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短編まとめ  作者: 高橋 淳


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4/5

私が私の為に生きることは悪いことだったの?

なんとも言えない出来です…

その朝、鏡の前に立った私は、いつもより長く自分を見つめていた。


王太子の婚約者。

敬虔で、慎み深く、決して波風を立てない令嬢。

そう“見られている”自分を。


侍女が下がり、部屋に一人きりになる。

私は無意識に、胸元の小さな聖印に指を触れていた。信仰の証。教会から贈られたものだ。


そのとき、鏡の中の私が、先に瞬きをした。


「……?」


遅れたのではない。

私より先だった。


『相変わらずね』


声がした。

私の声だった。


喉がひくりと鳴る。


『その顔。何も知らないふりをして、平然と残酷な行いをした人の顔』


鏡の中の私は、静かにこちらを見ていた。


「……あなた、誰?」


『あなたよ』

『正確には、あなたな捨て去った良心』


心臓が早鐘を打つ。


『ねえ、覚えてる?聖女が“異端の疑い”をかけられた夜』


空気が、冷えた。

覚えている。忘れるはずがない。


あの夜、城は異様に静かだった。


『本来なら、あの時殺されてもおかしくなかった。』


鏡の中の私が淡々と言う。


『でも、出来なかった。彼女は“奇跡を起こした”から』


奇跡。病を癒やし、枯れた畑に芽を出させた力。


『本物か偽物か、断定できない存在を殺すのは怖い』

『だから彼女は隔離された。保護という名の、猶予』


修道院送り。それが意味するものを、私は知っていた。


「……だからって、私に何の関係があるの」


声が震える。

鏡の中の私は、少しだけ目を細めた。


『関係しかないでしょう』


廊下の情景が、脳裏に蘇る。

夜更け。忍び足。荒い呼吸。


『彼女は、王太子の元には行けなかった』


当然だ。

王太子が彼女を庇えば、

“王権が神を脅かそうとしている”と断じられる。


最悪の場合、共倒れ。


『神官の元にも行けなかった。異端審問を主導していたのは、彼らだから』


助けを求めること自体が、無駄になる。


『だから――』


鏡の中の私が、一歩近づいた。


『最後に残ったのが、あなた』


胸が、詰まる。


『王太子の婚約者で』

『教会からも信心深いと評価されていて』

『どちらの陣営でもない』


私は、あの夜の自分を思い出す。

扉の前で、立ち尽くしていた私を。


『あなたの一言は、権力者の横槍じゃなく、“第三者の証言”として扱われるはず。』


だから扉が叩かれた。


『彼女は、泣いていた』


あのとき私は、扉の前に座り込んで、動かなかった。

鏡の中の私が、静かに言う。


『あなたは気づいていたはずよ』

『彼女が消えれば、王太子の視線が、完全にあなたに戻ること』


胸の奥が、じくじくと痛む。

否定できない。


『奇跡を起こすたびに、あなたの存在は目立たなくなった』


民衆の喝采。王太子の微笑み。

それが、自分に向けられなくなっていたこと。


『彼女が異端と呼ばれたとき。』


鏡の中の私が、こちらを見据える。


『あなた、ほっとしたでしょう』


私は、息を呑んだ。


『彼女が消えれば、あなたは何もしなくても、再び“選ばれる側”に戻れる』


扉の向こうで、彼女は泣いていた。

でも私は、その声を、


『煩わしいと思った』


言葉が、突き刺さる。


『今ならまだ助けられる』

『そういう思いもあったのに。』

『でも何より、』


鏡の中の私が、微笑んだ。


『彼女がいなくなれば、あなたは安心できると思った。』


私は、何も言えなかった。

沈黙は、恐怖からでも、無力さからでもない。

選択だった。


『だから、扉を開けなかった』

『だから、声を上げなかった』


その結果、彼女は修道院へ送られた。寒くて小さくて、ボロボロの修道院へと。

『あなたは、直接罪を犯したわけではない』

『誰も殺していない』


 鏡の中の私が、一歩近づく。


『でも、誰かが消えることで、自分の居場所が守られると知って、それを受け入れた』


 喉が、焼けるように痛む。


『その感情を、あなたは持ちきれなかった』


 だから。


『嫉妬も』

『安堵も』

『あの夜、眠れた自分も』


すべて、切り離した。


『それを引き受けたのが、私』

『あなたの良心と罪悪感』


鏡が、静かに歪む。


『ねえ、もう分かるでしょう』


白い手が、こちらへ伸びる。


『あなたは、なにもしなかったのではなく、ただ、醜い本音を隠そうとしたの。』


世界が反転する。


次に目を開けたとき、

鏡の前に立っていたのは、わたしだった。


誰も、何も疑わない。

当然だ。


この世界が必要としているのは、選ばれ続ける“清らかな私”。


罪を犯して、その罪悪感から逃げ出した私は、最初からここにいるべきじゃなかった。

これから永遠にここで過ごすのだ。誰にも迷惑をかけることなく、たった1人で。

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