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NEXT GEARS  作者: 結城 祐
12/21

死の住む館

時は静かな昼時。

聞こえるのはリズムの良い電車の線路を走る音。

何とか昼食を平らげた二人(食べたのは主にクレイヴだが)は席に戻り、ボーっと外を眺めていた。


流れる景色。

出発したときのディラモート周辺の荒野の風景はいつの間にか姿を消し、窓の外には緑色の草原が広がっていた。

所々に草食系の生物が見られ、シャーネルは新しいそれを見つけてはクレイヴに尋ねる。

人が良いクレイヴはそれに面倒臭いと言いつつも、一つ一つ受け答えをするが、次の瞬間にはもう次の質問。


暇を持て余す時間など二人には無く、列車はいつの間にか減速をして停車する態勢に入る。


「あれ?もう着いたの?予定より大分早いみたいだけど・・・」


「ちゃんと大きい都市から大きい都市の間にも幾つか駅が有って、それを中継してようやく目的地へ到着するんだ。

 つまりはここは中継地点の一つ」


クレイヴの言うとおり、まだ第一の乗り換え地点であるインティスではない。

ここもそうだが、インティスからポルトに向かう間にしろ、中継となる駅は幾つも存在するのでその度列車は停車する事になる。


『間もなくシュヴァイナーに到着いたします。

 発車は3時間後となります、お乗り遅れの無いようお気を付けください』


車内のアナウンスによればシュヴァイナーという所に停車するようだ。



「ふ~ん。。。

 だから空席が所々にあるんだね、途中で人が乗ってくるから」


「そういうことだな」


「あっ!!!

 ってことは――――」


シャーネルが何かに気がついたように声を上げ、クレイヴの顔を見る。

その嬉しさを隠せない程の笑顔を見たクレイヴはやれやれといった様に首を横に振って言う。


「・・・だな、座ってばかりじゃ息も詰まるから、一旦降りて見物といくか。

 とは言っても・・・見る物があるかは保障できないからな」


クレイヴはくいっと首を窓の方へ振った。

それにつられて、シャーネルは窓の外を見る。


景色が流れる速度はすでに遅く、列車がもうじき止まろうとしている事が伺えるが

クレイヴが言いたいのはそこではなく、風景そのものである。


その風景はまさに『田舎町』


小さなレンガ造りの家がポツポツと建っており、村の周りは森だらけで、村は山に囲まれた形になっている。

上から見れば恐らく、山が器でその中身が建物、そして今乗っている列車の線路が蓋をしている形に見えるであろう。


「うわぁ~・・・こんなに緑が豊かな所初めて・・・」


シャーネルの口から驚きの声が漏れる。

クレイヴは彼女が落ち込むものかと思っていたが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。


「ホント、何にでも喰らいつくよな・・・」


クレイヴが隣で呟いたのにも気が付かないほど、彼女は速度が徐々に遅くなってゆく自然の景色に見入っていた。


「あ・・・・」


「・・・どうした?」


シャーネルの声に少し間をおいて反応するクレイヴ。

彼はこの場合彼女が『何かを見つけた』のだと言う事位は予測が付いていた、だから何を見つけたかが問題である。

勿論、発見された物のよっては面倒が起こる事になりえない。


「・・・今は森に隠れちゃったけど、一瞬森の奥の木の間から屋根みたいなのが見えたような・・・」


「ん?」


シャーネルが窓の外を指すが、その先の森にあるのは木々だけで、建物は手前の村の小屋だけである。

しかし、もし彼女の言う事が本当ならばその建物はかなり大きいという事になる。


列車から見る分にも、ここいらの木は結構な高さがある。

その木に囲まれた所で、一瞬とはいえ屋根が見えたのならば、少なくとも建物に高さは有ると言うことだ。


そのような事をクレイヴは何気なく考えていた。



しかし、彼はあることに気が付いた。

餌に釣られた動物のように興味ある物にはすっ飛んで行く奴が隣にいる。


停車時間はそうは長く無い。

村や森なんかで迷ってもらっては困る事この上ないのだ。



彼は隣のシャーネルを見る。

刹那、止める事を諦める。


「う~ん、ワクワクしてきたっ!」


眩しいばかりの笑顔を見ると、お人よしなクレイヴは諦めざるを得なかった。


「・・・仕方ないな。

 出発時刻には遅れないように時間にはキッチリと戻るからな。

 時間がきたら何があっても諦める事、いいな」


「は~い」


(返事ばかりは何時も上出来なんだよな・・・)


