第十九話:らーめん
本屋で一時間ほど話して、店を出るころには、うっすら雪が積もっていた。
「やば。早く帰ろ」
慌てて車に乗り込み、発進する。
「昼ご飯どうする?」
車内では七海がエアコンの吹き出し口に手をかざしていた。腹が減ったのか、口をとがらせている。
「らーめん食いたい」
「私もー!」
俺も七海も車内でラーメンが食べたくてじたばた。
「ラーメン屋、遠いんだよな。今から車で行くの、やばくない?」
歩道側に積もっていく雪を見て、俺も七海も苦い顔をした。
「……カップ麺にしよっか」
それから家に帰ると、小走りで家の中に入る。七海は寝ているぽんずを抱き上げて、「私のあんか」と温まっていた。
お湯、沸かしてくれてもいいんだけどな。
ため息と一緒に笑みもこぼれた。
「ほら、カップ麺選んで」
ケトルをセットして、買ってきたものを袋ごと冷蔵庫に入れる。七海に声をかけたけど、返事がない。
「七海?」
ぽんずを抱いて転がっていたソファに目を移せば、とっくに夢の中だった。
「こら、ぽん」
ママのパーカーの紐を噛むぽんずを小突いてやると、首を傾げた。
「……いつもありがとう。お疲れ様」
起こさないように俺の上着をかけて、風邪を引かないようにエアコンもつける。
カップ麺に使う予定だったお湯はコーヒーに回して、昼はお預けだ。
「弁当と晩ご飯の準備しとくか。あと風呂も洗って……」
俺のやる気は移ろいやすい。コーヒーを飲み終えたら、やる気があるうちに終わらせようと、忙しく動き回った。
「風呂は、水洗いでいいか」
普段はシャワーだけだ。でも疲れてる七海を前にして、湯船に浸からないわけにはいかないだろう。掃除用スポンジで軽く水洗いして流した。
「米は夕飯のときに一緒に炊くとして。コロッケも……いいか。トンテキ焼くだけだし、米だけ浸水させとこ」
無洗米を五合釜に移して、水を線まできっちり入れる。七海は固めの米が好きだ。俺がいい加減に水を入れて炊くと、柔らかくなって微妙な顔をするんだよな――と思い出して、少しだけ水を減らした。
釜を冷蔵庫に入れれば、やることもなくなる。
俺は本屋で唯一買った本を開いた。
「はぁ……七海が“小論文だけは練習した方がいい”って言うから買ったけど」
本の最初の方には、大学入試における小論文がどんなものかが書かれていた。
「え、誤字脱字?正しく漢字使えてるか?もう何年も文章書いてないってーの」
内容だけが採点されるのかと思ったけど、全然そんなことなくて。書き方みたいな基礎もがっつり見られるらしい。
「字を丁寧に書くことも、いらない減点を減らすための方法……?はぁ?字なんて個性だろ」
自他共に認める、ミミズが這うような字を書く俺には、ただでさえ手書きが嫌いだ。
さっきまで伸びていた背筋が、だらんと椅子に沈んで崩れた。
「高校行ったときも思ったけど……みんな、こんなの平気でこなしてんの……?」
通信に入り直したときも、中学で習うような簡単な問題すらついていけなかった。
それは大人になったから忘れたんじゃなくて――昔、中高一貫校に通っていたときも、結局ついていけなかったことを思い出しただけだった。
みんなの当たり前が、俺にとっては特別なものに見えていたんだ。




