第三十一話:趣味部屋のドン
「することは決まってる」
そう言った七海は、俺たちに準備をするよう急かしてくる。
当の本人はというと、のんびり弁当を食べていた。
「どうかしたの?」
綾香ちゃんが二階の趣味部屋――今は綾香ちゃんに貸している部屋の前で、ドアノブに手をかけたまま動けずにいた。
「あ、いや……えっと」
言いづらそうに視線を泳がせる綾香ちゃんを見て、俺は今さら後悔した。踏み込んじゃいけない問題だったのかもしれない、と。
「言いづらかったら、七海に言っておいで」
そう言って、俺は寝室にコートを取りに行く。
階段を降りる音がしない。まだ悩んでいるんだろう。俺は寝室を出るタイミングが分からず、途方に暮れていた。
「いっちゃん、何やってるの?」
すると救世主が階段を駆け上がってきた。助かった、と思って寝室から顔を出すと、廊下で三人が顔を合わせる形になった。
「綾香ちゃん、どうしたの?」
七海がそう問う。綾香ちゃんは気まずそうな表情のまま、趣味部屋のドアを開けた。
「――げっ!おバカ!いないと思ったらこんなとこにいたの!人の服カミカミしない!いっちゃん、ぽんず離して!」
部屋の中は大惨事だった。
綾香ちゃんが持ってきた荷物が散らばり、ど真ん中では服を噛みながら荷物に乗るぽんずの姿。
俺は大慌てでぽんずを持ち上げ、そのまま部屋を出る。
「トイレはされてないけど……ごめんね。ぽんずが」
服は毛だらけで、しかもカミカミされている。俺も廊下から「マジでごめん。俺、見てなかった」と平謝りした。
三時のおやつタイムする前にリビングのサークルに入れておけばよかったと、心底後悔する。
「いえ、あの……私が部屋のドア開けっ放しにしてて......」
その言葉で、余計に俺のせいだと思った。慣れない家にいるのに、俺がぽんずから目を離したせいで、帰ってきたら黒い猛獣に荷物荒らされてたなんて。
「そんなことないよ。ごめんね、ぽんずのこと」
俺がそう言うと、七海も頷く。
「俺が悪いし、代わりの服俺が買うよ」
「あ……ありがとうございます」
素直に返ってきた返事に、俺は少しだけ安心した。遠慮しているように見えたのは、本当に「大丈夫」だったからなんだろう。
「おぽんさん。罰として、お留守番の刑ですからね」
七海が怒ったようにぽんずの額を小突く。
指をかじられていたのは言うまでもない。
「気を取り直して、いくぞー」
ぽんずをリビングに解き放ったあと、上着を着て車に向かった。
「七海、マジで気をつけて……」
数年前に限定解除した七海の運転は、正直まだ危なっかしい。ましてや昨日は大雪で、端の方にはまだ雪が残っている。キープレフト気味に走る癖もあるから、心配でならない。
「じゃあ、いいや。譲るわ」
今日はあっさりと運転席を譲ってくる。綾香ちゃんを乗せるのが怖かったんだろう。俺は内心、ほっとした。




