虚飾の死神
「成る程・・・ではセイレーンはネクロマンサーと言う魔族に、国の脅威の存在を仄めかされあの様な行動に出たと」
唯一沈まなかった第一戦艦の一室で、クレイヴとフォルシオが壁にもたれ掛かって話している。
戦闘の後、湖から引き上げられたクレイヴがセイレーンの話を伝えようとした所、フォルシオは途中で話を切って誰もいないこの部屋へクレイヴを招いた。
一般の兵はセイレーンの言葉は戯言であると信じている為、セイレーンの話を耳に入れれば混乱するに違いないとの判断だ。
魔力を消耗したネイラとシャーネルは別室で休んでいる。
岸へ付くまでの数分の間だけとなってしまうが、休まないよりはマシである。
「あぁ、そう言っていた。
彼女自身もまた、強大な力をこの国の中に感じると」
「しかし・・・・・その話を信じるにしても、問題が多すぎる。
まずは、市民がこの国を襲った者の言う事を信じるかどうか。
例え市民が理解したとしても、探し出す当てが無い。
精霊のお二方にも感じ取れないような力を、この大都市から我々人間が探し当てるのは不可能だ」
首を横に振って、俯くフォルシオ。
こればかりはどうし様も無いと言った表情を浮かべる。
「その存在の登場を待つしかない・・・か」
「悔しいが、その様になってしまうな。。。
民間人を避難させようにも、大きな国で無いと受け入れきれないし、
その中に脅威の可能性があるのだとしたら、それを受け入れる国も無い。
どの国も自分たちが最優先だからな。
結界の外は魔族の存在が脅威、本末転倒。
理由を話さなければ問題外。
万事休すだ」
フォルシオは大きく溜息をついた。
「だが・・・果たして本当に脅威の存在なのか・・・」
クレイヴはフォルシオのその姿を見て言った。
「どういう事だ?」
「それが町を破壊する存在なのだとしたら、わざわざネクロマンサーがそれを阻止するはずは無い。
こう言っちゃ悪いが、むしろ人間達が発展させた大都市なんてのは破壊された方が良い、そう考えるはずだ」
「確かに」
クレイヴの言葉に考え深そうに頷くフォルシオ。
「だからと言って、人間に害が無いとは言い切れないが、それは魔族にとっても大きな脅威。
そう考えるのが妥当だろうな」
「・・・人間にも魔族にも脅威の存在か。
私たちには想像もつかないが、その様な存在がこの国に現れたのなら全力で我々がこの国を守る。
今はそれしか無い様だな」
「あぁ」
「隊長、船が到着しました」
2、3回ドアがノックされた後、ドアが開き一人の兵士がそう言った。
船が元あった倉庫内へ到着したのだ。
「あぁ、分かった。
皆に伝えてくれ、今日は解散だ。
各自、家族に自らの無事を伝えるように」
その声を聞いたフォルシオは難しい表情を解き、柔らかな表情でそう言った。
その言葉を聞いた兵士は強く返事をすると、ゆっくりとドアを閉め去っていった。
「さぁ、分からぬ事に時間を費やしては先へ進めない。
クレイヴとその精霊たちには借りが出来た、列車が発車するまで私の家でゆっくりすると良い。
出来る限りのおもてなしをしよう」
「ああ、すまない。
それじゃ、お言葉に甘えるとするか」
二人は小さく笑うと、その部屋を後にした。
クレイヴ達三人は駅から降りて、東へ歩いて最初の酒場に着いたが、フォルシオの家は駅から西側に位置している。
歩いての距離は船の船舶している所から遠くは無く、行きと同じくらいの距離だ。
他の家とはなんら変わりないレンガ造りの2階建ての家であるが、揺れが少なかった駅の近くであるせいか、被害は最小限度に留まっている。
「はぁ・・・はぁ・・・少しは自分の力で歩いてくれよ!」
家の前に着いたクレイヴは額に少量の汗を浮かべつつ言った。
その様な状態になるのも無理は無い、船に降りてからここまでネイラとシャーネル双方に肩を貸して歩いてきたのだ。
左にネイラ、右にシャーネルという格好だが、両手に花と言う格好の良い状態で無い事は確かだ。
「しょうがないでしょ~、疲れてるからフラフラなのっ」
「我々の頑張りを見てよくその様な事が言えるものだ。
我が主ながら呆れる」
シャーネル、ネイラの順に涼しい顔で答える。
対照的にクレイヴはヒートアップするのは当然の事であり、二人を支えている肩をブルブルと震わせた。
「そんだけ言える元気があれば歩けるだろっ!
