第七話:ため息と嘘
今の現場は家から数十分の距離。時計は七海を見送って七時半。八時半出勤だし、まだ一時間ある。ソファに横たわってスマホを開く。
「気をつけて行くんだよ。特に足元」
よく転ぶし、よくぶつかる七海にLINEを一件送る。たぶん目の前のポケモンに夢中で、俺の言葉なんて届かないんだろうけど。
「どうした、ぽん」
ぽんずが勢いよくソファに飛び乗った。いいところに入って「うっ」と小さく声が漏れる。俺の腹の上で足場を踏み固め、くるくる回って丸くなる。朝飯も食べたし二度寝するだろうとは思っていたが――そこか。
起こすのも忍びなくて、家を出るギリギリまでそのままにしておくことにした。
ぽんずが膝や腹にいると、暖かくて眠くなる。
気づいたときには、リビングの時計が十時を指していた。見間違いかと飛び起きても、針は巻き戻ってくれない。
「……やっちまった」
いつの間にか俺の腹から自分のクッションへ移動していたぽんずを睨む。
「帰ってきたら覚えとけよ……ぽんず」
深いため息と一緒に支度をする。作業着に着替え、早めに温めすぎた湯をもう一度温め直して水筒に入れる。急ぐわけでもなく、冷蔵庫から魚肉ソーセージを一本抜いて、荷物を持って靴を履いた。
愛車のエンジンをかけると、ブォン、と不穏な音がした。年に二、三回は止まったり、かからなくなったりするくせに、もう二十年近く一緒だ。中古車だったこいつを親父が買ってくれたけど、何歳なんだお前――。
そんな、どうでもいいことを考えているうちに現場へ着く。近くの駐車スペースに停め、けだるげに車を降りた。
「あれ、山本さん。体調不良かと思いましたよ」
白井にそう言われ、思わず頬をかく。
「悪い。車が調子悪くて遅れた」
「もー、次からは一言連絡くださいね」
見逃してくれた声が、胸に痛い。
俺の悪い癖だ。すぐに嘘をでっちあげて、自分は悪くないふりをしてしまう。七海が「そこが嫌い」ってはっきり言ったほど、深刻な癖。
「もうちっとマシな嘘つけ。ウチの若いのの方が、まだ立派なもんだ」
「ちげぇねぇ」
近くの職人たちが、聞いていたみたいに嘲笑する。
たった数人規模で回してる現場には、有給も土曜もない。どんな理由であれ休めば、そのぶん給料が引かれる。大工をやっていた頃は、高校中退してからの数年でも年収が五百万近くあった。休んだって俺一人の問題で、給料が下がっても気にしなかった。
だから親方だった親父に、なんて嘘をつけば休ませてもらえるか――そんな、しょうもないことばかり考えていた。
「気にしなくていいですよ。あの人たち、山本さんが何やっても文句ばっかりじゃないですか」
気休めでも、そう言ってくれる白井に罪悪感が湧く。
言い訳と嘘ばかり吐いて、何もできない俺には当然の報いだ。
握った拳が震える理由も、きっと寒さでかじかんでるだけ。
そう自分に言い聞かせながら、先に歩いていく白井の背中を見ていた。




