少女と旅人達
シレーナの大都市を朝日が照らす。
壮絶な戦いから一夜明け、国中が壊れた部分の修復作業に取り掛かろうとしている。
一方タナトスに様々な念を押され、フォルシオの家に戻ったクレイヴは、自らのタナトスとの関係について話している所だ。
帰った時間が時間だったので、どうせなら列車の出発まで話をしようという事になったのだ。
もちろんタナトスもフォルシオの妻タリスも話の輪に加わっているが、神様2人は以前隣の部屋で熟睡中である。
「なるほど、それでクレイヴはタナトスさんに旅の途中で知り合った訳か」
「そんな物だな。
どちらかと言えば、シャーネルと相性が良いみたいだが」
だがタナトスに念を押された以上、全てをフォルシオに話す訳にはいかない。
シャーネルとネイラとタナトスは神様で、天界にいた頃からの知り合いだと言ってはいけないのだ。
尤もその事に関しては一般人には毛頭話す気はないクレイヴだが。
「目的地も一緒ですからね。
楽しい旅になって良かったです。
ね?」
クレイヴがここまでで見た事の無い笑顔を首を傾げて放つタナトス。
本性を知っているクレイヴにとって、この笑顔を向けられて呆れ顔を抑制するのが難儀な程だ。
よってクレイヴも無理やりぎこちない笑顔を混ぜ、相槌なんかを打っている。
「ははは・・・俺こそ楽しませてもらってるよ。
こ、こんな美人と~・・・た、旅がデキテ、アァコウエイダナ~・・・」
言葉の後半部分が気持ちの乗らなさ故にカタコトになる。
『ガシッ』
「ッ!?」
隣に座っているタナトスに思いっきり足を踏まれるクレイヴ。
「ん?どうかしたのか?」
急に表情を歪ませたクレイヴを見て、フォルシオが怪訝そうに言う。
「い、いや。
戦った時に何処か打ったんだろ。
ちょっと、足が痛くなっただけだ」
「あらぁ~それは大変・・・。
近くに良いお医者様がいますから、紹介しましょうか~?」
必死に誤魔化そうとするクレイヴに対して、心配そうに言うタリス。
「いや、お構いなく。
本当に少しだけ痛む位だから・・・ははは」
「そぉ・・・ですか?」
「ったく・・・こっちは必死に付き合ってやってるってのに・・・。
本気で踏むなっての・・・この性格詐欺が・・・」
『ガシッ!!』
「っ!?」
ボソッと誰にも聞こえないくらいの小声で言った愚痴にも関わらず、間髪いれず足を踏みつけるタナトス。
死神の地獄耳、恐ろしや。
それに反応するクレイヴを見て、夫婦2人はまた不思議そうに彼を見るが、そこはまた愛想笑いでやり過ごしたクレイヴであった。
そんな風にぎこちないやり取りを続ける事一時間。
朝日もすっかり昇った時間帯に、シレーナ中に音声が響き渡った。
『昨夜破損した列車の修復作業が終了いたしました。
発射時刻は今から2時間後とさせていただきます。
ご乗車になさっていたお客様は遅れないよう、よろしくお願いいたします』
「お、案外早かったな。
良かったじゃないか、2人とも」
フォルシオが放送を聴いて、クレイヴとタナトスに笑顔で話しかける。
「あぁ、そうだな。
これでようやく出発できるよ」
本来の目的の為にいち早くシレーナから発ちたかったクレイヴにとって朗報だ。
思わずクレイヴも笑みがこぼれる。
しかし、タナトスは違った。
「・・・私、もう一回カロナリアに会って来ます。
カロナリアも起きたかもしれませんから・・・」
タナトスは悲しげな表情で、席を立つと再び寝室を通り二階へと上がって行った。
(カロナリア・・・・フォルシオの娘の名だ)
クレイヴが不思議に思いその姿を見つめていると、フォルシオがクレイヴを見て話し出した。
「・・・きっと心配なんだ」
「心配?