クレイヴは溜息をついて、会話の内に止まってしまった外の風景に気が付き、席を立った。








『シュヴァイナ駅に到着いたしました。

 発車は3時間後に――――』


二人はアナウンスに耳を傾けつつ列車を降りる。

そこは視界を遮るものが何も無い開放的な駅のホームだった。


もちろん他の客も新鮮な空気を吸おうと後から足早に列車から降りてくるので、少々混雑気味ではあるが。


「ふぅ・・・とりあえずネイラを呼び戻すか。

 空気も綺麗だし、乗り物酔いのリフレッシュには最適だろう」


そう言ってクレイヴは目を閉じる。

3秒間ほど経つと、クレイヴの右手に黒色のエネルギーが集まる。


「闇を司りし神ネイラよ、今再び我が元へ戻られよ」


そのままそう呟くと、右手の黒色のエネルギーが離れ、

地面に降り立つと見る見る人型へと変化してゆく。

変化が起こってからものの数秒で、クレイヴのすぐ隣にネイラが姿を現した。


黒色のエネルギーの正体はネイラの体を形成するエネルギーである。

ネイラの精神はクレイヴの精神内へと向かうのだが、肉体はどうしようもないので、一時的にエネルギーとして主の体へ保存される。

勿論、精霊や神の特殊な体の生成方法を利用した方法なので、人間には応用不可である。


だが、クレイヴの精神内に存在していても体の状態は保存されたまま、つまり今もネイラの状態は―――――


「・・・気持ち悪い・・・・グラグラする・・・」


―――――乗り物酔い真っ最中である。


「乗り物酔いなんてした事ないから分からないけど、

 ここの綺麗な空気吸えばすぐ良くなると思ってな。

 ま、今は我慢だ」


「・・・仕方ないな・・・。

 それにしても、クレイヴの精神内で話は聞いていたが・・・・本当に何も無いな」


ネイラは少しふらつきながらも駅のホームから村を見渡しながらそう言った。


幅はそれほど無いが、ちょうど駅のホームの高さは村を見渡しやすい程の高さである。

いやむしろ、村に何も無さ過ぎるからこの程度の足場があれば見渡せるといった方が良いのか。

要はそれほどまでに全てが簡素であるという事である。


「その『不確かな建物』はこっからじゃ見えないな」


「本当に見えたんだけどな~~。

 いっその事、魔法で空から探しちゃおうっか」


クレイヴとシャーネルがネイラの両隣に立って言う。


「そう焦るな・・・・。

 直接行っても、その建物が何の為にあるのか分からん。

 お土産を買うついでにでも話を聞けば良い」


尤もな事を言っているネイラだが、

今飛んだら色々な意味でマズイという念も込められているように見える。


「あ・・・そだね。

 入ってみて誰かの家だったら物凄く気まずいし・・・」


「それもあるけど、もっと問題点あるだろ・・・・。

 それよりネイラ本当に大丈夫か?」


いつの間にか、ヘタヘタとその場に座り込んでしまっているネイラを目にしたクレイヴが、心配そうに声を掛ける。

あの無口で素っ気無いネイラが、珍しく女の子座りをしてうな垂れているあたり、相当マズイ状況のようだ。


「・・・ここで待つと言っても、どうせ聞く耳を持たないだろうから、付いていく」


「そんな無理しなくても・・・・ほらっ、私が我慢すれば済む話だし・・・」


ネイラらしくない姿をみたシャーネルも少し困惑気味で、終にはシャーネルまでも自分の願望を抑制しようとしだした。

だが、二人同時にらしくない姿を目の当たりにしているクレイヴは更に困惑しているのは間違いない。


「・・・・なに気晴らし程度だ、別に無理はしない・・・。

 ただし、クレイヴ・・・・条件がある・・・」


「ん、何だ?」


急に座っているネイラの眼差しが向けられたのでクレイヴは驚きながらも答えた。


「このままじゃフラフラで歩き難いから・・・・気分が治るまで背中で寝させてくれ」


「・・・・は?

