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玉の輿に乗った派遣施工管理と、眩しすぎる彼女  作者: 伊織


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第一三話:月を見た

 夕飯を終えて、七海が二階に上がる。風呂は明日入ると言うから、もう寝るのだろう。


「俺、何がしたいんだよ」


 昔も今も、そしてたぶんこの先も。自分が何をしたいのか分からない。

 ただ一つ言えるのは、七海とずっと一緒にいたいってことだけだ。何年たったってこの熱は冷めない。

 でも、七海はそうじゃないかもしれない――そう最近になって考えるようになって、今さら焦りだした。


「あれ、なんで割れて……」


 暗がりの中、シンクの真上の明かりだけで洗い物をする。

 ふと目に入った、七海とおそろいのマグカップ。取っ手が取れて、割れていた。

 割れているのは七海のマグだけ。背筋が冷える。七海がいなくなるんじゃないかって不安が、勝手に頭をよぎってしまう。


「ぽんず、寝よ」


 洗い物を終えて、捨てられないマグカップを新聞でくるみ、戸棚に入れた。

 あとで接着剤で付けて、飾っておこう。そう思いながら、足元のぽんずを抱き上げる。

 ライトを消して二階に上がった。


 寝室に七海の姿はない。自分の部屋で寝ているのだろう。


 ぽんずをベッドに下ろして空気清浄機をつける。カーテンを開けると、月明かりが部屋を淡く照らした。

 昔、お月見なんかもしたな、と懐かしくなる。


「あ、寝た」


 布団から半身起こして月を見ていると、ぽんずが俺の腹のあたりで眠った。


「俺に、何ができる」


 転職。あるいは――主夫?

 漠然と浮かぶだけで、どれも現実味がなくてため息が出る。


「大学に行けば、見え方が変わる……か」


 中卒で、学歴にコンプレックスがあった俺には、本来口にすることすらできない言葉だ。大学なんて。


 でも七海と出会って、当時大学生だと知って、余計に中卒が恥ずかしくなった。

 あの頃は七海にふさわしい人になろうと、身だしなみも、学歴も、いろいろ頑張った。俺史上一番頑張ったのは、大工をやりながら通信高校に通って卒業したことだ。……まあ、その分七海には迷惑もかけたし、助けてもらったけど。


 それから、「俺はバカだから分からない」って口癖で逃げるのも、やめた。


 根がネガティブで、心の中でマイナスな言葉を量産するのは、もう仕方ない。

 それでも、口から出す言葉だけは、本当に思っていなくてもなるべく前向きでいようと努力することが周りも自分も鼓舞する秘訣だって七海が話してた。


 努力する意味すら分からなかった俺に、手本を見せてくれたのは七海だった。

 七海の周りには、俺が本来出会えないようなすごい友人たちが集まってきて、七海自身もどんどんすごい人間になっていった。


「俺、変われるかな」


 まん丸な月に手を伸ばす。届かないことが腹立たしくて、息を吐いて、ベランダに出た――そのときだった。


「いっちゃんの、心の持ち方次第かな」


 声に振り向くと、七海がいた。目を見開く。


「大学って不思議な場所だよ。ただ卒業するだけなら、適当に席に座ってたら卒業できちゃう。でもさ、高い学費を余すところなく回収しようと思えば、いくらでも選択肢がある」

「たまたま見かけたすごい人の講演会に、ちょっと参加してみるだけで、周りの空気に背筋が伸びる場所」


 俺は、席に座ってるだけでもやっとな自分を思い浮かべて、思わず黙る。七海が言うと、重かった。


「おすすめはね、自分が嫌だと思うことに、あえて参加してみること」

「やりたいことはもちろんやって、嫌なことって、案外やってみると新しい自分が見えてくるよ。やってみてやっぱり嫌なら、何が嫌だったのか分かるようになる」


 最初はめっちゃストレスだけど、そのうち慣れてくる――七海はそんなふうに言う。

 きっと、元々ネガティブで後ろ向きだったって言ってた七海が、自分を変えるために歩んできた道なんだと思った。そりゃ簡単じゃねえわ。


 それでも、俺の中に「変われるかもしれない」って小さな可能性が灯る。


「大学行くなら、お金出してあげるよ。その代わり、出世払いで二倍で返して」


 七海の笑顔が、涙が出そうになるほど温かかった。

 高校を卒業してしばらくたつけど――頑張ってみようか。

 俺の道が、少しだけ開けた気がした。

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