第五話:抹茶ラテ
壊れそうな七海の表情や仕草が、ずっと脳裏に張りついている。
食べ終わって食器を片付け、俺が洗い物をしている間も、当の本人はリビングのソファで経営の本にかじりついたままだ。俺が悪い予感に、普段使わない頭を必死に回しているなんて、思ってもいないだろう。
「アイス食べる?」
そう声を掛けても、「ん~」と生返事。食べるんだか食べないんだか、分かったもんじゃない。
中途半端な返事は聞き流せって、俺に教えたのは七海だ。
だからその顔のまま放っておいたら、案の定しばらくして――「あれ、アイスは?」と待ちきれなくなってキッチンにやってきた。
「食べるんだか食べないんだか、よく分かんないから放置してた」
素直にそう言うと、七海は一瞬だけ口を尖らせて、
「じゃ、いいや~」
そそくさと二階の寝室に上がってしまった。
「はぁ……素直に渡せばよかった」
冬のアイスもまた格別だと言っても、体を冷やしたら意味がない。周期もそろそろだったはずだし、なおさら暖かくしてほしい。
だから俺は青汁を豆乳で割って温めていた。俺は牛乳派だけど、こうするとホットの抹茶ラテみたいで、洒落ててうまい。
そんなことを考えたって、もう遅いのに。
二つ並ぶおそろいのマグカップを見つめながら、俺は自分の分までスプーンでかき混ぜていた。俺は猫舌じゃないのに。七海のために冷ます動きが、もう体に染みついてる。いつの間にか癖になっていた。
朝、早く温めてやろう。そう考えながら、冷めきるまでの間だけ、小さなボールに保冷剤と水を張って、ラップをしたマグカップを沈めた。冷えるのを待つあいだ、ぼーっと歯を磨く。
用事を済ませて、ぽんずがリビングで転がって寝ているのを確認して、そっと電気を消す。寝室へ向かうと、そこは真っ暗だった。唯一、サイドテーブルの暖かい光だけが淡く降り注いでいる。
「めずらしい。ピル飲んだ?」
普段は「寝室」と言っても自分の部屋へ帰ってしまう七海が、昔まで毎日一緒に寝ていた二人の寝室に、静かに横たわっていた。
「飲んだ」
よく飲み忘れるから、その一言にほっと胸をなで下ろす。
飲み忘れが重なった月末は、情緒の浮き沈みがひどい。何より、まとめて飲んでしまった日の七海は、本当に死にそうな顔で吐き気止めとロキソニンを口に押し込んで仕事に行く。心配で仕方がない。
「いつもありがとう」
俺が布団に潜り込むと、暑いくらいだった。枕元のコンセントを見る。電気毛布がMAXになっている。
急いで来た俺に、七海の小さな声が届いた。
「あいしてるよ」
俺は汗っかきだから、弱めの暖房をタイマーでつけていたほうが眠れる。七海は寒がりで、暖房はつけずに電気毛布のほうが落ち着くらしい。
正反対だけど、二人で寝るときは、互いの体温だけでよく眠れる。
「……あいしてる」
俺も小さく返すと、七海はもう眠りかけていた。眠りに落ちるのが早くて、深い。――きっと俺を待っていたんだ。
優しく頭を撫でると、すぐに寝息が聞こえる。
俺は七海の後ろ髪を見て、しばらく眠れない夜を過ごした。