 それってまさか・・・・・・俺がネイラを背負いながら行動するって事か!?」


無言でコクリと頷くネイラ。


「・・・そうしないとネイラが歩けないし、ネイラが歩けないと一人に出来ないからシャーネルが村へ行けないし。。。

 あ~~・・・わかったよ」


あ~だ、こ~だと混乱しつつも、やはり渋々ながらも了解してしまうクレイヴ。

確かにネイラと同じような身長のシャーネルに負ぶわせるのも無理があるし、

それ以前に男がいるのに女性に力仕事を任せるという図は何処から見ても格好が悪いし、プライドが許さない。


そういう訳でクレイヴの体勢は既に負ぶう格好になっている。


「・・・すまんな」


申し訳無さそうにクレイヴの背中にぐったりと体重を預けるネイラ。

ネイラの細く色白の腕がクレイヴの首周りを覆う。


クレイヴとネイラの身長差は十数センチ程で、ネイラも魔族との戦闘では驚異的な力を発揮するが、

見た目は人間の女性と比べても華奢なくらい細いので、前から見たらネイラの姿はスッポリと隠れてしまって

見えるのは細い腕と黒く長い髪くらいである。


「・・・・あ、意外と―――――」


クレイヴが負ぶった瞬間にもらした言葉は。




「重いとか言ったら・・・解っているな?」




気分が悪いとは思えない程の重い言葉によって遮られた。

長閑な田舎の風景が一瞬にして凍りついたような気がした。


人間ではないが、一人の女性としてはやはり美に対して関心はあるようだ。

特に神や精霊は神秘的な美しさが備わっている者が殆どなので、その思いは一入であると思われる。


「・・・・勘違いするなって。

 意外と軽いって言おうとしただけさ」


どうも嘘くさく聞こえるがこれがクレイヴの本音である。

普段の機敏な動きと力強さを見ているので、余計にその軽さが信じられなかったのだ。


「それは普段は重そうだが、それ程でも無かったと言っているのか」


「もう下ろすぞ」


「・・・・・・・ごめん」


クレイヴの少し脅し気味の言葉に、流石に悪いと思ったのか即座に謝る。

変な所では妙に素直なネイラに何処か可笑しさを感じてクレイヴの顔には若干の笑みが浮かんでいた。











「変わったものばっかだね~」


村の中心部、と言ってもちらほらと木造の建物があるだけで、本当に何も無いのだが、シャーネルがまるで別世界を見ているかのように、キョロキョロと村を見回す。

ネイラは依然として元気が無さそうだが、それでも多少なり見慣れないものがあると、時折首だけ動かしてそちらを見ていた。


都会しか見た事のない彼女たちにとっては畑や、鳥の群れ等、ありとあらゆる自然が目新しいのだ。

勿論、依頼で自然が豊かな場所に向かうことはあるが、大抵はそこは戦場になる。

故に目を向けている暇が無いのである。


「ここの人にとってはコレが普通であって、都会の迷路みたいな町並みは逆に見慣れていない。

 まぁ人にはそれぞれの環境があって、それによって目線も変わってくるってことだな」


「・・・たまには真面目な事をいうのだな」


説明口調で話すクレイヴが気に入らなかったのか、ネイラが背中から耳元でわざとトゲトゲしく言った。


「俺は何時も真面目だろ」


「クレイヴはこういう所には着たことあるの?」


首を傾げながら聞くシャーネル。


「ほんの数回だけな、それもガキの頃に」


「ふぅ~ん・・・・あっ、あそこ何か売ってるかな?」


自分から聞いた質問であるにも関わらず、適当に聞き流したシャーネルは何やら小さな売店らしき木製の建物を見つけると一目散に駆け出した。


「お・・・おい・・・・」


ネイラを背負っているクレイヴは、後を追うのがやっとである。








「わぁ・・・・・・」


建物の中に入ると、シャーネルは思わず声を漏らした。


三人の目前にあるのは、木彫りの人形が所狭しと並んでいる棚。

姿形は様々だが、鳥や犬等野生の動物を見て彫っている物が多いようだ。

中には相当昔に彫ったであろうと思われるものもあり、建物の中も所々塵や埃が被っている。


「おや、旅の人ですかな?」


店の奥の方からしゃがれた声が聞こえてきた。

三人は同時にその方向を見ると、一人の小柄な老人が椅子に座っていた。


どうやらここの家主のようだ。


「そうだが、爺さんはここで何を?」


「普段は表の畑で農作物を作りながら、趣味で木彫りを少しな。

 少し・・・・と言っても気が付いたらここの棚が埋まっておったがの、ほほほほ・・・」


「でも趣味でコレだけの物が作れるんなら凄いよね~」


シャーネルが一つの人形を見ながら言う。

 

「ふむ、それで、旅の方はどの様なご用件で?

