第一話: カップラーメンと、青汁
初回は同日2話投稿です。
第1話:23:00/第2話:23:50
以降は毎日23:30更新予定です。よろしくお願いします!
山本一樹、30歳。派遣の施工管理。
別れのタイミングを掴めないまま、もう半年以上が過ぎた。
本当に好きだ。できることなら、ずっと一緒にいたいとさえ願っている。
なのに、俺には「一緒にいてあげられる」自信がない。
ふとした瞬間に、七海の眩しさに押しつぶされて――屋上から空へ手を伸ばしてしまいそうな未来が見えた。
そんな未来を、想像できてしまう自分が嫌だった。
「……」
いつも通り、現場で昼休憩。
代わり映えのしない灰色の空。
代わり映えのしない職人たちの息づかい。
作業服の色、染み、擦れた膝。粉っぽい匂い。金属の擦れる音。
今日も、深いため息を一つ。
「……あ、すみません」
声がして顔を上げる。
「山本さん、ですよね?」
「……なにか用ですか」
口調の荒いおっちゃんたちの相手で苦労して身につけた敬語も、今じゃすっかり中途半端だ。
たぶん、俺の性格そのものが出てる。
「よかった。あの、お弁当、一緒に食べましょ!」
「はぁ」
心底、嫌だと言ってしまいたい。
でもそんなに堂々と言えるほど、俺は強くない。
せいぜいできるのは、心底嫌そうな顔をして返事をするくらいで――相手が気づかなければ、それすら無駄に終わる。
「やった!」
最近、派遣で入ってきた白井。
下の名前は、なんだったか。どうせすぐいなくなる。覚える気も起きない。
俺より明らかに若い。たぶん五歳以上は下だ。
白井は俺の手元を覗き込み、珍しそうな顔をした。
「山本さん、カップラーメンなんすか?」
余計なお世話だ。
「……彼女の手作りかよ」
ボソッと嫌味を落とすと、白井はむしろ目を輝かせて弁当箱を差し出した。
「これ、俺が作ったんすよ! やっぱ間違えちゃいますよね!?」
色とりどりの中身。卵焼き、野菜、肉。ちゃんと詰められてる。
若いのに、こんなのを毎日作ってるのか――と、少しだけ感心する。
まあ、俺には縁のない話だ。
俺は返事をせず、黙々とラーメンをすする。
湯気の向こうで白井が何か喋っている気配がしたが、言葉は入ってこなかった。
汁を飲み干して、カップと箸をゴミ袋に突き刺す。
午後の予定でも確認しようと、腰掛けていた木材から立ち上がったとき。
「あ、山本さんこれ。よかったら」
白井が青汁のスティックを差し出してきた。
普段の俺なら、突き返していたと思う。
でもなぜか、その日は断れなかった。
「……」
封を切って粉を口に流し込み、水で無理やり飲み下す。
「うわ、にが……最悪」
むせて、作業着の胸元に緑の粉が散った。
落ちねぇだろ、これ。
またため息が出る。
そのまま午後の仕事に戻った。
いつも通り、ぼーっとしながら職人たちの動きを眺める。
邪魔だ、と小突かれて端へ退く。
施工管理なんて名ばかりだ。金食い虫。陰でそう言われるのも、もう慣れた。
そんな中でも、白井だけはうるさい。
「杉田さーん! ちゃんと安全ベルト使って! 長年の経験なんて、じいちゃんの足腰くらい役に立たないんだから! ちゃんとやってよー!」
「ったく。うるせぇ小僧だ。……わーったよ」
白井は言うだけじゃない。
自分の腰のあたりを掴んで、ベルトを引く仕草までしてみせる。
職人も渋い顔をしながら、結局は従う。
俺は黙って見ている。
ぼーっとしてたって、俺には白井みたいな働き方はできない。
何も口を挟まないのが吉だ。
配属当初は、俺だって少し張り切って口出しした。
でも、大工をやっていた頃とは規模が違いすぎた。
途端に自信がなくなって、やめた。
やめたら楽だった。
気づいたら、そこに居着いてしまっていた。
定時。点呼と反省。現場確認。
そのまま車に乗って直帰する。
帰り道、相変わらず渋滞。
一センチ進んでは止まる。
七海と出会う前から乗っている中古のスイフトスポーツが、場違いなくらい荒い音を立てた。
俺はハンドルの上で指を叩き、貧乏ゆすりをしながら視線を泳がせる。
ふと、作業着の胸元が目に入った。
昼の青汁。
緑の粉が、乾いて粉っぽく残ったシミ。
――付き合った当初、七海はよく言った。
「カップラーメンばっか食べないで。せめてこれだけでも飲みな。気休めでいいから」
うるさい、と思いながら。
でも、あの頃の俺は、それがどこか嬉しかった。
いつからだろう。
そういう言葉を言われなくなったのは。
俺に期待しなくなったのか。
諦めたのか。
それとも、気を遣ってくれているだけなのか。
「……」
また別れが頭をよぎる。
目頭が熱くなった。
信号が青に変わったのに、俺はすぐアクセルを踏めなかった。




