氷の公爵様、私の前でだけ蕩けるような顔をするのは反則です!
「……公爵閣下、あまりジロジロ見ないでください。顔が熱くなります」
「困ったな。私の方は、君を見ていると胸の奥が熱くて仕方ないのだが」
夜会。
煌びやかなシャンデリアの下、社交界で「氷の公爵」と恐れられるセドリック・アルフォードは、私の耳元でわざとらしく甘い吐息を漏らしました。
周囲の令嬢たちは、遠巻きに彼を見て溜息をついています。
彼らの目には、今日もセドリック様は冷徹で、氷の彫刻のように近寄りがたい完璧な美貌の持ち主に見えているのでしょう。
でも、違うのです。
この人は、私にだけ──。
◆〜序章:氷の公爵の“裏の顔“〜◆
ルルリア・エヴァンス。それが私の名前です。
没落寸前の伯爵家の娘である私が、救済という名目で、若き天才政務官であり北部の最高権力者であるセドリック様と婚約したのは半年前のことでした。
当初、私は震えていました。
「彼は感情を持たない」
「敵対する者は視線だけで凍りつかせる」
そんな噂ばかりを耳にしていたからです。
ところが、初めての顔合わせの席。
二人きりになった瞬間、彼は椅子から滑り落ちるようにして私の前に跪き、私の手を取って、とろけるような……まるで春の陽だまりに溶ける蜂蜜のような笑顔でこう言ったのです。
「やっと会えた、ルルリア。君を独占するためなら、私はこの国を敵に回してもいいと思っていたところだ」
……それからというもの、私の日常は彼の“反則的な甘さ“に振り回されっぱなしなのです。
◆〜第一章:執務室での誘惑〜◆
ある日の午後、私は差し入れを持って彼の執務室を訪れました。
ドアの外には、緊張感に包まれた騎士たちが直立不動で並んでいます。
「失礼します、セドリック様。お茶をお持ちしました」
私が声をかけると、机に向かっていたセドリック様が顔を上げました。
その瞬間、部下の騎士たちに向けていた鋭い眼光が、まるで魔法が解けたかのように一変します。
「ルルリア! 来てくれたのか」
彼はペンを投げ出すように置き、大股で歩み寄ってくると、私の腰を抱き寄せてソファに座らせました。
「お疲れのようでしたので……」
「ああ、疲れていた。だが、君の顔を見たら一瞬で癒やされたよ。ルルリア、もっと近くへ」
彼は私の膝に頭を預け、いわゆる“膝枕“の姿勢になりました。
社交界の女性たちがこれを見たら、泡を吹いて倒れるに違いありません。
なにしろ、舞踏会では女性と一定以上の距離を詰めることすら許さず、令嬢が袖に触れただけでその場の空気を凍らせる男なのです。
そんなセドリック様が、人前では決して見せない無防備な姿で、恋人の膝に頭を預けている──それはもはや事件でした。
「セドリック様、どなたかが入っていらしたら……」
私が小声でそう言うと、彼は一度だけ執務室の扉へ視線を走らせました。
次の瞬間、テーブルの上に手を伸ばし、小さな魔法具に触れます。
かちり、と静かな音がして、扉に施された鍵と結界が同時に作動しました。
外からは、誰がどれほどノックをしても気づかれない仕組みです。
「鍵はかけた。今は、私だけの時間だ」
それは欲情からではなく、自分の“裏の顔”を、他人に見せるつもりが一切ないという、彼なりの配慮であり独占でした。
彼は私の手を自分の頬に寄せ、すりすりと甘えるように擦り寄せます。
普段の冷徹な彼からは想像もできない、とろんとした、蕩けるような表情。
長い睫毛が伏せられ、熱を帯びた瞳が私を見上げます。
「ルルリア、君の匂いがする。……好きだ。愛しているなんて言葉じゃ足りない。どうすれば、私のこの重すぎる想いが君に伝わるだろうか」
「……その、顔です」
「ん?」
「その、蕩けるようなお顔。反則です、と言っているんです。心臓に悪いわ」
私が顔を赤くしてそっぽを向くと、彼はクスクスと喉を鳴らして笑い、私の指先に甘く噛みつきました。
◆〜第二章:夜会の“鉄壁“〜◆
そして冒頭の夜会に戻ります。
セドリック様は、私以外の人間に対しては、相変わらず“氷壁のような存在”です。
「公爵閣下、次回の通商条約の件ですが……」
「後日にしてくれ。今は婚約者との時間を楽しんでいる」
話しかけてきた貴族を、セドリック様は一瞥で黙らせました。
その氷点下の視線に、相手の貴族は青ざめて退散していきます。
「セドリック様、もう少し愛想を良くなさらないと」
「必要ない。私の愛想は、一生分すべて君に予約してあるからね」
そう言って、彼は私の腰を引き寄せ、耳たぶを甘く食みます。
会場の隅、柱の陰。
人目があるようで、ギリギリ見えない絶妙な位置。
「ルルリア、今夜は帰したくない。……いや、もう一生、私の城から出さずに閉じ込めてしまいたい」
彼の瞳は、独占欲で熱を帯びていました。
それは、私だけが知っている、彼の執着と愛情の証。
冷たい氷の仮面の下で、私への情熱だけが異常な温度で燃え盛っているのです。
「……公爵様。そんなお顔をなさるなら、私も、覚悟を決めなければなりませんね」
「覚悟?」
私は彼の胸板に手を置き、背伸びをして、彼の耳元で囁きました。
「今夜は、お部屋に伺ってもよろしいですか?」
その瞬間、セドリック様の顔が劇的に変化しました。
驚愕、そして歓喜。
頬が上気し、瞳は潤み、口元はだらしなく緩んで──。
「……ああ。ああ、ルルリア。……君は本当に、私を狂わせる天才だ」
氷の公爵は、今や一人の“恋に溺れる男“の顔をして、私の手を握りしめました。
◆〜結末:溶けない氷、消えない熱〜◆
馬車の中、彼は私の肩に頭を預け、ずっと幸せそうに微笑んでいました。
外から見れば、鉄の規律を守る冷徹な公爵を乗せた馬車。
けれどその中は、甘い甘い──とても甘い砂糖菓子よりもさらに甘く、熱い空気に満ちています。
「ルルリア、もう一度言ってくれ。部屋に来てくれると」
「……はい。ですから、そんなに嬉しそうに笑わないでください。恥ずかしいです」
「無理だ。君が可愛すぎて、顔の筋肉が制御できないんだ」
“氷の公爵“という二つ名は、もう返上すべきかもしれません。
だって、私の前での彼は、世界で一番熱くて、世界で一番甘い、私だけの“蕩ける公爵様“なのですから。
「愛しているよ、ルルリア。死ぬまで、君にだけはこの顔を見せ続けよう」
月の光が差し込む馬車内で、彼はまた、あの反則的な笑顔を見せたのでした。
〜〜〜fin〜〜〜
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シリーズ『異世界恋愛の短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。