 見たところお連れの方の具合が宜しくないようじゃが・・・」


「いや、少し乗り物酔いを起こしただけで、問題は無いそうだ。

 それよりもここの先にある山に大きな屋敷は無いか?」


「ふむ、恐らくシュヴァイナー家の屋敷の事じゃの」


「シュヴァイナー家?」


「ここら一帯を開墾した莫大な財産を持つ名家じゃよ。

 ここの村『シュヴァイナ』という名前もそこから来ておる。

 じゃが数年前に家主が病死してしまってな、今は誰もいない屋敷じゃよ。

 少なくとも若いもん三人で尋ねるようなところではないじゃろう」


顎に生えている白い髭を触りながら語る老人。

シャーネルの話は見間違いでは無かったようである。


「なるほどな。。。

 だってよ、シャーネル残念だったな。

 ただの廃墟じゃ、行っても無意味だろ」


クレイヴは厄介ごとが無くなってホッとしたのか少し微笑みながら言った。


「え~~・・・でも明かりが点いてたし~・・・。

 誰もいない訳ないよ」


「明かり?

 真昼間から明かりなんか点けるか?

 つけてたとしても周りが明るくちゃ見えないだろ、作り話しようったって信じないからな」


「ううん、木が高いから影になってよく見えたもん。

 絶対明かりは点いてたっ!」


頬を膨らましながら言うシャーネル。

徐々にエスカレートするシャーネルに対しクレイヴは困ったように頭を掻いた。


「・・・・そうじゃ、確か数年前に妙な噂があったの・・・」


「噂?」


「うむ、その屋敷の執事から主が亡くなったと報告があった後。

 この村の人にとって、シュヴァイナー家の存在は大きな存在じゃったから、そのまま屋敷は残す事になったのじゃ。

 村人も屋敷で働いていた人も、誰一人異議は無くそのとおりになった。

 じゃがな、ある日、村人の一人が屋敷の近くを通る時に、人影を屋敷の奥で見たという報告があったのじゃ」


「それって・・・・」


「村の中では家の金品が盗まれないように出た主の亡霊だという噂もあるが・・・」


「・・・・おもしろそうっ!!!!」


「おい、シャーネル・・・まさか」


「ねぇ、お爺さん!

 私たちがその噂の謎解いてきてあげる!」


「本当か!

