星屑の姫様と、
二人称小説に挑戦
かつては栄華を極めた公爵家の屋敷は、今や崩壊を待つ骸として、世界の果てに取り残されていた。外の世界では「ことわり」が摩耗し、空の色は剥げ、人々は自分が誰であるかも忘れて消えていく。
その埃まみれの寝室で、お嬢様はあなたの袖を震える手で掴んでいた。
「ねえ、約束して。明日も私の名前を忘れないと。私を置いて、光の射す方へ行かないと。」
彼女が恐れているのは死ぬことではない。あなたが、自分という存在を「なかったこと」にして去ってしまうこと。その恐怖が、彼女に禁忌の扉を開かせた。彼女は古びた魔導書を紐解き、天に輝く星々の持つ世界の記憶と真理そのものを地上へ引き摺り下ろす禁術を使用した。
「忘れるくらいなら、壊してあげる。世界も、あなたも。」
地下室に眠っていた銀のナイフで切り裂いた夜空から、一つ、また一つと星が零れ落ちた。
お嬢様は捕らえた星を、冷めたスープを飲むように、無造作に口へと運ぶ。
星を一つ食べるたびに、世界から「春の柔らかな風」や「美しい花の色」といった要素が一つずつ欠損していく。彼女の瞳は徐々に人間らしい光を失い、代わりに宇宙の深淵のようなドロリとした闇が宿り始めた。
「見て、身体がこんなに熱いの。もう、私一人じゃ歩くことさえできないわ」
世界のことわりを、膨大なその魔力を摂取した彼女の肉体は、もはやあなたの献身的な世話なしでは形を保てないほどに壊れていた。
彼女はあえて、一人では生きられない欠陥品へと自らを造り替えたのだ。
あなたは彼女を介護し、その狂気を支えるしかない。
逃げたくても、どこにも行くあてがないあなたは、残るしかないのだ。どのみち世界は壊れかけている。
二人は、終わりのない心中へと足を踏み入れた。
数えきれないほどの星を飲み込んだ末、彼女の背中からは異形の四肢が蠢き、皮膚の下では制御不能な知識が脈打っている。かつての可憐な面影は、肥大化した影と、鋭すぎる牙の奥に埋没した。
鏡に映る自らの醜悪な姿を見て、彼女は狂ったように笑う。
「ひどい姿でしょう? でも、こうなったのは全部、あなたが私を一人にしようとしたせいなのよ」
その言葉は、鋭利な刃となってあなたの心に突き刺さる。公爵家が没落したとき、逃げようとしたことを思い出したからだ。
彼女は美しかった自らをあなたのために醜くすることで、あなたに「一生消えない罪悪感」を植え付けた。
あなたが優しければ優しいほど、この化け物を見捨てられないという地獄。彼女にとって、あなたの後悔こそが、自分を忘れさせないための最強の鎖だった。
ついに、最後の星が飲み込まれた。
世界からすべての形が消え、視界は無に帰す。かつてお嬢様であった「それ」は、もはや話すこともままならず、唸るような声を発し続けていた。それは、あなたがどこへ逃げても、たとえ死んで別の誰かと生まれ変わっても、耳の奥で鳴り続ける呪いの音となるように感じられた。しかし、その音を聞きながら、あなたは彼女の脈動する異形の肉体に顔を埋め、かつてない安らぎを感じていた。
「嬉しい……。あなたはもう、私なしでは生きられない。私も、あなたなしでは形を保てない」
周囲から見れば、あなたは化け物に捕らわれた哀れな犠牲者だろう。しかし、あなたの瞳には、恍惚とした光が宿っている。彼女が世界を滅ぼしたことで、あなたの帰る場所は奪われた。そして、彼女をこれほどまでの怪物にしたのは自分だという「特権的な加害意識」が、あなたを最高の多幸感で満たす。
話せないはずの彼女の声が聞こえる。
「ずっと一緒よ。あなたが死んでも、その魂を私が食べて、私の中で永遠に生かしてあげる」
それは世界で一番醜く、けれど二人にとっては世界で一番甘い、永遠に終わることのない「心中」の完成だった。