表情も余裕たっぷりじゃないか!?
少し肩を貸す程度なら構わないとは言ったけどな、全体重乗せても大丈夫なんて言ってないだろ!?」
「まだ私たちが足を着けているだけでも良いと思え。
てっきり二人同時におんぶをしてくれるかと思っていたぞ」
「そうだ、そうだ~」
「お前らにとっての俺はどんな超人なんだよ!?」
「超人などではない。
たしか、ここに着く一つ前の駅で私の事を『意外と軽い』と言っていたな。
その言葉に嘘偽りが無ければ・・・」
「うっ・・・・」
自分自身が言った事をそのまま言われては返しようが無い。
クレイヴは顔を引きつらせ言葉を詰まらせた。
「はは・・・はははは・・・今日の所は俺の負けにしておく事にするか。
どちらにせよ目的地には着いたんだ、気にしない事にしよう」
「「調子の良い奴」」
分が悪くなり開き直ったクレイヴを横目で見つつ、シャーネルとネイラは呟いた。
「・・・オホン・・・喧嘩は終わったか?」
わざとらしく咳払いをして、3人に尋ねるフォルシオ。
会話に夢中になっていた三人は、扉に手を掛けたまま固まっている彼に気が付かなかったのだ。
「あ・・・・あぁ。
悪い」
「いや、気にしていない。
喧嘩する程何とやら、と言うからなその絆あっての先ほどの勝利だ。
さぁ、入ってくれ」
3人を招く扉を開けるフォルシオ。
「・・・気にしてないなら、あんなわざとらしい咳払いなんてしない――――」
「さぁ入ってくれ」
「は、はいっ」
ボソッとクレイヴの耳元で呟くシャーネルの言葉を遮るように、先程よりも強い口調で言い放つフォルシオ。
シャーネルは告げ口が聞こえているかも分からないのに、すっとんきょうな声を上げる。
「お邪魔します」
「・・・」
「お邪魔しま~す」
家に入ると木製の机とイスが4つ、他にはタンス等のみが置いてある簡素な部屋。
奥にも部屋があるようで扉が一つ。
この家は2階建てであったので、きっと奥の部屋に階段があるのだろう。
そして部屋のランプはついたままだ。
船の上でのフォルシオが家族の話をしていたので、恐らく奥と2階に家族の誰かがいるのだろう。
「お~い、今帰ったぞ~」
フォルシオが扉を閉めると奥の部屋に向かって叫んだ。
すると、すぐに奥の扉が開きそこから一人の女性が出てきた。
その表情は安堵そのもので目には涙を浮かべていた。
「あなた!・・・よかった。。。
湖の方から大きな音がしてたから・・・心配で」
「はは・・・確かに今回の戦いは厳しかったが・・・流石に妻と娘を残して先には逝けないさ」
そう言ってフォルシオは女性の肩を優しく抱き寄せる。
「そうは言っても・・・心配だったんだから・・・」
女性は涙を拭いて、フォルシオから離れると後ろの3人に気が付いたようで、顔を少し赤らめた。
「あら・・・お客様?
すみません気が付かない上に、お恥ずかしい所を・・・」
「いや、お構いなく」
「彼はディラモートから来たクレイヴ。
そして、両隣にいる女性が彼と契約している精霊の二人だ。
黒い髪の女性がネイラ、銀髪の女性がシャーネル。
3人ともここの国民の命の恩人だ。
彼らがいなければ、俺達は戦いに負けていたしこの国は壊滅していた」
「まぁ・・・何とお礼を言ったら良いか」
おっとりした口調で話す女性。
見た目も優しそうでゆったりとした印象だ。
「紹介しよう妻のタリスだ」
そう言って3人に目を向けるフォルシオ。
「よろしくお願いしますね」
ゆっくりとお辞儀をするタリスに対し、頭を少し下げて対応するクレイヴ。
「それじゃクレイヴ。
二人を奥の寝室へ運ぼう」
フォルシオは本来の目的を思い出したかのように、奥の部屋へとクレイヴを案内する。
列車が治るまで彼女達を休ませる場所を提供する、それが家に招いた理由なのだ。
尤も彼女らにそれが必要であるかどうかは分からないが。
「はい、どぉぞ~」
「どうも」
二人を寝室のベッドに寝かしたクレイヴは、
ようやく一息つけるとばかりにどかっとイスに座り、タリスが机に置いた暖かい紅茶が入ったティーカップを手に取る。
「それにしても精霊さんなんて始めてみましたよ~。