 いやぁ~恐れ入った、旅の者でも不気味で近寄ろうとせんかったのに・・・」


「待った、爺さんも勝手に話を進めてもらっちゃ――――」「諦めろ、こうなったら止められん」「・・・っく」


何とか話に割って入ろうとするが、最後は何故か背後のネイラに言われて、抗議を諦める。

ネイラも何気に興味があるのではないかという疑いまで持ったが、口に出すとまた何か言い返されると思い、そこも踏みとどまる。


何時も以上に我慢が多い日だと大きく溜息をつくクレイヴなのであった。


「・・・さっさと歩け。

 3時間しか無いのだろう」


「へいへい・・・・。

 シャーネル行くぞ~」


何に対しても反抗する気力が無くなったクレイヴは、気の抜けた声を発しながら歩を進めるのであった。












さて、村を離れ、早めに歩き20分程。


背の高い木々が立つ森のど真ん中。

所々には葉の間から入る木漏れ日の光もあるが、木々の高さのためか陰の割合のほうが多いように見え、

木漏れ日が無ければ朝なのか夜なのか分からなくなりそうな程である。


そのような場所に建つ立派な門を構えた屋敷には何か幻想的なものさえも感じ取れる。


「・・・・シュ・・・ヴァ・・イナー・・・ここか?」



門の奥に見える屋敷の玄関の上に大きく彫られた『SCHWEINER』という文字を見ながらクレイヴが言った。


「そのようだな」


「わ~、何か素敵。。。

 ここだけ何か別の空間みたいな・・・そんな感じだね」


「・・・話を聞く限り誰もいないのが普通だし、誰かいる気配も無い。

 さて・・・どうするか―――――っておい!!」


屋敷を睨みながら、ここからの行動について尋ねようとしたクレイヴだったが、シャーネルはすでに門を開けて玄関の前まで進んでいた。


「どうするも何も、ここまできたら行くしかないでしょ、皆で!」


そう言って屋敷の扉を両手で勢い良くあけるシャーネル。


「ったく、自分は来たくなかったみたいに・・・・・まぁでも、ここまで来たらだよな・・・・」


「早くしろ、一人進まれてはこちらが敵わん。

 独り言なら後でゆっくり一人でな」


「うおっと・・・それもそうだ」


ネイラの指示を聞いてあわててシャーネルの元へ歩く。


「ん、どうした?」


クレイヴはシャーネルに聞いた、

二人を待って玄関で立っていたシャーネルが、玄関の床をじっと見つめていたのだ。


「・・・埃が積もってない」


「それは扉を開けた勢いで――――」「ううん、明らかに全体的に汚れていないの、まるで誰か住んでるみたいに」


「おいおい・・・勘弁してくれ」


厄介ごとがまた起きる予感が、どうしても止まない。

いや、起きる予感しかしないのだろう、天を仰ぐクレイヴ。


「・・・なかなか面白そうではないか。

 たまにはこういうミステリー的なものも悪くない」


後ろで微笑を浮かべて呟くネイラ。


「それじゃ、しゅっぱ~~つ!!」


「・・・・そういうテンションでいる状況じゃないような気がするのは俺だけか???」


そう言いながら、クレイヴはゆっくりと扉を閉めると、只でさえ薄暗かった辺りは暗闇になった。

それもそのはず、玄関には窓も無く、あったとしても日当たりの悪さから満足いく視界は確保出来ないだろう。


「・・・・・・・シャーネル、灯りを頼む」


クレイヴの落ち着いた声が、まるで屋敷中に響くような感じだった。

それ程静かで音も無く、誰かが住んでいるような気配すら感じられない。


「おい、シャーネ――――」





「・・わっ!」






余りに魔法を使うのが遅いので、クレイヴはもう一度名前を呼ぼうとしたが、

それはクレイヴの目の前10cm程の所に突如現れた顔に遮られた。


だがクレイヴとネイラは動じる事も無く、その目の前に現れた『顔』を白けた表情で見ていた。




「そんな子供騙しで驚く訳無いだろっ」


そう言いながらシャーネルの額にペシッとデコピンをかますクレイヴ。

 

「いった~~~い・・・・・。

 絶対驚くと思ったのに・・・・・」


「遊んでないでさっさと行くぞ!」


そう言うとクレイヴはさっさと額を押さえ痛がっているシャーネルの横を追い越し先へ進む。

するとその拍子にクレイヴの背中から囁くような声が聞こえてきた。




「私は普通に見えてたぞ。

 必死にクレイヴの場所を探している姿が」


考えてみればそうだ、ネイラは闇を司る神で闇の中でも光を必要としないのだ。

つまり、クレイヴを脅かそうと暗中模索していたシャーネルの姿が、

ネイラにとっては丸分かりだった訳であって。




「・・・・・・道理で目が合ったと思った・・・・う~~~~なんで気が付かなかったんだろ~~・・・・」


その時すぐにシャーネルは自分が犯したミスに気が着き、

しゃがみ込んで顔を抑え赤面するのであった。


「シャーネル!恥ずかしいのは分かるけども、早く来てくれ。

 全く見えないから!」


「うぅぅぅ・・・・・・」


「ったく・・・・しかしまぁ本当に立派な屋敷だな。

 何でこんな所に建てたのか理解できなかったけど、この雰囲気を見る限り分からないでも無くなったな」


感心とも言える様な感じでぼんやりと光に照らされた廊下の所々を見ながら歩くクレイヴ。


「このような屋敷に住んでみたいものだな。

 あんな魔法を少し撃っただけで壊れるような家じゃなくな」


「確かにね~」


間髪いれずに嫌味をいうネイラに何の悪気も無いように返事をするシャーネル。


「・・・お前らの魔法に耐えられる家なんか建ててたら、

 予算が幾らあっても足りないだろ」


「あ、それもそうか~」


むしろそのような技術を持った建築士がいるのかさえ定かではない。


「ったく・・・呑気なもんだ。。。

 ん?・・・お・・・・あの部屋は・・・・・」


クレイヴが苦笑いしながらふと目に入った扉。

それは一際大きい扉で、通ってきた廊下にあった他の扉とは、

また違った雰囲気を醸し出していた。


「・・・無難に怪しいところから行ってみるか?