年に何回も会いに着てるんだろ。
帰りはここには止まらないから無理かもしれないが、また会いに来れば良いだろう?」
確かに幾ら体が弱いといっても、そこまで気遣うのはオーバーでは無いか。
人によってはそうでは無いかもしれないが、
タナトスの本性を知っているクレイヴにとっては、俄かには信じがたい行為なのだ。
「先程話したが、娘は体が生まれつき弱くてな。。。
実の所すでに医者には余命すら宣告されてるんだ・・・それで今年がその年なんだよ」
フォルシオは俯きながら、弱弱しく語りだした。
「・・・・って事はタナトスもその事を・・・」
「あぁ、知ってるとも。
最初に出会って彼女を家に招待して娘と打ち解けた時、私と妻から話したんだ。
だから娘の体を心配して、定期的に通ってくれてるんだ」
「それで、夜中からこの家に・・・」
「きっと彼女はまるで我が子の様に娘を心配してくれてるのさ。
そして今回が最後になるかもしれないという事も分かっている」
「彼女、昨日は一晩中カロナリアの手を握っていたんですよ・・・」
タリスは目に涙を滲ませながら語った。
「・・・すまない」
クレイヴはタリスの涙を見て、
自分が2人の気持ちを考えずに聞いてしまっていた事に対して後悔をした。
懺悔の意味も込め頭を深く下げる。
「いや、クレイヴが謝る事は無い。
別に隠していた事でもないし、事実は事実。
・・・そうだ、クレイヴも是非娘に会ってくれ。
外に殆ど出た事が無いから、色んな話しを聞かせてやってくれないか?」
「俺で良ければ是非とも会わせてくれ。
シャーネルとネイラも起こしてさ、楽しい話を時間の限り話すよ」
「それは良かった。
だがあの2人を起こしても大丈夫なのか?」
「そこは任せくれけ。
あの2人、根は良い奴等だからさ、絶対会ってくれるよ」
そう言ってクレイヴはシャーネルとネイラを叩き起こし、カロナリアの事を話した。
シャーネルは二つ返事で会いたいとの事だったが、ネイラはいつも通りの調子だ。
だが、きっと心に響くものがあったのか、決して「嫌だ」とか「まだ眠りたい」等という事は無かった。
クレイヴの言うとおり、二人とも根はとても良い性格なのだ。
タリスが先頭に立って、一行は木製の狭い階段を登ってゆく。
そして階段の突き当たりに扉が一つ。
構造的に寝室からぐるりとUターンして昇り、入り口の部屋の上の部屋という感じだろう。
「二人とも~、入るわよぉ~」
ドアを軽くノックして、扉を開けるタリス。
木製の扉からタリス、フォルシオ、クレイヴ、シャーネル、ネイラの順に部屋に流れ込む様に入室した。
部屋の家具は窓際に机が一つ、向かいに物置用の木製の棚、その隣にベッドという簡素な造り。
ベッドの隣にはタナトス、ベッドには起き上がって座っている少女がいた。
少女はとても華奢だが、白い肌に大きな瞳、そして金色の綺麗な髪が似合うまるで人形の様な子だ。
少女はいきなり入ってきた人を見て、タナトスに聞いた。
「この人達が、お姉ちゃんのお友達?」
「うん、そう。
一緒にここまで着たのよ、列車に乗って遠くの国から来てるんだって」
どうやらタナトスはこの事態を予測していた様で、ちょうどカロナリアに話していた所の様だ。
「へぇ~、遠くの国かぁ・・・」
見た事も無い地を思い描いているのだろう、カロナリアは瞳を輝かせて言った。
「おはよう、カロナリア」
シャーネルはタナトスの横に座ると、目線をカロナリアに合わせて笑顔で言った。
「おはよう・・・えっと・・・・」
「あ、私ねシャーネルって言うの。
それであっちの無愛想な男の人がクレイヴ、女の人がネイラ」
「「無愛想は余計だ」」
紹介のされ方にムッとなる二人であったが、カロナリアの表情は逆に笑顔になった。
「あはは、お姉ちゃん面白いねっ。
ねぇねぇ、遠くの国の話、聞かせて欲しいなぁ」
タナトスも嬉しそうなカロナリアを見て、シャーネルと顔を合わして笑顔になる。
「うん、いいよ。
そうだなぁ、まずはね~、大きなお城の話から――――」
「・・・流石、といった所だな」
少女と楽しげに話すシャーネルを見て、ネイラがクレイヴに対して呟いた。
「だな。
底抜けの明るさだけは負けないからな、あいつは」
クレイヴも腕組をしながら柔らかい表情で楽しそうに話す3人を見て頷いた。
「だがタナトスも同じ様に笑顔でカロナリアと接しているのは驚きだ。
何時もより自然な表情の様に思える」
そこでクレイヴはネイラの言葉に疑問を持つ。
クレイヴにとってタナトスのこの振る舞いは、いわば虚飾。
外面を良くしようとしているだけの行為に見えていた為、どうしても自然な風には見る事が出来なかったのである。