本当にお綺麗なんですね~」
タリスはクレイヴの正面のイスに座ると、ニコニコしながら話し出した。
「・・・・そうかもしれないが、性格には少し難が・・・」
「クシュン!」
隣の部屋からくしゃみが聞こえてきた。
恐らくネイラだ。
「そぉなんですか~?」
「はは・・・」
このおっとりした雰囲気がどうも苦手なのか、クレイヴは苦笑いしつつ横に座っているフォルシオをチラリと見る。
「オホン・・・それでタリス。
いつも俺が帰ってくる時は、ここに座って待ってるのに今日はどうしたんだ?」
戦場に出たフォルシオが無事に帰ってくるかどうか心配で、
タリスはいつも家に入ったらすぐに夫が確認できるようにここで待っているのだろう。
しかし、今日は違った。
奥の部屋から彼女は出てきたのだ。
「あ~、そう言えば、半年ぶりにタナトスさんが家に来たのよ~。
確か列車が止まってしまったとかで、たまたま。。。
それで、彼女の様子を二階へ見に行ってた時にちょうど・・・」
「タナトスッ!?」
聞き覚えのある名前がタリスの口から出たことに対し、口の中の紅茶を飲み込むためにワンテンポ遅れて反応するクレイヴ。
「何だ?タナトスさんと知り合いか?」
フォルシオが不思議そうに尋ねる。
「知り合いって言うか、付いてきてるだけなんだが。
まぁでも、タナトスと一緒に列車に乗っていたのは確かだ」
「まぁ、なんて巡り合わせでしょう!
私たちの命の恩人がタナトスさんと知り合いだなんて・・・呼んで来ますね~」
「あっ・・・ちょっと・・・」
クレイヴはどうでも良いのだが、勝手に舞い上がってしまったタリスを止める事もできず、言葉半ばで黙り込む。
「悪いな、タリスはいつもあんな感じなんだ。
結構耳に障ることがあるかもしれんが、我慢してくれ。
あれでも大事な家族だ」
「いや、それは気にしてない。
五月蝿いのならいつも近くにいるしな」
「ヘックション!」
隣の部屋からくしゃみが聞こえてきた。
恐らくシャーネルだろう。
「だけどタナトスは何でこの家に?」
「あぁ、まぁこれもたまたまなのだが・・・」
3年前のある日の事だ。
私とタリス、そして娘のカロナリアは町の中心部へ出かけていた。
カロナリアは生まれつき体が弱く、病院へ通うのが日課であった。
その帰りに町の市場に寄った時の話だ。
普段は体が弱いカロナリアの身を思って、人通りの多い所へは出かけないのだが、
この日はカロナリアがどうしてもと言うから帰りに少しだけ市場に寄る事にしたのだ。
「見て~、果物が沢山あるよっ~」
普段は家から出て遊ぶ事が出来ないカロナリアは大はしゃぎだった。
思えば娘を大事にするあまりに、外の世界をあまり見せていなかった様な気がする。
「ん~・・・見た事も無い食べ物が沢山あるな~」
娘の笑顔を見てると、外に連れてくるのもいい事だと思った。
良い勉強になるし、楽しい事を見つけてくれれば彼女にとって良い事だろう。
「あっ!あっちにも何かあるよっ!」
娘は妻の元から離れ走り出す。
「こらこら、そんな急ぐと危ないわよ~」
「大丈夫っ・・・・あっ!!」
妻の注意に答えようと振り向こうとしたその時。
カロナリアは石畳の凹凸に足を取られ、後ろから倒れていった。
「危ないっ!!!」
俺は叫んだが、止まるはずは無い。
カロナリアの体は重力に従って、石畳へ倒れこんでゆく。
数人が叫んだ俺の方を見たが、そんな事はどうでも良い。
誰かカロナリアの体を支えてくれ、そう思うだけだった。
「・・・あっ・・・・」
思いが通じたのか、次の瞬間聞こえてきたのは、娘の泣き叫ぶ声ではなかった。
呆気に取られた様な声。
「大丈夫?」
私の祈りが通じたのか、優しい笑みを浮かべた一人の女性が娘の体を後ろから支えていた。
「それがタナトスさんだった訳だ。
お礼に家に招待した所、娘の体を心配して定期的にここに通ってくれている。
お淑やかで優しい良い女性だ。
娘もすっかり彼女に懐いてしまって、唯一の友達だとも言っている」
「成る程・・」
納得したような口ぶりだが、クレイヴの内心には疑問点が浮かんだ。
タナトスはあの外見故に、女性と思われていても仕方ない。
