第十一話:懐かしい味
七海が帰ってきた八時台には、もう出来上がっていた。
けれど、それを言い出せないまま寝室へ上がってしまった七海に気まずくて、一時間たった頃、レンジで温め直し、「ごはんできた」と階段の下から二階へ向かって叫んだ。
「おいしそうだね」
少し眠って疲れが取れたのか、それとも寝ぼけているのか。穏やかな表情の七海に、俺はようやく息を吐けた。
「いただきます」
「いただきます」
二人そろって手を合わせ、食べ始める。無言で自分の皿を見つめていると、「おいしい!」の一言に、反射みたいに顔を上げて七海を見た。
……のに、皿から減っていたのは餃子一かけだけで、急に恥ずかしくなる。褒めてほしいのが透けた気がした。
「冷凍餃子って、こんなに簡単なのに、なんでおいしいんだろうね」
冷凍餃子なのも即バレして、俺の中の「おいしいって言ってほしい」とか「頑張ったって思ってほしい」とか、そういう期待がみるみる小さくなっていく。
「どしたん? 食べないの?」
七海に顔をのぞき込まれて、慌てて餃子を頬張ったら、吹き出して笑われた。
「取らないって。昔、私がいっちゃんのラスイチのナゲット食べたの、まだ気にしてる?」
「しばらく私とご飯食べるとき、警戒してたよね」
ニヤニヤしながら自分の頬をつねる七海に、そんなこともあったような気がして、俺も思わず頬が緩んだ。
「これ、懐かしいね」
七海の視線がレタスの焼きめしへ移る。その言葉に心臓がドキンと跳ねた。
「うわ、懐かし。お母さんの味だ」
嬉しい、だけじゃない感情が押し寄せた。
しばらく眩しい笑顔しか見ていなかった七海の表情は、日だまりに咲くネモフィラみたいに控えめで、それでも幸せがにじんでいる。
今までの眩しさが、無理やり貼り付けた仮面だったみたいに思えて、目頭が熱くて仕方がない。
「ここにね、マヨネーズを少し足して炒めるのが、私流なんだよね~」
そうだ。マヨネーズだ。
抜け落ちたピースが、ぴたりと戻ってくる。
「……あら、ぽんずさん、どちた?」
上機嫌に足元へ寄ってきたぽんずを抱き上げる七海。
「あっ!!」
ぽんずがずいぶん静かに寝てたと思ったら、夜ごはんをあげていなかったことを思い出す。たぶん、ふて寝してたんだろう。
「ごめん、ぽん。ゆるして」
ぽんずの顔をわしゃわしゃとなで回して、器にご飯を入れる。
そんな姿を見ながら、七海がぽつりと言った。
「旦那としては欠陥品でも、いいお父さんにはなれるのかもね」
冗談みたいな口調だった。
でも、俺には冗談に聞こえなかった。
俺は、七海の顔が見れないでいた。




