたれ掛かって座っているのを見かけた。
未だにこの男が滞在していた事には驚いたが、今度は何の気なしではなく多少の興味を持ちながら男の横に座り込んだ。
「アンタ、まだ居たのか。
何時までこの村に?」
「明日の早朝には発つ」
以前に会った時とは違い、明確な言葉が返ってきた。
このような男だったか、と少し疑問が浮かんだがあまり気にせず会話を続ける。
「そういや、前に聞いてなかったけど、何が目的でこんな村に?
住んでる俺が言うのもなんだけど、正直何も無い村だ」
「目的はほとんど終わっている。
最後の仕事は明日、ここを発つ時にだ」
「いや、目的の内容を聞きたいんだが。。。
まぁ言いたくないなら良いけどさ」
男は黙り込んだ。
また妙な事を話し出すのではないか、と青年は少しだけ後悔にも似た心地で男の言葉を待ったが、
ついに男は黙ったままそこを後にした。
変わった男。
青年はその男の背中を見ながら、改めてそう認識した。
「・・・そろそろ俺も帰るか・・・」
あの男は明日にはこの村を出ると言っていた。
あんな妙な男について思考を巡らしても仕方が無い。
そう区切りを付けると、青年は木刀を杖代わりにして立ち上がると、その場を後にした。
―――――――――――――――――――――――――――――
「――――レイ・・・・クレイヴ~~」
(・・・・夢か・・・・また昔の事を・・・・)
クレイヴは呼びかけの声と列車の揺れで、先程まで見ていた事を夢で有った事を認知した。
そして自分の名を呼んでいる者の顔を見る為に瞼をゆっくり開ける。
「ッうおっ!?」
ゆっくり目を開けるつもりが、途中で一気に目を見開いたクレイヴ。
それもそのはず、目の前には恐らくシャーネルのものと思われる大きな瞳があったからだ。
つまりは目の前に顔があった。
「な、何やってんだよっ!
人を起こすのにそこまで顔を近づける必要は無いだろっ」
「知ってるよ~、それ位っ。
わ~い、久しぶりにドッキリ成功っ!
イエ~イッ!」
「イェ~~イ!」
シャーネルは隣に座っているタナトスと小さくハイタッチを交わした。
「・・・こ、こいつ等・・・・」
「まぁ~まぁ~、こんなん怒る事じゃないっしょ~?」
「お前が言うなっ!」
タナトスはクレイヴが若干不機嫌になっている所に追い討ちをかける様に、笑いながらそう言うと、
案の定声を張り上げたクレイヴを見て満足そうにタナトスは話し始めた。
「それに~、起こしたのにも理由があるに決まってるっしょ?
怒るのは、外見てからって事で~」
「外?」
タナトスが窓の外を指差すと、クレイヴはそれにつられる様に窓の外へ顔を向けた。
すると、クレイヴは何かに気が付いたかのように小さく声を出した。
クレイヴの目の先には、人が造ったとは俄かには信じがたい巨大な``壁``が大地に聳え立っていた。
その高さは100メートル以上はあろうかと言う程で、幅は見渡す限り続いているといっても良いほどの長さである。
「・・・・・着いたのか・・・・インティスに・・・・」
そう、クレイヴが眠っている間に列車はいよいよレランガート第一の都市『始まりの国 インティス』に到着しようとしていたのだ。
となると、先程クレイヴが見た``壁``はインティスの国を囲んでいる塀という事になる。
その大きさは先程も述べたとおり、目視では長さが確認できないほどの大きさで、この国の国土の広さが伺える。
『始まりの国』と言うのは、その昔、魔族の王を倒した英雄の生まれた場所、つまりは人類の歴史の始まりの地として、その名が付けられた。
勿論歴史的背景から、レランガート中の工業、商業、農業がこの国を中心に動いており、世界中の人々がこの国を『世界の中心』という認識を持っている。
人口、面積、経済力、軍事規模等様々な要因でも世界のトップとなっているまさに『第一の都市』なのだ。
そして、国の中心には高い塀よりも更に高い塔が一本、天にも届く勢いで聳え立っている。
二人の神と契約を交わした勇者生誕の場として、人々に崇められている神聖な塔である。
その塔は天界の楽園との繋がりとして『エリュシオン』と呼ばれている。
その高さは本当に天に届いているかと言うほどで、まだ数キロほど塀から離れている列車の中からでも確認できる。
「・・・・ん?
シャーネルは質問とか無いのか?」
クレイヴは、新しい土地に着いたというのに黙っているシャーネルに違和感を感じて、そう尋ねた。
「大体の事はタナちゃんから聞いちゃったよ~。
人間界はタナちゃんの方がクレイヴより長いもんね~」
「なんでお前が威張ってるんだよ」
自分の事でもないのに、自慢げに胸を張るシャーネルの頭をすかさず軽く叩いた。
「いてて・・・」
「さて、そろそろ準備しだすぞ」
時はすでに夕暮れ時。
尤も、夕日はその大きな壁に遮られ、確認は出来ない。
夕日が遮られた暗闇の中、列車は大きな壁に臆する事無く直進してゆく。
超久しぶりの更新となりました。
お待ちしていた方もそうでない方も大変申し訳ございませんでした。
さて、話の方はですね。
いよいよ巨大都市に到着。
そこでのタナトスの言う仕事とは?
彼らを巻き込み、更なる展開へ乞うご期待。