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短編まとめ  作者: 高橋 淳


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1/5

俺のことが好きなんでしょ

さぐら様(@sgr12039)の漫画にインスパイアされて執筆しました。

魔王討伐という長い旅の終わりが見えてきた頃、俺は確信していた。

隣を歩く聖女マリアが、俺という存在に深く、修復不可能なほどに溺れていることを。

彼女は隙あらば俺の腕にしがみつき、春の陽だまりのような笑顔で「エド様、今日も素敵です」「魔王を倒したら、二人でどこへ行きましょうか」と、壊れた楽器のように愛の言葉を奏で続けていた。

正直、鬱陶しい。だが、悪くはなかった。


マリアはこの二年間、狂気的なまでに俺に執着していた。先ほどの例に加えて、移動中の馬車では常に俺の腕にしがみつき、宿屋では俺の部屋の前に座り込み、戦場では涙を浮かべて俺の無事を祈る。

「マリア、離れろ。邪魔だ」

冷たく突き放しても、彼女は「ごめんなさい、でも貴方の顔を見ると安心するんです」と、縋るような瞳で俺を見つめ返してきた。

俺は、彼女が自分に依存しているのだと信じて疑わなかった。

俺は一度も彼女の手に触れ返すことはなかったし、甘い言葉に応えたこともない。鼻で笑い、冷たい視線を向けるだけ。それでも彼女は、拒絶を「照れ」か何かと都合よく解釈し、より一層甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。

(ああ、こいつは俺の所有物だ)

俺はそう結論づけていた。

わざわざ愛を囁き返す必要はない。冷たくあしらい、優位に立っている今の関係性が心地よかった。魔王を討伐し、英雄となった暁には、泣いて縋る彼女を渋々受け入れてやるつもりだった。それが、俺に献身を捧げ続けた彼女への「褒美」だと信じて疑わなかった。

そして、魔王の首は落ち、俺たちは凱旋した。


魔王を討ち果たした後の祝杯は、俺にとって「勝利」以上の意味を持つはずだった。

絶望的な異世界に放り出された娘が、自分を守ってくれる最強の男に恋をする。よくある話だ。

俺はあえて彼女を突き放し、絶望と希望を交互に与えることで、彼女の忠誠心と恋心をコントロールしているつもりだった。

彼女の献身は、俺という「個」への絶対的な崇拝だと。


王の間。英雄としての恩賞を問われた時、俺は隣の彼女を見て、心の中で嘲笑った。

(さあ、言え。俺のそばにいたいと。一生離さないでくれと、王の前で泣いて願え)

だが、俺の視界に入った彼女の横顔には、二年間一度も見たことのない、冷徹なまでの「清々しさ」が宿っていた。

「私の願いは一つ。この世界との縁を切り、今すぐ元の世界へ帰していただくことです」

弾んだ声が、静まり返った広間に響く。

俺の手から、彼女の温もりが微塵も残らず消え去った。


「……は?」

俺の口から漏れたのは、英雄に似つかわしくない間抜けな声だった。

隣に立つ彼女を見る。二年間、俺の腕にしがみつき、耳が痛くなるほどの愛を囁き、俺の冷たい拒絶にすら幸せそうに微笑んでいた女。

当然、ここでの答えは「エド様と一緒にいたい」だと思っていた。俺はそれを、どんな顔で、どんな尊大な態度で許可してやろうかとそればかり考えていた。

しかし、彼女は一度も俺を見なかった。

その横顔は、恋に浮かれた少女のそれではなく、ようやく長い重労働から解放された労働者のような、あるいは悪夢から覚めた直後のような、どこか虚脱した、それでいて清々しいものだった。

「聖女よ、本当に良いのだな? 此度の大功、望めばこの国の王妃の座すら……」

王の言葉を遮るように、彼女は深く頭を下げた。

「はい。一刻も早く、元の場所に帰りたいのです」




「……正気か、マリア。お前、あんなに俺のことを……」

王宮の回廊で彼女を引き止めた俺に、彼女はかつてないほど他人行儀な、それでいて憐れみに満ちた微笑みを向けた。

「ああ、ごめんなさい。……最後に一つだけ、謝らなきゃいけないことがあって」

彼女は俺の頬に、手を伸ばした。慈しむような指先。だが、その瞳は俺の奥にある「何か」を見ていた。

「エド様。貴方、あっちの世界で私が残してきた婚約者に、驚くほどそっくりだったんです。……声も、背格好も。だから、どうしても貴方を彼だと思って、甘えてしまいました」

彼女の瞳から、俺を映していた光が消える。

「でも、偽物を見ていれば見ているほど、本物に会いたくなってしまったんです。……さようなら、英雄様。今までありがとう」


聖女の願いは早々に叶えられることになった。早速宮廷魔法使いが呼ばれ、準備が進められた。


そして、魔法陣が激しい光を放ち、広間を飲み込む。

俺は手を伸ばした。だが、指先が触れる直前に気づいてしまった。

二年間、俺は一度も彼女の手を握り返さなかった。彼女の愛を利用し、あぐらをかき、優越感に浸っていた。そんな男に、今さら引き止める言葉などあるはずがない。

自分に彼女を引き止める資格も、名前を呼ぶ権利さえないのだと、今さら、殺意のような痛さで理解した。

光が収まったとき、そこにはもう、春の陽だまりのような香りは残っていなかった。

聖女は最後まで振り返らず、俺の人生からログアウトした。


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