しかし、もう3年も通っているのに自分が男性であると明かしていない点。
もう一つは彼女の性格だ。
クレイヴ自身、タナトスと会って間もないがシャーネルの話を聞く限り、
決してお淑やかな女性とは思えないからだ。
昔からの知り合い以外はその様に振舞っているのだろうか。
だとすれば何故その様に振舞う必要があるのか。
もしかしたら人違いではなかろうか、そんな事さえ思ってしまう。
「クレイヴさ~ん。
連れてきましたよ~」
タリスの言葉に思考を中断し、声の方向を見る。
「「あ・・・・やっぱり」」
彼女の後ろには確かに、あのタナトスがいた。
タナトスも人違いではないかと思っていたのか、同じ台詞が同時に口からでた。
「ちょっと失礼しますね」
タナトスはそう言って一礼すると、クレイヴの手を掴んで玄関から外に出た。
「タナトスさん、何か様子がおかしくなかったか?」
「そうねぇ。。。
まぁ若い男女だし色々あるんじゃないかしら」
その行動を見て、勝手に妄想を膨らます夫婦であった。
「おいおい、何だよ急に・・・」
外に出てクレイヴを近くの人気の無い路肩に引っ張っていった所で、タナトスは振り向いて溜息をついた。
「あのさぁ・・・・来るなら来るって言ってくれないと、困っちゃうっしょ・・・」
タナトスは艶のある長い髪を触りながら言った。
「そう言われても、こっちも急だったんだよ。
フォルシオが軍人だって事は?」
「知ってるけど」
「なら話が早い。
ちょっと湖で一騒動あってな。
精霊が魔族の力を借りてこの国を滅ぼす所だったんだ」
「ま~た急におっかない話に首突っ込んじゃってんね~」
くすくす笑いながらタナトスは言った。
「あぁ、それで俺達の力を貸そうとして、その船の部隊の隊長が彼だったわけだ。
んでその戦闘で疲れた二人を休ませてくれるって言うから、お言葉に甘えただけだ」
「あの二人が疲れるって事は結構な戦闘だったっぽいねぇ。
音も聞こえてたから何事かと思ったけどさぁ、そういうワケねぇ~」
「あぁ、お前も居てくれれば助かったんだけどな」
「いや、俺はパスパス。
戦うのって嫌いなんだよねぇ」
片手を振りながら笑うタナトス。
どうやら神と言っても戦闘が出来ないものが居る様である。
「ん?そうなのか?」
「そそ、で俺は一つ言いたい事があるんだけど、いいっすかぁ~」
てかその為に連れてきたんだけどさ~」
タナトスは小さく挙手をしてクレイヴに聞く。
「相変わらず軽いな・・・・ど~ぞ」
タナトスの調子にまだ慣れていないのか、頭をかく。
「あの家ではさ、俺が男だって事をバラさないで欲しいんだよね。
あと勿論、人間じゃないって事もさ」
「あぁそれは俺も疑問に思ってたよ。
まるでお前の事を凄い良く出来た女性みたいに語ってたからな」
「あのねぇ・・・・普段そんなだらしなく見えるワケ?」
まるで今までそう見られていなかった様に肩を落とすタナトス。
「どこから見たってそうだろ・・・」
「まぁ確かに作ってる部分もあるから、良いとするけどさぁ、、、。
理由は長くなっちゃうから列車に戻ってからって事で。
兎に角、今はさっきの約束守ってよ。
あと普段の話し方もコレじゃないから、気をつけて」
「やっぱり、自覚あるんじゃねぇか・・・分かったよ」
「オッケーィ、コレで心配は無くなったぁ。
さっき家の中であの二人には、頭の中で言っておいたからねぇ。
さっさと戻んよ~、遅れると心配されるからさぁ」
色々理解できない点は多く残るが、今聞いても答えてくれる気配は無いので、
気を取り直して、クレイヴはタナトスと一緒に家に戻ることにした。
タナトスがあの家族に素性を話せない理由とは何なのだろうか。
時刻は夜明け。
薄暗い町を朝日がゆっくりと照らそうとしていた。
タナトスが再登場。
タナトスはどうやら多くの事をあの家族に隠している様です。
その意味はまた今後明らかにされます。
そして以前少しありましたが、
タナトスが眠るカロナリアの横で泣いているシーン。
その時の少女も初登場。
病弱な娘なのですが、これも結構重要だったり。。。
次回もお楽しみに!!