表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉の輿に乗った派遣施工管理と、眩しすぎる彼女  作者: 伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/23

第四話:寒ブリ

 湯気の向こうで、七海はいつも通りの顔をしていた。


 「それでさ、潮田ちゃん、もう基本情報の資格取ったんだって〜。早くない? 私、同じ文系卒だけど入社半年じゃ取れなかったよ。優秀やねぇ。期待の新人」


 七海は自分の話より、後輩や先輩の話をよくする。

 周りを見ているってことなんだろうけど、七海の場合はそれだけじゃない。


 俺は、七海の口から出る人間は全員、七海の中で「ライバル認定」された相手なんだと思っている。


 大学時代の七海は、特にそれが顕著だった。


 同期には、予備試験経由で司法試験一発合格の化物。

 大学生をやりながら副業を六つ掛け持ちして、人気アイドルのマネージャーに就任、武道館ライブまで成功させた化物。

 先輩には、国家公務員を蹴って有名企業に行ったかと思えば、すぐ海外支店に主戦力として迎えられた猛者。


 七海がそういう友人や先輩の話をするとき、目が燃えたぎっていた。

 たぶん、自分もああなりたいって強い気持ちがあったんだろう。


 でも、七海は良くも悪くも周りが凄すぎた。

 そのせいで就活は、上を目指しすぎて一度壊れた。


「就活うつ」って診断される頃には、もう心がボロボロで。

 七海の口から出るのは、「あの人はすごい」「あの人は頑張ってる」ばっかりで、ずっと泣いてた。


 俺なら折れなかった。

 あいつらは化物で、俺とは次元が違うだけ。俺は凡人だ。

 そう言い聞かせるし、実際そうだったから――そのときの七海の姿を見ると、胸がチクリと痛んだ。


 俺が全力になれない人間だから。

 俺が中途半端だから。

 七海の心を、底から理解してやれないんだろうかって。


 結局、七海は数々の大企業から内定をもらっていたのに、「先輩や同期たちには程遠い」って、次々蹴ってしまった。

 手持ちがなくなって、就活うつと診断されて、そこでようやく――すでに内定が出ていた企業に決めた。


 本人にとっては、前に内定が出てた企業の方が「すごかった」んだろう。

 でも俺からしたら、中堅とはいえ新卒で基本給三十万、文系未経験でIT就職って、十分化物だ。高校中退して早くから働いてた俺や俺の友人たちからすれば何言ってるのかわからない次元。


 俺の周りの人間に七海の話をすると、決まって興奮気味に言われた。

「玉の輿じゃん……なにそれ、信じられん」って。


 周りからすれば、俺は“運よく玉の輿に乗った底辺”。

 そうだろうな、と自嘲した。


 でも、七海はすぐに壊れてしまう。

「朱に染まれば赤くなる」を本気で信じているみたいに、化物の巣窟へ自分から挑戦しに行ってしまう。


 俺は怖かった。

 いつか七海が、本当に働けなくなるくらいボロボロになってしまうんじゃないかって。


 だから、七海が仕事を辞めたって大丈夫なくらい稼ぎたい――そう思って、大工から転職した。

 なのに今じゃ、玉の輿に乗った三十路の派遣社員。


 どうすればいいのか、わからなかった。


 「そういや、独立の準備……順調?」


 俺は下を向いたまま、牡蠣を箸で突きながら聞いた。


 「あ、独立の? いやー、全然。むずいねー」


 苦笑いする七海に、俺は少しだけホッとしてしまった。


 「友達が税理士やってるから、そこに声かけたりもしてるんだよね。あと法律関係とかむずいし、弁護士やってる同期に聞こうかなって。あっちも、もうすぐ独立しようかなみたいなこと言ってたし」


 ホッとした気持ちは、すぐに胸の奥でキュッと縮んだ。


 ましろが口にする人間は、俺が生きてる上で話すことすらできないような連中ばかりだ。

 弁護士や税理士が友達にいるなんて、そもそも世界が違う。

 まして、それが「相談できる相手」で、「対等に語れる友人」なんだ。


 どんな環境で生きてきたのか、もう測れる。


 「早く独立して億万長者になるから、待っててよねー! そしたら、しばらく休職して、一緒に大学いこ」


 その言葉に、俺は拳を握った。


 七海の笑顔が――崩れていた。

 無理してる顔だった。


 それだけで、心が痛む。


 俺が稼いでないから。

 俺が派遣だから。

 俺が、不出来だから。


 なんで、そんなに辛そうな顔をしてるの?


 こんな話、振らなきゃよかった。


 きっとまた、七海は壊れてしまう寸前なんだろう。

 それでも俺が今、何をしてやればいいのかわからなかった。


 就活のあのとき。心が壊れた七海を支えられなかった。

 その事実が、今になって蘇る。


 ――どうすればいい?


 「無理しないようにね」


 俺の口癖だった。

 これ以上、俺より先に行かないでって気持ちと、壊れる前に休んでって気持ちが、いつも同じ場所でぶつかる。


 「今しか無理できないんだよ。私、今、寒ブリじゃん。一番脂が乗ってるの。今じゃなきゃだめなんだ」


 その言葉に、泣きそうになる。

 違う。――それ、俺に言ってるんじゃない。


 ……自分に言い聞かせてるんだろ?


 七海はいつもそうだ。

 俺が「無理しないでね」って言うと、「今しかできない無理だから」って返す。

 壊れそうな自分の尻を、自分で叩いて立ち上がるみたいに。


 俺が……税理士や弁護士の友達だったら。

 俺の言葉は、届いたのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