 時間もないからな」


「う~ん・・・お楽しみは最後にっていうのがセオリーなんだけど・・・・。

 そこは妥協しとこ」


「へいへい、ありがたい限りの事だな」


シャーネルの言葉を聞き流しつつ、クレイヴ扉をゆっくりと開けた。

口では軽そうな事を言っているが、目は至って真剣で、何が起きても構わないよう細心の注意を払っている様子である。


「・・大広間・・・みたいだな」


扉の向こう、シャーネルの手から溢れる光にぼんやりと照らされたのは、何も無い大広間だった。

天井にはシャンデリア、床は赤色のカーペットが敷かれていて、ここでパーティを開いたならばさぞかし素晴らしい物になるであろう。


しかし、屋敷の中心にあるようで外と接する箇所は無く、勿論窓なども一切無く、薄暗いその風景は今はただ不気味なだけだ。

更にかなり広い空間のようで左右の壁は何とか見えるが、部屋の奥は一切見えないのでより一層不気味である。



「奥に何かある」


暗闇でも目が見えるネイラがクレイヴの肩ごしに顔を覗かせながらボソリと言った。


「誰かいるじゃなくて、何かある・・・か?」


「ああ、無機物である事は間違いない。

 生気が感じられない。

 ただ・・・・」


「ただ?」


不意にネイラの言葉が詰まったので、思わず聞き返すシャーネル。


「こちらへ向かってきている」


「は?・・・何を言って―――――」


クレイヴはネイラの言葉を冗談だと思い、言い返そうとした瞬間『それ』が視界に入った。


「・・・マリオネット・・・・???」


そう、それは明らかに生物ではない。

生気が感じられない人型の物の至る所に糸が繋げられており、道化師のような格好をしていた。

すぐ上で人が操っているかの様に、少々不安定な歩き方で3人の方へ向かってきていた。


「どういう事だよ・・・」


「ここの主が生前に残したボディーガードといった所か」


「・・・手に物騒なモン持ってる所からしてそうとも取れない事もないな」


クレイヴの言うマリオネットの手には刀身10センチ程のナイフが握られていた。


「道化師にナイフかぁ・・・ここの主趣味悪ぅ~・・・」


「例えばの話だから、主の趣味とは言い切れないって。

 考えてみれば、わざわざこんな奇妙な人形残すよりか村人に頼むかなんかすれば良い話だ。

 そう考えればあれがボディーガードっていう線は薄れるだろ」


クレイヴの言うとおり、ここの主は村人から尊敬の扱いを受けていたので、

村人に頼めば快く了承してくれる事は間違いない。

このような人形を残す必要性は見つけ難い。


が、クレイヴの後ろでネイラが即座に違う意見を出す。


「いやしかし、先程の老人は何処の馬の骨とも分からん旅人に、

 館の調査を依頼するほど警戒信は皆無だった。

 この館の金品を盗み、荒らしてゆくという可能性があるにも拘らずだ。

 この家を守るのが村人達でも、あの人形でも無いのだとしたら、

 ここの主はそれほどこの館に思い入れが無かったのではないか?」


「あのおじいさんがそこまで頭回らなかった・・・とか。

 お願いはされてたけど、そんなお願いは忘れちゃってたとか!

 ほらっ、お年寄りだしっ!」


思いついたように、頭の横に人差し指を立てながらシャーネルが言う。


「シャーネル・・・人をナメすぎだっての。

 あの爺さんは村人で残すよう決めたって言ってただろ。

 それに、まだしっかりしてたよ、あのじいさんは、、、ギリで」


「何気にクレイヴも失礼な発言だ」


ボソッとすかさず呟くネイラ。


「・・・まぁいい!

 ほらもうそこまで歩いて着てるぞ、人形さんがよ」


クレイヴは自分の失言を振りほどくように首を振り、すぐそばまで歩み寄ってきているマリオネットを指差した。


すると、ピタリとマリオネットの足が止まった。

3人のおよそ3mほど前の位置である。


「・・・ん、どうした?

 タイミングよく魔力が切れたのか?

 そんなことが―――――ッ!!??」


止まったマリオネットにクレイヴが近づこうとした瞬間、マリオネットが瞬時に一歩踏み出しナイフを振り下ろした。

今までのゆったりした動きはダミーだったのか、戦い慣れしたクレイヴですらも間一髪であった。


「っとっと・・・と、危ないっ・・・・!!」


バランスを崩しながらもネイラを背負いながら体制を立て直したクレイブに、すぐさま追い討ちをかけるマリオネット。

背中にいるネイラによるバランスの取り難さ、マリオネットの動きの不安定さゆえの独特のリズムの取り難さや動きの早さ等のマイナス要素がクレイヴにとっては多すぎた。


2発目の首を狙った攻撃に対し、状態を反らし避けたクレイヴは、唯でさえ後ろに重心がある状態故大きくバランスを崩した。

倒れはしなかったものの、クレイヴが前を向いた時にはすでにクレイヴの腹部めがけてナイフが突き刺さろうとしていた。


「ちっ・・・」


なんとか避けようとするも明らかに間に合わない。

思わず舌打ちしたクレイヴ、痛みを、いや死を覚悟した。


が、次の瞬間。

クレイヴめがけて突進していたマリオネットはそれより速い速度で横方向へ吹っ飛んだ。


マリオネットの頭があった場所には一つの握り拳。


「ふ~・・・危機一髪だったね~」


マリオネットがピクリとも動かなくなった事を確認してシャーネルが手を払いながら言った。


「っ・・・はぁ・・・悪いっ、助かった」


息を止めていたクレイヴの口から大きく息が漏れる。


「クレイヴのマヌケ」


「って、おいっ!!

