第二十二話:頼ること
「いってきまーす」
「ポケモンばっかりやってると滑るから、気をつけて?」
「あーい」
適当な返事で家を出た七海を見送る。相変わらず、鍵は締めていかない。
昨日は結局、七海とぽんずと寝た。けど目をつむると小論文が頭の中をぐるぐる回って、あまり眠れなかった。
「……何やる? 小論文?」
口に出してみるのに、
「気分じゃねぇな……」
ため息が漏れる。無理せずまずは三十分。自分を励ましてみても、椅子に座ったらそのままスマホに手が伸びた。
――山本さん、今日時間ありませんか?
朝早くに白井から来たメッセージ。胸がざわつく。
――あるけど。どうかした?
返すと、「直接会って話したい」と返ってきた。
何事も起きてくれるなよ、と祈るばかりで、俺は財布とスマホだけ持って家を出た。
呼び出されたのは近所の個室焼肉店。
最初は隣のコンビニかと思ったけど、ナビが指すのはここだった。意味が分からなくて、余計に不安になる。
駐車場で待っていると――
コンコン。
しばらくして、扉が音を立てて少し開いた。
顔を覗かせた白井は、額に冷えピタ、首にも冷えピタ。分厚いマスクの奥の目が、妙にうつろだった。
「……なにやってんだ、お前」
咳き込んで鼻を鳴らす白井は、明らかに絶不調だった。
「すみません。どうしてもお願いがあって……」
メッセージじゃなく、直接会って頼みたかったという。
よほどのことなんだろう。俺はごくりと唾を飲んで言葉を待った。
白井が、頭を下げた。
「お願いします。娘を、二週間ほど預かって欲しくて……」
その言葉で固まった。
娘?
白井、娘がいたのか。そもそも結婚してたのか。
疑問が渦巻くのに、白井はもう泣きそうな顔をしていた。
「喉が信じられないくらい痛くて……怖くなって検査キットやったら、コロナ陽性っぽくて」
娘にうつすわけにはいかない。
そう言う声が震えていて、俺は変に笑えなかった。
「いや……大丈夫だと思うけど」
「子育てなんてできないぞ、俺。それに七海……彼女、今忙しいから……」
大の大人が、ぼろぼろ涙を流すのを、俺は初めて見た。
「……分かった。分かったから」
気づけば、俺は言っていた。
「俺がなんとかする……」
いつからこんなお人好しになったんだろう。
七海に確認も取らずに受けた自分が、嫌になった。
でも――見捨てられなかった。
だって昨日の俺も、そうだったから。
世間から非難されることに挑戦するのが、泣き出しそうなほどしんどかった。誰かを頼りたかったし、七海に甘えようとした。
俺には、七海しかいなかった。
白井にとっても、きっと同じだ。
泣いてしまうほど思い詰めて、自分も辛い中で、それでも選べたのが俺だった。
見捨てられるはず、ないだろ……。