だが、ネイラにとってはタナトスの表情はごく自然。
むしろ、いつもの方が偽りを演じているのだと言うのだ。
「それはいつもの方が不自然って事か?」
「飽くまでも私の見解上での話だ。
シャーネルは人を疑う事を知らない為に、気が付いていない様だが。。。
タナトスの何時もの振る舞いは、天界で初めて出会った時から何処か不自然だった。
表情も曇りがある様な気がしていて、私も見ていてどうも居心地が悪かったのだ」
タナトスから目を離さずに淡々と語るネイラ。
「・・・それであいつが苦手だったのか・・・」
クレイヴの言葉に対して、小さく頷くネイラ。
シュヴァイナーの館で、ネイラはタナトスが苦手だと言っていた。
その時はあの軽い性格が苦手なのだと思っていたが、
本当はタナトスの自らを隠すような振る舞いを見るのが、彼女にとって苦痛だったのだ。
「何の為にその様にしているかは知らないが・・・・今は曇りが全く無い。
ずっとあの様にしていてくれれば良いのだが、奴にも都合がある。
私達が解決できる問題でも無いだろう」
「冷めてるな・・・どうにかして解決してやろうとは思わないのか?」
その言葉に反応して、ネイラは鋭い眼差しでクレイヴの方向を見る。
クレイヴはその瞳に気持ちうろたえたが、ネイラはすぐに視線をベッドで話す3人へ移して、溜息を一回吐いた後こう言った。
「・・・思ったさ。
一度だけ聞いてみた事はあるが、誤魔化されて終わってしまった。
それ以降も同じ様に接してきたが、曇りが無い表情を見るのはこれが初めてだ」
「なるほどな・・・・」
クレイヴは一呼吸置いて、返事をした。
「ねぇ、二人とも~。
二人だけで話してないで、一緒に話そうよ~。
クレイヴの方が物知りなんだからさぁ~」
「あ、あぁ、悪い・・・」
自分から部屋に来ると言っておきながらも、すっかりネイラと話し込んでしまった自分に羞恥を覚えつつ、
クレイヴは軽く返事をしてベッドの近くにしゃがみ込む。
それに続いてネイラも同様にクレイヴの横に付けた、彼女は座らずに立ったままだったが。
「初めまして、だな」
クレイヴは笑顔でカロナリアに話しかけ、彼女もそれに笑顔で答える。
「うん、初めまして。
ねぇねぇ、お兄ちゃんとシャーネルさんとネイラさんってどういう関係なの?」
10歳程の少女からの唐突な質問に少々うろたえたが、
クレイヴは一応シャーネルとネイラにアイコンタクトで話して良いかどうかを確かめる。
神様という事ではなく、精霊として契約している事についての事だ。
もしかしたらシャーネルは人間でないという事を、
少女に知られたくないと思っているかもしれないと、思った上でのクレイヴなりの配慮だ。
結果は勿論二人とも話しても良いとの事だった。
「この二人は俺と契約している精霊なんだ」
「えっ、じゃあ二人とも精霊さんなの?」
「うん、そうだよ~」
シャーネルは明るく返事をするが、ネイラは子供が苦手なのか黙って頷くのみだ。
「へぇ・・・精霊さんか~、初めて見るなぁ。。。
二人ともすっごく綺麗だもんねぇ~」
「えへへ・・・そうかなぁ?」
そう言われてシャーネルは照れ笑いを見せる。
「でもね、私の憧れはタナトスお姉ちゃんなんだぁ。
すっごく優しくて、綺麗で、話しててとても楽しくて・・・。
あっ・・・シャーネルさんと話してて楽しくない訳じゃないよっ!
でももし、大きくなったならタナトスお姉ちゃんみたいな人になりたいなぁ~って・・・」
シャーネルは楽しそうに話す少女を見て、タナトスに微笑んだ。
クレイヴはその時分かった。
何故タナトスが何時もと同じ話方をしないのか。
それはカロナリアがタナトスに大きな憧れを抱いているからだ。
『将来彼女みたいになりたい』
何時、命が絶たれるか分からない少女が笑ってそう語ってくれるから、
タナトスはこの家では少女が憧れる自分を演じているのだ。
「それで、お兄ちゃんはどんな話を聞かせてくれるの?」
「ん・・・あ、あぁ・・・そうだな。。。
それじゃまず、ディラモートって言う大きな国のお城の話から―――――」
「その話はもうシャーネルさんから聞いちゃったよ~」
「え、あぁ、そうなのか、それじゃあな・・・。
ディラモートの町の話からしようか」
「うんっ!」
元気に返事をした少女を中心に、4人の旅人と家族の間の会話は列車の出発時刻の直前まで続き、
家の二階からは終始笑い声が絶える事は無かった。
タナトスが唯一自然に話す事の出来ていると言う少女が登場。
タナトスにとってのこの少女の存在とは一体何なのか?
ここから先の物語に大きく影響していきます。
次はいよいよ列車の乗り換え地点インティスへと向かいます。
これからのストーリー展開に乞うご期待。