第二十九話:特別な人
「あはは。どうだろう。七海に聞いたほうがいいかもね」
俺は、逃げてしまった。大学がいいところなんて、俺にも分からなかったから。七海が「いいところだよ」って言うから、信じて疑わなかった。だって、あの七海が言うんだから。
そうやって、結局俺も流される。誰かが良いって言うから、そうなんだろう。自分では調べもしない。
失敗したら、「誰かが良いって言ってたのに話が違う」って言うんだ。
施工管理のときだって、そうだったから。
「私が聞いてると、七海さんは特別な人に見えるので……」
「大丈夫です」
そう言う姿に、昔の自分を見るみたいだった。
でも違うのは――俺は、七海が成長する姿を見てきた。だからこそ、七海は最初から特別な人間だったわけじゃないって知っている。
この子にはきっと、何を言っても七海は別世界の住人に見えてしまうのかもしれない。
ガチャッ。
気まずい空気のまま、玄関のドアが鳴った。鍵も開けずにガチャガチャ音を立てて、開けてもらえるのを待つ人間なんて一人しかいない。
「あれ、残業は?というか、定時は?」
満面の笑みでエコバッグと真っ白な箱を持った七海が、そこに立っていた。
「午後休。使ったぜ……へっ」
「実質二・五連休だー!!」
さっきまでの空気をガラリと変えて、七海は帰ってきた。
「……その子!?でっか!!!いや、悪口じゃないよ!!え、何年生?中学生?」
ドアを開けた瞬間、するりと家に入ってきて、勢いのまま声をかける。
「こ、高校生です。白井綾香っていいます。よろしくお願いします」
綾香さん?ちゃん?って呼べばいいんだ。
気まずくて名前一つ聞けなかった俺とは違って、流れでさらっと聞き出す七海はさすがだ。俺的にはマジで助かった。
「いいな!若い!あ、これ。お菓子とジュース。あとケーキも買ってきた!食べよ食べよ!!」
そう言う七海に、綾香ちゃんは目を丸くしていた。俺はというと、笑いが隠せなくて声が漏れた。
「ふふっ。七海、俺も買ってきたんだよね」
「マジでぇ!?」
オーバーにリアクションしてみせる。綾香ちゃんはそれが面白かったのか、くすくす笑っていた。
「通るよ〜」
「本当にあるじゃん!!」
俺たちの横を忙しなく通り抜けた七海が冷蔵庫を開け、ケラケラ笑う。そういうところが波長が合って、勝手に安心してしまう。
「綾香ちゃん、おいでよ!一緒にケーキ食べよ!」
「は、はい!」
他人を簡単に巻き込んでしまう。一人として取り残さない接し方や距離感は、七海のすごいところだ。
……もしかしたら、そういうところが「特別な人」って言われる理由なのかもしれないと思った。