 お前が後ろにいなきゃ全部避けるどころか返り討ちにしてたよ!!!」


ネイラからの思わぬ野次に本気で対応するクレイヴ。


「まぁまぁ・・・何はともあれこれで―――――」「シャーネルッ!!!!!」「!!」


ドンッ・・・・と静かな部屋に物と物がぶつかる音。


クレイヴとシャーネルは向かい合っていた。

しかし、シャーネルの背後、先程のマリオネットが倒れていた場所にその物体は無かった。

マリオネットはシャーネルの背中にナイフを突き刺していた。





「・・・おい・・・嘘だろ・・・・」


「まさか・・・・」



クレイヴとネイラが目の前の光景を見て信じられないといった様子で呟く。





「・・・う・・・・・うう・・・・・痛・・・くない?」


一瞬、苦しそうな顔を浮かべたシャーネルだったが、表情はすぐに変わり、不思議そうに自分の腹部をみた。

貫通している様子は全く見られない、地面に流血もない。


シャーネルはすぐに後ろを振り向くと、道化師のマリオネットがナイフの刃の先を指差していた。

3人はその刃に注目すると、マリオネットは『ケケケ・・・』と気味が悪い笑い声を出しながら、刃の先を指で押してゆく。

すると刃が見る見る縮んでゆくではないか。


「・・・玩具」


「騙されたのか俺達・・・」


「う~~~・・・・くっそ~~~!

 捕まえてバラバラにしてやる~~~!」


クレイヴとネイラが哀愁感を漂わせる中、シャーネルは一人マリオネットを追いかけ始めた。


マリオネットは3人の方を向きながら、足を蟹股に開きながらバックでピョーンピョーンと警戒にジャンプし部屋の入り口に向かう。

そして『ケケケ・・・』と笑ったかと思うと、ゆっくりとドアを開けた。


そこには黒いロングコートを着た痩せ型の若い女が立っていた。

髪も同じく黒で長さは腰ほどまであり、色白の肌に整った顔つきで笑みを浮かべている。


「・・・アイツは・・・・」


ネイラが不機嫌そうな声をだした。

クレイヴはこれまでの付き合いでネイラの声の出し方で機嫌が分かっていた。


「どうした?誰か知らないけど・・・・何か問題でも?」


「いや、単に苦手なだけだ」


クレイヴの問いに対し、顔が見えなくてもムスッとした表情でいる事が分かる口調で答えるネイラ。

周りに対して余り関心がないと思われたネイラがここまで嫌う奴とはどんな奴なのか、クレイヴはゴクリと喉を鳴らした。


扉から現れた女は大きく両手を広げると部屋中に響く声でいった。


「よ~こそっ、俺様の館へ。

 二人ともお久しぶりっ!」


軽い口調、クレイヴは拍子抜けしたのか少し表情が柔らかくなる。

第一印象『軽い奴』、ネイラが嫌うと言うのも何となく分かったのであろう。

と、考えると何故シャーネルとネイラが一緒にいるのかも理解できないが、他に理由でもあるのだろうか。


「あっ、よく見たらタナちゃんだ!!」


「た、たなちゃん!?」


シャーネルの呼んだ名前の違和感にすぐさま反応するクレイヴ。

口調こそ軽いものの、切れ長の目等からなるキツメの顔つきのこの女が、そのように呼ばれているのもまた拍子抜けであった。


「おっは~、シャーネルちゃん元気ィ?」


「いや、ちょっと変な人形に襲われてね、ビックリしちゃっ――――あ~~~~!!!

