監視社会に革命を
街は「共感」という名の監視下に置かれている。
今となっては昔の人間たちが作り上げた高度な情報網は、世界中のあらゆる場所にある「眼」と「耳」をリンクさせ、人々の脳内に24時間、どこかの誰かの絶望を流し込み続けていた。
レンは、自分の視界に浮かぶ透明な数値を眺めていた。
自分が今日、一切れのパンを食べ、1の満足を得る。その裏側で、世界のどこかの99人が犠牲になっているという「収支報告」。
人間が作ったこの残酷なシステムは、頼みもしないのに「お前の幸福は誰かからの略奪だ」と突きつけてくる。
「んなの教えてと頼んだ覚えはないのに。いいから、もう黙っててよ」
レンは耳を塞ぐが、音は頭の中に直接響く。
街を行き交う人々は、みな一様に笑っている。
悲しすぎる現実を見せられ続けた結果、彼らは壊れないための手段を選んだ。口角を無理やり引き上げ、どんな悲報を見ても「笑っているように見える」よう顔を固定する手術を受けている。
「そしたら辛い時や悲しい時も、何事もないように笑えるよ」
レンはそんな人々を見て吐き気がした。
自分をやっていくために、自分自身の感情を殺さなきゃいけないなんて、一体誰がこんな「素晴らしい世界」を作ったんだ。
レンは、かつて神と呼ばれた存在を想い、空を見上げる。
人間たちが技術に溺れ、自分たちで自分たちを縛るような「眼」を作り、互いの首を絞め合っているというのに、空の上の主は何も言わない。
「子のオイタを叱るのが、あんたの務めだろ」
レンは拳を固める。
勇気を持って、この狂ったシステムを止めてくれ。好きなようにこの世界を壊して、やり直してくれ。
だが、雲の上は静まり返り、今日もどこかで命が消えたという通知だけが、無機質にレンの視界をよぎる。
レンは、ふと、自分の足元を見つめる。
この街の地面の下には、無数の光ファイバーが血管のように張り巡らされ、自分たちの意識を「世界」へと繋ぎ止めている。
ふと、レンは気づいてしまう。自分たちがこの「人間が作った地獄」を甘んじて受け入れ、死んでいくとき、その空いた席に座らされるのは誰か。
「次の命が産まれた時、また同じ地獄を歩かせるのか?」
今はまだ名もなき、未来の命。
その無垢な魂が、生まれた瞬間から他者の不幸の上に自分の人生が成り立っていることを叩き込まれ、自分と同じように「見たくないもの」を見せられ続ける。その連鎖を想像したとき、レンの心に初めて、自分以外の何かのための激しい拒絶が芽生えた。
もし人間が、そしてこのシステムが、どこまでも「すべてを見ろ」と強いるなら、自分はそれとは正反対の「たった一つの盾」になろう。
レンは都市の地下へと潜り、接続回路をすべて物理的に切断した。
それは社会から見れば「反逆」であり、一種の「罪」だ。
けれど、世界の悲鳴に塗り潰される前に、新しい命が自分自身の心を守り、本当の意味で自分を幸せにできるよう、レンは祈るように地下へ入り口を覆い隠した。
作業を終えたレンは、静かになった部屋で自分の二つの眼を閉じた。
耳を澄ませば、もう世界の絶叫は聞こえない。聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。
「僕の眼は二つしかないから」
それでいいんだ。
世界を救うことはできなくても、たった一人の自分、そして次に続く誰かを幸せにする機能。
それだけで、人は生きていけるはずなのだから。
レンは、人間が作った「素晴らしい世界」から、静かに、けれど決定的に決別した。




