人生2週目だけど目立ちたくない
二十歳の誕生日、俺は死んだ。
ケーキもなかったし、特別なこともなかった。コンビニで買った安い弁当を片手に、夜の横断歩道をぼんやり歩いていただけだ。
ヘッドライトが近づいてくるのは見えた。けど、体は動かなかった。
走馬灯は、流れなかった。俺の人生なんてそんなもんだった。
次に目を開けたとき、そこは白い部屋だった。
壁も床も天井も、やけにのっぺりとしていて、現実感がない。
「お、起きたか」
声のした方を見ると、男が一人いた。スーツ姿で、どこにでもいそうなサラリーマンみたいな顔。
「ここ、どこですか」
「死後の待合室みたいなもんだな」
軽い調子で言われて、俺はやっと理解した。
「ああ、やっぱり死んだんですね」
男は椅子に座り、足を組んでこちらを見た。
「私は神サマ。まあ信じるも信じないもそっちの自由だけど」
信じる理由はなかったけど、疑う気力もなかった。
俺の人生は、特別良くも悪くもなかった。幼いころのことはあまり覚えていないが、小学生の頃にいじめられて、それ以降は目立たないように、空気みたいに生きてきた。友達も少なく、恋人もいない。大学もなんとなく通っていただけ。
だから、死んだことに対しても、驚きより「まあ、そんなもんか」という感情の方が近かった。
「でさ、お前」
神は気軽に言った。
「ちょっと急に死にすぎ。トラック側のミスだし、正直かわいそう。だからサービス。
人生もう一回やろう」
思考が止まった。
「……もう一回ですか?」
「そう。リセットして最初から。記憶は持ち越しで。『未来を変えちゃいけない』なんてケチなことも言わない。持ち越した記憶で好き勝手したってかまわない。まああんまり幼いころから記憶があると流石に違和感あるだろうし、小学校入学ぐらいからスタートで十分かな」
神は笑った。
「どうする?」
俺は少し考えた。今まで何者でもなかった俺でも、記憶を持ち越す、つまり未来を知っている状態なら、今度は最高の人生を送れるのではないか。
今際の際に走馬灯が流れるような、価値のある人生を。
「……やります」
次に目を開けたとき、俺は小学生だった。
全て覚えている。トラックに轢かれるまでの平凡な20年のことも、自称神と話したことも、同じ両親のもとで同じ生年月日に生まれた2週目の幼少期のことも。
「……マジか」
と同時に恥ずかしさがこみあげてくる。つい先刻まで幼児として未熟極まりない振る舞いをしていたのだ、二十歳の人格では耐えられるわけがない。親におもちゃを泣きながらねだったことも、人目を気にせず騒ぎまわったこともすべて新鮮な黒歴史と化してしまった。
数分悶えていたところで教室に先生が入ってきた。どうやら今から俺たちの入学式が行われるらしい。
「これで、俺はやり直せるのか」
小さく呟いた。
入学式の雰囲気は20歳の俺にはなんだか新鮮で、案外楽しむことができた。
さて、どうしよう。
2週目でも変わらず退屈な校長の話を聞き流しながら、俺は思考する。
俺は1週目で20歳まで、つまり今から10年以上先までの未来を知っていることになる。
クラスの誰と誰が喧嘩して、誰と誰が付き合うか知っている。
大地震が起きる日も、総理が暗殺される日も、全部知っている。
じゃあ、どうする?
自称神は好き勝手していいと言っていた。俺が未来の知識を総動員して自分の都合のいいように未来に干渉しまくったとしても、タイムパラドックス的なものは気にしなくていいのかもしれない。
ただ——
「目立ちたくは、ないな」
出る杭は打たれる、なんて言葉は20年の人生経験で当然学んでいる。年齢に不相応の振る舞いをしすぎれば、悪目立ちして最悪いじめられるなんてこともあり得る。
——いじめ。
動悸が激しくなっていく。
そうだ、俺はこの学校でいじめられていた。
背が高いだけのヒョロガリで弱そうだから。
そんな理由で俺は入学早々からクラスの「強者」たちに目を付けられ、「弱者」として過ごすことを強いられた。
理不尽に殴られた。
教科書は隠された。
陰口は聞こえていた。
1~2年でいじめは収まったが、心の傷は消えなかった。
死ぬまでも、死んでからも。
「大丈夫、これは2週目だ」
自分にそう言い聞かせる。
今の俺はもういじめられてたあの時の俺とは違う。
目を付けられなければいいだけなんだ。
いじめなんてのは一度始まってしまうとなかなか対処が難しいが、そもそもいじめられないように立ち回れば問題ない。
そう、思っていたのだが。
「あれ?」
教科書がない。さっきまで机の上に置いていたはずの教科書が、トイレから戻ってくるとなくなっていた。かつて俺をいじめていたやつらが、こっちを見てくすくすと笑っている。
息が、苦しくなる。
結局全部、前と同じだ。
俺は知っている。
これがどこまで続くかも、どうやって終わるかも。
そして、あのときの自分が何もできなかったことも。
1週目ではここで俺が過剰に反応し、いじめっ子はそれを面白がっていじめがエスカレートしていった。
じゃあ今回は?
反撃するか?訴えるか?
——目立つ。
その瞬間、選択肢は消えた。
俺は“普通”でいないといけない。
結局、俺はただ耐えることしかできなかった。
家に帰って、布団に潜る。
「……違うだろ」
呟きが、やけに重かった。
俺は思い出す。
死ぬ瞬間、何もなかったこと。
——このままじゃ、また同じだ。
翌朝、俺はいじめっ子を呼び出した。
自分のトラウマと、向き合う。
「おれに嫌がらせをするのは、やめてほしい」
俺はできる限り堂々とした態度で、激しくなる動悸を押さえつけながら話しかけた。
「……あっそ」
彼は少しの間俺の顔を見つめた後、そう呟いて立ち去った。
呼吸はもう、落ち着いていた。
いじめはその後も数日は続いた。
しかし冷静に考えると相手はまだ小学校に入学したばかりのガキ、対して自分は20歳の大人である。
彼のちょっかいに本気になるほうがおかしい。
無視し続けていたら興味がなくなったのかそのうちいじめはなくなった。
初勝利である。
俺は20年間勝てなかったトラウマを克服することができたのだ。
「機会を与えてくれた神様にも感謝しなきゃね」
今日ぐらいはあの自称神に「様」をつけてやってもいいだろう。
微笑みながらふと、俺はそう思った。