 もしかしてこの人形、タナちゃんの・・・・」


「当ったり~、ゴメンッ驚かしちゃって、ほら未だに噂を嗅ぎ付けて空き巣に入ろうって言う輩が多いからさぁ、追い返すのにアイツを置いて操ってるワケ。

 こっちも、怖がって逃げてくのを見てるの面白いしぃ、ちょっとしたサプライズって事で」


「もぉ~ビックリしたんだから」


「うんうん、さぁ~て片一方は相変わらず元気みたいだけどもぉ・・・・あれ?ネイラちゃ~ん、ご機嫌ナナメ・・・・ってか大丈夫?」


シャーネルの返事に満面の笑みを浮かべながら、クレイヴの元に歩いてきて不思議そうに背中にいるネイラに話しかけた。

ネイラの知り合いでも、やはりこのような姿のネイラは見た事が無いらしい。


「・・・・・少し気分が悪いだけだ、気にするな」


「なら良いんだけどね~、まぁ疲れたらベッドもあるしさぁ、休んでったらど~よ?」


女は二階を指差しているのだろう、天井に向かって頭の横の位置で人差し指を指した。


「お、おいおい、ちょっと待てよ。

 誰だか分からないが、まるでここが自分の家みたいに言ってるけどここの主は・・・」







「知ってるよ、死んでるんでしょ」






クレイヴの声に割ってはいる女の言葉で、場の空気が変わった気がした。


「いやさぁ、ココってさぁ便利なんだよねぇ、山奥で静かだし、大きい都市も結構近いしさ。

 だ~か~らぁ、ここが空いたから借りちゃってんの」


「えっ・・・タナちゃんそれって・・・・」


「シャーネル、この際『それじゃあ、お前が文字通り空き巣だろ』とか無駄に突っ込まない事にするから、何か知ってたら教えてくれ」






「死神」






クレイヴの背中から低い声でネイラが呟いた。






「・・・なんだって?」


「こいつは死を司る神、即ち死神だ」


「そっそ、ネイラちゃん紹介どうもっ。

 俺は死神なワケで、んで都合の良い所で都合の良い時期に・・・ここの主がコロッと逝っちゃったワケ」


軽い口調で身振り手振り添えながら話す女。





「死神ってね、人の死を操ることが出来るって聞いてるけど・・・・」


先程までにこやかだったシャーネルまでもが真剣な表情で話し出す。


「まさかコイツがココの主を・・・・」


まさに場の空気が凍りついた瞬間であった。







「はぁい、はぁい!!!

 止め、やめっ、んなワケないっしょ~?」






一気に空気の塊が砕けるような軽い声。


「死神が人の死を操れるって~のは単なるう・わ・さっ!

 んな事出来たら、もうとっくにもっと大きい屋敷を自分で建ててるっしょ?

 つ~か、あの人形にも持たせてあったっしょ、玩具のナイフ。

 追い払う悪党すら殺せない奴がどうして、何もやってない人を簡単に殺せるワケよ?」






「・・・シャーネル・・・・コイツいつもこんな感じか?」


大きく溜息を吐きながらクレイヴが言う。







「うん、疲れるけど、楽しいよね~」


「疲れるだけの間違いだ」


このシャーネルとネイラのやり取りを聞いて、クレイヴは確信した。

ネイラにとって、シャーネルとこの死神の違い。



それは『疲れる』か『疲れないか』だ。



「どうしてそう悪く言えるワケよぉ?

 それにさぁ俺の名前はコイツじゃなくて『タナトス』っていうんだけど」


「ああ、それでタナちゃんか」


「そそっ」


大きく頷くタナトスと言った女。


「ああ、そうだ。

 神って事は人間と契約してるはずだよな?

 契約主はどこだ?」


「死神は特別なんだよ~」


シャーネルがクレイヴの問いに答える。


「死神はね、契約しなくても肉体を人間界に持てるの。

 ただし、死神は独自に執行する任務があるらしくて、その内容は本人しか知らないの」


「説明ご苦労っ、シャーネルちゃん!

 って~ワケで、こういう風に楽に過ごせる拠点があると楽なワケよ。

 別に任務こなしてもお金もらえる訳じゃないし~、ホント都合が良すぎるねぇここは」


「ま、確かに分からんでもないな」





「あ、あとね。

 すっごい面白いんだけど、こう見えてもねタナちゃんは人間界でいう男なんだよ?」







「あぁそれで一人称が俺なのか・・・・・・は!?」


神にとって性別とは有って無いようなもので、人間界に降りる際にもうらう肉体が男か女であるかの違いでしか無い。

それにしても男には見えない容姿で、白く綺麗な肌や目や鼻の形、それに声まで、まるで女性そのものである。


「シャーネルちゃん、それ言ったら面白く無いしょ~?

 誘惑しておいてやっぱり男でした~、とかやりたかったのにさぁ」


「あっ、ごめ~ん」






「・・・・俺もネイラの意見に大賛同だ」


「うむ」




「疲れの根源でしかないな、コイツは」










一同、現在森の中。


実は電車の出発時間まで時間が無い事に気が付くのは、もうすぐの事であった。












新キャラがついに登場。

もう、軽すぎてついていけない人は頑張ってください。


何があっても彼女、いや彼の性格は変えるつもりは御座いませんので、悪しからず。


彼の今後の活躍に乞うご期待。

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