第十話:飯と言い訳
ご飯は二合、炊飯器にセットして普通炊飯。これは弁当用だ。今日の夕食分は時間を考えて、ストックの冷凍ご飯を二人分レンジで温める。
ハムは適当な大きさに切り、レタスは半玉をちぎって洗った。
「味付け、どうやってたっけ」
いつも七海が料理しているのを見ているだけだった。だから分からない。気づけば俺はLINEを打っていた。
「あ……」
送信する前に手が止まる。
昔、七海によく言われてた。人に聞く前に、自分で調べる癖をつけなさいって。口酸っぱく。
いつからだろう。まったく言われなくなったのは。
俺は検索画面に「レタス 焼きめし 作り方」と打ち込んで、指を滑らせた。レシピが山ほど出てくる。
「はぁ……だる。どれ作ればいいんだよ……」
途端にめんどくさくなって、ため息がこぼれる。
「……一番上でいいか」
投げ出したくなる自分を諫めるみたいに口にすると、フライパンに油をひいた。
ハムを入れて少し色がついたら溶き卵。ご飯を入れて、塩こしょう、醤油、鶏ガラ。混ぜ合わせて、最後にレタスを入れる。
しんなりしてきたところで味見をした。
「……なんか足りない」
“何かが足りない”って現実に、重い足取りで冷蔵庫をのぞく。
「さっぱり分からん」
とりあえず焼きめしの仕上げはあと。餃子を焼こう。
焼きめしだけで一時間もかかるとは思ってなかった。パッケージの指示通りに餃子を並べ、蓋をして、火を見張る。
そのとき。
「ただまー」
けだるげな声が玄関から響く。
ガチャッ。
「おかえり。鍵は?」
「家に忘れた」
相変わらずだな、と鼻で笑いかけた、その瞬間。
「なんか焦げてね?」
「あっ!」
慌てて蓋を開け、餃子を皿に移す。中央だけ、やや焦げていた。危なかった。
「初めて見た。いっちゃんがチャーハンかカップラーメン以外を作ってるの」
慌てる俺の背中に、七海の声が落ちる。責めるというより、ただ疲れ切っている声だった。
「……うん」
返事しか見つからない。
昨日の鍋は、何ヶ月かぶりに食べた七海の手料理だった。二人で同じ食卓に座って飯を食ったのも、久しぶりだった。
疲れた七海の顔を見て、思い出す。
――私は、わざわざ同棲しなくてもいいかな。いっちゃんの職場近くから通うと、実家から通うより遠いんだもん。
まだ大学四年生だった七海と、大工だった頃の俺。
大学を卒業したら同棲するんだろうって、俺は勝手に思ってた。
でも七海はそうじゃなかった。それが、悲しかった。
――俺は理屈とかそういうんじゃなくて。七海を愛してるから同棲したいの。お願い!
――いっちゃん。私にばっかり苦労を押しつけないでよ。
あの頃は喧嘩ばかりだった。同棲のことでは特に。
でも、いつからか喧嘩もしなくなった。
付き合いが長くなったからだと、俺は勝手に思ってた。
「……少し部屋で休んでくる。できたら呼んで」
七海はコートを脱ぎながら言う。
同棲を始めたら家事も料理も折半。あるいはできる方がやる。そういう話だった。
いつの間にか、ぽんずの世話も家事も――ほとんど七海の仕事になっていた。
「わかった」
チャンスは何度もあった。
七海に「私はいっちゃんのお母さんじゃないから」って言われた。
「たまには自分から料理の一つでも作ってよ」って言われた。
俺は全部、言い訳をして逃げた。
だから今さら料理を始めた俺の姿なんて、七海にとって快く受け入れられないんだろう。
「……あと、盛り付けるだけだったんだけど」
ぽつりとこぼすと、七海は振り返らなかった。
期待しない。最初から数に入れていない。
そんなふうにも見える背中に、何も言えない自分がいた。
七海は眩しい人。俺にはもったいない人。
そう考えては、本当は誰かに「そんなことない」って言ってもらいたかった。
七海がつらいのは仕事や独立の準備をしてるからだって、思いたかった。
俺が作ったのは飯じゃなくて、言い訳だったのかもしれない。




